拾われた慶太郎、玉子料理に舌鼓を打つ
この世界には魔王という存在がいるらしい。
日本の地方都市のしがない派遣で働く底辺の人間が、何故魔王やら魔族やらの暮らすこの世界にいるのかは自分でもよくわからない。
よくある小説や漫画のように、死んでこっちに来たのか生きたまま召喚されたのか―――目が覚めたらこちらにいた、としか言い様がない。
白い部屋だとか神様や女神様なんかにも会うこともなく、スキルを選べるとかガチャを引くとかいうイベントもなにもなくここにいた。
気がついたらなぜか擦り傷だらけで、ボロボロの服を着て、体育座りしていたのだ。村のはずれの草むらで。
慶太郎を拾ってくれたのは牛の頭をした年老いたシスターだった。
異世界転移したようだ、なんて話をしたらシスターは虐待を受けた子供の妄想という結論にたどり着いたらしい。めちゃくちゃ優しく世話をされた。
以前に世話した夢見がちな子供が被虐待児だったらしい。今は立派になったからケータロも大丈夫と何度も言われた。あまりにも優しいので、否定せずに黙って世話を焼かれた。
実際に実親も虐待はしてないとは言え、優秀な兄弟と比べて出来の悪い慶太郎にはあまり手を掛けて貰った記憶もなく、シスターに甲斐甲斐しく世話をされたのがとても嬉しかったのだ。甘い綿菓子にくるまれていたような日々は、日本で受けていた心の擦り傷も癒していくような気持ちになった。
「ここはなにもない村だけど、魔王様が若い頃過ごした時期がある村なんだよ。名物の魔鳥を使った料理は魔王様が作った料理なんだ。」
身体の擦り傷がなくなった頃、シスターが作ってくれたのはまごうことなき唐揚げだった。
正確には鳥っぽい魔物のももを使った、塩唐揚げだった。
「にんにくと生姜……お酒は日本酒じゃない感じがするけど、逆にいい香りがして美味しい。この歯ごたえのあるザクザクとした食感は、小麦粉じゃなく片栗粉も使ってるのかも……。それにしても柔らかい肉だなぁ……! 」
「ケータロは舌がいいんだねえ。一口食べただけでそんな感想が出るなんて、魔王様みたいだよ! 」
「そ、そうかな……。」
他にもこの村にはマヨネーズによく似た玉子ソースがあって、それもまた魔王がもらたしたものと言われている。鶏に似た魔鳥を飼育し始め、様々な玉子料理をこの村で開発したと言われている。卵にクリーンを掛けて半熟ゆで卵も食べさせて貰った。
魔王様の開発した料理として、目玉焼きもオムレツも茶碗蒸しっぽいものもあった。全部あったかくておいしかった。気持ちも胃袋も満たされる味だった。
村人の食生活だけでなく、鳥肉や玉子の産地として収入源も確保。そんなこんなで魔王様が食と生活基盤を整え、村の名前をつけて旅立っただとか。
緑色したゴブリンっぽい村長が言うには、旅をしながらこの国の食を変えていった美食の魔王様らしい。
どう考えても日本人が転生したか転移して、チート食改善したんだろうと慶太郎は思った。
身体の傷も心の傷も癒えたころ―――というより、中途半端に現代食に近いためか、米や味噌汁、醤油味の日本食が恋しくなったころ、シスターに旅立つことを伝えた。
「寂しくなるわね。でも無理はしちゃだめよ? もうあなたの故郷なんだから、いつでも帰ってきなさいね。―――このハジマリの村に。」
『なるほど。魔王様も、最初にここに転移してきたんだね……。』と、慶太郎は魔王に少しだけシンパシーを感じた。
とくに謎も山場もなく、慶太郎くんがごはんを食べる小説です。