慶太郎、バザールのショーユを買う
魔都の露店市場には、各地から様々な食材、調味料、美術品、工芸品が集まる。
どの屋台も目立つようにカラフルな布を掛けて、目がチカチカする華やかさだ。
その華やかな世界を、この国のあらゆる種の異なる者たちが闊歩しており、明るく賑やかで活気があった。
あまりの人通りの多さに田舎者は雰囲気に呑まれて呆然とするが、最初の目的を思い出しキョロキョロし始める。
聞いていた目当てのものは、食料品の集まるエリアにあった。
「すんすん、お、この匂い……! ここに違いない……! こ、これ、くださ……――」
どん、と肩が大柄の男にぶつかるとよろけそうになる。
「お、ごめんよ。ノームの坊っちゃん。」
いいえ、気にせずにと笑うと、二足歩行の狼みたいな獣人が謝りながら去っていく。もふもふの毛並みが柔らかそうで、思わず目で追った。
それから目の前の屋台に改めて声をかける。
「すいません! この、"ショーユ"ください! 」
児島慶太郎は正真正銘人間である。
何故かノームと言われる種族と間違われているが、人間がいない国のようなので訂正しないで生きることにしている。どうも容姿がノームの子供に見えるらしい。
成人男性としては低めの身長。
このふんわりやわらかポッチャリボディーは、長続きしないダイエットの成果。挫折の連続。
ぐるんぐるんの天然パーマは、カリスマ美容師にもどうにもならなかった。短くしたら螺髪かパンチパーマだし、長くしたら鳥の素かアフロヘアにしかならない。ストレートパーマは一月と持たずにうねりだす。
さすがの日本人でも強調しすぎだろってくらいの小さくて細い目と団子みたいな鼻はイケメンの対極な顔を作っていたし、CMでお馴染みのニキビケアはなんの役にも立たなかったから退部してやった。
小さい頃から歯医者嫌いで、気がつけば鬼ヶ島の入り口みたいな酷い歯並び。これのせいで歯を出して笑えない。学生時代に笑い方がキモいって隣の席のギャルに言われたのを、いまだに引きずっている。
どれもこれも醜くて―――全く好きになれなかった自分の容姿だったが、ここでは気にならなかった。
―――魔族とよばれる色んな容姿の種族が集まる、ここ魔都「エルヴィス」では。
「よぉ、にいちゃん。これも食うかい? 」
慶太郎が醤油を購入すると、そのおまけという感じで店頭で売っている肉串を目の前に出された。香ばしいよい匂いがする。
差し出された串を受け取り、曖昧に笑う。相手はガハガハとアニメで見た海賊みたいに笑って背中を叩く。めちゃくちゃ痛い。
屋台のおっさんは羊みたいな頭に、黒光りした肌でプロレスラーみたいなバッキバキな身体の"獣人"だった。牙がぎらりと光って、人間の歯並びなんて目じゃないくらい尖ってる。
隣の果汁100%ジュースの屋台は赤い皮膚に黒い角が三本ついた"鬼人オーガ"と思われる女性で、ふくよかなお腹をさらけ出したセクシーな衣装で売り子をしていた。さらにその向こうにはスケルトンとしか言い様のない人骨が、陽気に歌いながら麺類を売っていた。リズミカルに骨をカタカタ鳴らして宣伝してるが、麺のスープはもしかしたら豚骨だったりするのだろうか。
羊獣人のショーユ屋は瓶でショーユを売っていた。いくつもの瓶を鞄に詰め込んでから、慶太郎はオマケで貰った串を咥える。
ショーユは魔王様が開発した茶色の調味料と言われており、南の地方の特産品らしい。都ではまだまだ珍しいものだという。
この屋台は、ショーユを売るために店先で串を焼いて人を呼び込もうとしているのだろう。良い匂いに誘われて何人もの客が串を買い求めている。見た目は豚串のように見えたが、たぶん正確には豚じゃなくて、魔王様が"養殖"したなにかの魔物を食用にしたやつなんだろう。
ショーユが塗られた豚串は香しい匂いと、噛み締めると舌の上で感じる「うま味」「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」――日本を知る自分には"ショーユ"という調味料は"醤油"にしか思えなかった。
「――やっぱり、魔王様って日本人なんだろうなぁ。」
始めました。のんびり書く予定なので、ゆっくり待っててください。