表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

馬の娘はビギナーズラックの夢を見るか

作者: 藤野称

※この作品はオリジナルフィクションであり、実在する団体や他作品とは一切関係がありません。予めご了承ください。

この時の皇帝杯、ヤッタネラッキーの順位は最下位に終わった。しかし、十番人気だった彼女の「大判狂わせ未遂」に、観客は狂乱に包まれていた。


皇帝杯最終レース、彼女は人生で一番張り切っていた。 


「よーし、絶対に優勝するぞ!」


パドックでも、気合い充分。コンディションも悪くない。


「ヤッタネラッキー、少し力が入りすぎじゃあないか?」


レース直前、馬主が声をかけた。ヤッタネラッキーの馬主は周りのようにお金持ちという訳ではなかったが、精一杯の資金を彼女に投資してきた。


「大丈夫です!馬主さん。私、なんだか優勝できる気がするんです!今日こそは、あのトリプルスコッチに勝ちたいんです。」


トリプルスコッチは、ヤッタネラッキーがライバル視する、同い年の一番人気だ。幸運と覚醒で皇帝杯出場をつかんだヤッタネラッキーと違い、二連覇が掛かっていた。


「とにかく、気負いすぎるなよ。」


「任せてください!馬主さん!」


盛大なファンファーレ。傾く西日。

皇帝杯最終レースは、いつになく盛り上がっていた。「芳醇の微笑み」トリプルスコッチの二連覇がかかる。


ゲートでは、ヤッタネラッキーとトリプルスコッチは横並びだ。ヤッタネラッキーは、チラッと横を見た。


トリプルスコッチの微笑みは、底無しの深みを見せていた。


だん!


各馬一斉にスタートです!

まずは先頭5番のクイーンルリーエすぐ横にヤッタネラッキー早くも付けているーーーーーー


レースが始まった。ヤッタネラッキーは、最終盤からの天才的な追い上げタイプ。しかし、このレースでは後尾ではなく中盤に付けることにした。トリプルスコッチは遥か前方にいる。トリプルスコッチは、尾を引くような先行逃げ切りタイプ。余裕のある射程圏内とはいえ、油断はできない。


ヤッタネラッキーは、最終コーナーに内側から突っ込んだ。


「見えたっ!」

ヤッタネラッキーの前方が空いた。その隙を付き、流星のように加速していく。


メインスタンドの観客の大声援。


「あと少し、少し……!」


左前を疾走するするトリプルスコッチとは0.3、4馬身差。後は抜くのが早いか。ゴールインが先か、、


「あっっっっ!!!!」


前方を行くトリプルスコッチが、微笑みながら振り返った。そして、一瞬、ほんの少し、足を斜めに蹴り下げた。


「あっっっっ!!!」


ぶつかる?! ヤッタネラッキーの脳裏に星が飛ぶ。無意識に、体が硬直した。


「「やっ、ヤッタネラッキー転倒!ヤッタネラッキー転倒!ゴール直前!逃げ切ったのはトリプルスコッチだーーーーっ」」


アナウンサーの叫びと観客のに、ヤッタネラッキーの悲鳴はかき消された。






…………


「気がついた?」


馬主の声がする。


ヤッタネラッキーは、馬屋に寝そべっていた。足は包帯でぐるぐる巻きになっていて、立てそうもない。

ヤッタネラッキーの回りには、白衣の人間が取り巻いていた。


「馬主さん、私ーーーーー」


「ああ、言わなくても大丈夫。僕ももう課金できないし、君は"予後不良"になるみたいなんだ」


「わっ私、またがんばります…!次はトリプルスコッチを倒しますから!」


「残念だけど……君のその足じゃあ、もう立つこともできないんだ」


「馬主さんっ!私、まだ頑張りたいですっ!」


「大丈夫、大丈夫だよ。すぐ眠れるから」


白衣の人間がヤッタネラッキーに近づいた。手には注射器を持っている。


プス


「やめ……て…」


ヤッタネラッキーは、半ば無理に"深い眠り"へと旅立った。以前の期待や、希望からは想像もできない、あっけない最後だった。 





夢敗れた馬主は、また新しい馬に課金するだろう。

勝負できなかった馬の娘は、こうして消えていった。


日本では、年間約8000頭の競走馬が、殺処分されている。

今日もどこかで不憫なヤッタネラッキーが、心のなかで涙を流しながら、静かに一生を終えさせられているのかもしれない。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ