実体のある虚像
子供の頃から見守ってくれていた、たった一匹の友達であり唯一無二の親友、猫のタマが息を引き取った。老衰だった。
その日から生きる意味を失ったように塞ぎ込む私に、研究院のパパは、見た目がタマとそっくりのロボットをくれた。
「ほら、ココロ、タマが生き返ったよ!動きもプログラミングしてあるし、首輪に付いているプレートから考えていることがわかるよ。」にこにことしながら悪気なくパパが言う様子に無性に腹が立った。
別にパパが悪いわけじゃない、ただタマはもう二度と戻って来ないんだ。(そんなのわかってる、けど、)
失われた命は二度と戻って来ない、そんな当たり前の事がどうしても受け入れられなかった。
「あっち行ってよ、ロボット。」ため息混じりに私が言うと、ロボットのタマは、本物のタマがしていたように耳を伏せて尻尾が垂れる。カナシイ胸元のプレートには取ってつけたような感情が示されていた。
行動と見た目こそタマにそっくりでも、撫でても抱き抱えても、どこにもその温もりはなかった。あるはずもないだろう。
ママとパパは、ロボットのタマにも猫のタマと変わりなく接する。
それどころか、タマの死を記憶から消して最初から無かった事にしようとしているようにも見えて、それが余計に私がロボットのタマを愛せない理由だった。
タマは世界に一匹しかいない、私もロボットを愛したら、みんな本物のタマの事を忘れてしまうようで、怖かった。
「大丈夫、私は絶対に忘れないよ」
タマを私の記憶の中で生かす事、いつしかそれが私の生きる理由になっていった。
ロボットのタマは、いくら私が追い払おうともめげる事なくついてきた。
強がってはいるがココロも鬼ではない、むしろ繊細な幼子なので、愛猫のタマと目の前のロボットは違うとわかっていながらも、愛しくてたまらない猫とそっくりな見た目で同じ仕草をするロボットに冷たくする事に、徐々に心を痛め始めた。
そうしてココロは思いついた、別の名前をつけてしまえばいいのだと。
「パパが、タマで反応する様に設定しちゃったから、そうね、タマジローでいいわ!今日からあなたの名前はタマジローよ!タマの弟猫って事にしておいてあげる!」
新たな名前をつけると、不思議と罪悪感が薄れてきて、ココロは初めて目の前のロボット、もといタマジローと正面から向き合う覚悟が決まった。
猫のタマを決して忘れたわけではない、たとえタマジローと仲良くなろうとも忘れてはいけない、一番大事なのはタマだ。ただ、タマジローとも友達くらいにはなってやろうかという気が向いてきただけだ。
「おいで」膝を叩くと、タマジローは聴き慣れた音声を流し私の膝に飛び乗った。
やはり温もりはなく、タマよりはるかに重い、だが前に触った時より不快感は少なかった。
プレートにはウレシイの文字が浮かんだ。
AIが搭載されているとはいえ、ロボットの感情は本当の感情ではない、なのにその4文字は何故だか本物の感情のように感じられて、不覚にも、タマの死を受け入れられずに流れなかったはずの涙が溢れてしまった。
カナシイ?センサーで私の表情を読み取ったタマジローは、またも感情のない文字を並べた。
「私にもわかんないや」(苦しいのに暖かい)困ったように微笑むココロに、タマジローのプレートは黒いままだった。
ココロが、ロボットのタマ改め、タマジローに心を開き初めてから不思議な事が起こり始めた。
タマジローが、設定していない言葉や感情を示したり、より猫っぽい行動を取るようになり、まるで自分の心で生きているようになっていた。
それをココロはえらく喜び、やがてタマジローはタマと同じくらい大切な存在となっていった。
「ココロ、そろそろ小学校へ行かない?」二人の様子を眺め、心配そうに尋ねるココロの母親。
実は最近ココロは、小学校で人間関係がうまくいっておらず、さらに愛猫の死が追い討ちをかけ、不登校となっていたのだ。
「勉強なんて教科書読めばわかるし、友達もタマジローがいるからいいけど、どうしてもって言うなら、行く。」
少々むすぐれながらそう言うココロに、いやいやでも行くと言うようになったココロの成長を感じた母親は、ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。その奥にあったココロの友達は欲しいがうまくできるかわからないという強がりは、母親にはすでにお見通しだった。
?「社長、娘さんの猫ロボット、テレビに出したり売りに出せばもっと儲かりますよ?」
ココロの父「あれは生産コストがかかるから、商品化は難しい。テレビ出演も、ココロが嫌がるだろうし有名になると大変な事も多い。」
?「そこをなんとか〜!わざわざ会社の予算使ってまで開発した挙句、心を持つロボットの開発にまで成功したんですよ!?」
ココロの父「あ〜、そこは悪かった。けど、会社の運営は今まで通り安定してるし、タマジローが心を持つようになったのは、ココロとの友情が起こした奇跡だからなぁ〜」
頭をかくココロの父親と、残念そうに納得する下っ端の研究院。
皆が寝静まった頃に覗く事件の火種を、この時はまだ誰も知らない。?
(チッ、なんだよ自分達ばかり。そうだ、それなら自分で…!)
「おはよ〜、タマジロー!」寝ぼけ眼を擦りながら、いつもタマジローがいる方に手を伸ばす。
しかし、いくら手で探っても一向に触れる事がない。
ココロが慌てて飛び起きると、そこにタマジローの姿はなかった。
「パパ!ママ!大変なの!タマジローが、タマジローがいなくなった‼︎」慌てて階段を駆け下りながら、ココロは叫ぶ。
いないと言いながら半ば泣きべそをかきそうになるのをぐっと堪え、助けを求めた。
「「何!?/何ですって!?」」両親も慌てた様子で声を上げる。…まさかと両親が目配せをする。
するとすぐさまココロの父が、タマジローについているGPSの捜索を始めた。
母も警察へ通報しているようだ。
GPSについて、相手も何か対策をしているようで、まだ大まかな方向しかわからなかった。
しかしココロは、二人が対応してくれている間もいてもたってもいられずに走り出した。
(待っててね、タマジロー!)両親が止める声も聞かず、ココロはがむしゃらに駆ける。頼るものは何もない、ただ嫌な予感に突き動かされた。
研究所の廊下を、何往復も繰り返す。すると、どこからか猫の鳴き声が聞こえる気がした。
立ち止まって耳をすますと、確かに聞こえる。
ココロは、恐怖も忘れ注意深く辺りを探る。
すると、壁の一部に違和感を感じた。生まれた時からよくつれてきてもらった研究所、まだ狭い世界しか知らないココロがよく知る世界の事を間違えはしない、(タマジロー‼︎)それしか考えられず、ありったけの力で違和感に体当たりをする。
体当たりと同時に、ココロの体は転げ落ちた。
どうやら隠し通路への入り口だったらしい。
「痛っ」痛む体をさすりながら起き上がると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
パパの部下の一人だろうか、怪しい男がタマジローのパーツを好き勝手いじっていた。
「ちょっとあんた!タマジローに何してるのよ‼︎」
ココロは、今まで自分が感じた事がないほどのとてつもない怒りを感じ、あっと言う間に相手の強さも考えられぬほど飲み込まれていた。
「ちょっと一回だけ分解させてもらっただけだよ、ちゃんと組み立て返そうと思ってたとこ。」
悪びれる様子もない男に、ココロの怒りは逆撫でられた。
「ふざけるな!タマジローは私の親友よ!勝手にその汚い手で触らないでっ!」とありったけの声で叫び、男を睨みつける。
「君の親友は、タマって猫じゃなかったの?だから直すって言ってるし、ロボット相手に必死になりすぎ。第一、盗まれてもすやすや寝ていた君が悪いんじゃないか。」
ため息まじりにひょうひょうとした様子の男。腹は立ったが、男の言う事は少し前の自分の考えでもあったし正論な気もして黙り込んだ。(いや、でも、それはもう違う!)
「親友は何人いてもいいんだもん!仲良くなる人が増えても、思い出は無くならないんだってわかったから!」
(タマジローといくら仲良くなっても、タマとの思い出は色あせなかった。その上で、タマジローとも思い出が増えて、毎日がまた鮮やかになったんだ!)
強い意志を持って、真っ直ぐな瞳で男を見上げる。
「たかがロボット相手に、父娘揃ってめんどくさい。いくら友情の奇跡かなんかで心を持っているようだって言っても、ほうら、こうすれば…」
ココロの思いは、全く男に響く事なく、男はパソコンに映し出された。盗んだタマジローのデータプログラムの中から、データを初期化のボタンにカーソルをチラつかせた。
「やめてっ!」声にならない叫びと共に、ココロは男の腕へ死に物狂いで噛み付いた。
それがきっかけで、男の優先対象がタマジローからココロへと切り替わる事となったが、ココロはそれで満足だった。
(タマジローを信じてはいるけど、データを守れてよかった。)
怒りに狂った男は、すぐさまココロに暴力を振るおうとしたが、タマジローを守りたいという使命感と、本能のまま必死に拳をかわし、ちょこまかと逃げ回った。
しかし、10にも満たないココロが大人の男の力にかなうはずもなく体力の消耗と共に捕まってしまった。
男に片手で持ち上げられ、絶体絶命のピンチ、タマのところへ行く日も近いのかと諦めかけたその時、隠し扉のドアが空いた。
雪崩れ込むように押し寄せてきた沢山の警察官、血相を変えて駆け寄ってくる両親にココロの胸には今まで感じていなかったはずの恐怖が、後からやってきて、嗚咽を繰り返した。
瞬きする間に男が取り押さえられ、真っ先に、ココロがふらふらとした足取りでタマジローの元へと向かった。
「すぐに守ってあげられなくてごめんね、痛かったよねっ。」ココロの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。ナカナイデココロチャンココロチャンガ、ナイテイルホウガイタイヨ
タマジローはそう言い、かすれた声でゴロゴロと喉を鳴らす。
「待っててね、今すぐパパが!」期待に満ちた眼差しで、ココロが父親を振り返ると、父親は暗い面持ちで、静かに首を横に振った。
「見てご覧…ココロ…」父親が指差した先をココロが見ると、男が暴れた時だろう、パソコンを始め、部屋のあらゆるものが壊れ、直している途中だったタマジローのパーツも傷だらけだった。
アイツ、ランボウニイジッタ、ナカモメチャクチャ。ダカラ…モウ…
自分がそう長くない事は、本人もわかっているようで、申し訳なさそうに続けた。ズットイッショニイラレナクテ、ゴメンナサイ
「ううん、タマジローが謝らないで!でも、お別れなんて、絶対嫌だよ。」
神にすがりつくようにタマジローを抱き寄せたが、その体は驚くほど熱く、別れが近いのは現実なのかと思い知った。
「正直言うと、タマジローが今、正気を保って自分の意思で会話をしている事自体が奇跡のようなんだ…」
父はそう言って、諭すように娘の肩に手を置いた。
アツイヨ…サイゴハ、ココロチャンオネガイ、コワシテ
「そんな事できるわけっ…」泣き崩れるココロ、しかしその苦しそうなタマジローの最初で最後の懇願と「機械にも、生き物にも、永遠の命なんてないんだよ」そう言った父の声に、しぶしぶ頷いた。
「わかった…でもちょっとだけ聞いてくれる?約束するよ、私、タマジローの事ずっと忘れないし、いつまでも親友だからね!それに今、夢ができたの!私、将来は研究院になって、いつかタマジローを絶対に直してあげる!そしてね、タマジローにお友達もいーっぱい作るの!それまでに私も、お友達たっくさん作って、タマジローに自慢しちゃうんだから!」
精一杯の強がりと、曇りなき誓い、涙なんて振り払うように清々しい笑みを浮かべた。
ココロチャンナラ、キットダイジョウブ!アリガトウ…
前足を差し出すタマジローの瞳は、死の間際のタマと重なってずんと苦しくなる。しかし、それを振り切って、タマジローとの微かに残る可能性を信じ切った。
(直した時に私を忘れていても、またきっと心を取り戻してくれる。いや、そうさせるんだ。もし、直せなかったとしても、私の心の中で、二人は生きづづけているから。)心の中にある確かなものを見つけ、ココロはそっとタマジローの電源に手をかけた。
「おやすみなさい、大好きだよ。」いつもタマジローに言っているように囁き、反対の手で頭を撫でながら静かにタマジローの電源を落とした。
一度、ダイスキ!オヤスミナサイの文字が瞬いて、それ以来、タマジローが動く事はなかった。
ココロは、眠ってしまった友の首から、プレートを慎重に外した。
親友との別れを二度も乗り越えたココロは、一回りも二回りも大人びて見えた。
「いってきまーす!」ココロは、軽い足取りで学校へと向かう。(タマジローとの約束、ちゃんと守るために、学校でみんなとお友達になって、勉強もうんと頑張るんだ!タマにも心配かけないようにしないとね!)
空を見上げるココロの耳に、遠くから小さく猫の声が聞こえた。
声のする路地裏の方へ行くと、タマやタマジローとは正反対の見た目をした野良猫がいた。
ココロが近づくと、警戒心が強く威嚇をされてしまうが、怪我をしていて動けないようだった。
いくら敵意を示されようと、ココロはもう何も恐れない。
(今度は、私がこの子に愛を教えて、親友になるんだ!)
「ちょっと待っててね!猫ちゃん!」怪我をした猫に笑いかけ、近くのコンビニへと走り、公衆電話から母親に電話をかけた。
「もしもしママ?コンビニの近くの路地裏に、怪我した野良猫ちゃんがいるの!」
「まぁ、それは大変!ママがすぐに保護して動物病院に連れて行くから、ココロは学校に行きなさい!遅刻するわよ〜!」
「はーい」
電話を切り、首に下げたプレートを祈るように握りしめてから、ココロは夢への道を歩き始めるのだった。




