84話
「それでは次の質問なのですが……」
赤西さんが言い淀む。なんだか少し迷っているようだ。
「どうしたの? なんでも言ってくれて大丈夫だよ」
僕としてはもうなにを言われても構わないくらいの気持ちだったので、とりあえずそう言ってみる。
気を遣うところがある人だから、これくらい軽い感じのほうがおそらくいいだろう。
そんな気持ちを読み取ってくれたのか、赤西さんはおずおずと口を開き、
「その……これは辻村さんからするととても答えにくい質問になると思うのですが……美坂さんは、本当に死んだのでしょうか?」
「…………!」
思いがけないことを聞いてくる。
「美坂さん……いえ、元の美坂さんと言うべきでしょうか。彼女が今の美坂さんを生み出した。そして、今の美坂さんが自分を生んだ美坂さんを消した……この認識で合っていますよね?」
「……うん。本人から直接聞いたから、間違いないと思う」
流石に少し動揺はしたけれど、赤西さんの質問に僕はしっかりと頷いた。
下手に迷うと、きっと良くない。赤西さんからしても、このことはとても聞きにくいことだったはずだ。彼女の勇気に、水を差すようなことはしたくなかった。
「そうですか……となると、やはり引っかかりますね」
「引っかかる? なにが?」
指を口元に当て、なにやら考える仕草を見せる赤西さんに、僕は食いつく。
僕よりずっと頭のいい彼女がなにか思い当たることが出来たなら、なんでもいいから聞きたかった。
それが例え無根拠で、ただの推察に過ぎないものであったとしても、僕だけで考えを煮詰ませるよりずっとマシであるに違いない。
「……古来より、親殺しとは一種の禁忌と言われています。それは倫理的な問題も含まれますが、心情的に行い難く、苦痛を伴う行為として書物に描かれていることが多いんです」
「へぇ……そうなんだ。身内による殺人事件とかたまにニュースなんかで見かけるけど、やっぱりキツイことなんだね」
「そうですね。ミステリーやサスペンス等でも題材として取り上げられることが多いのですが……大抵の場合、犯人は積み重ねてきた怨恨や憎しみにより衝動的に犯行に及んでしまうんです。精神的なストッパーが外れた状態になっているんでしょうね」
「積み重ねてきた怨恨や憎しみ、か……」
「はい。それで、美坂さんの場合はどうでしたか?」
「どうって……」
「辻村さんの話を聞く限り、私は今の美坂さんが以前の美坂さんのことを恨んでいるとは思えませんでした。むしろ、とても大事に想っている。そう感じました」
真っ直ぐこちらを見つめてくる赤西さん。
彼女にはなにかしら確証があるのだろう。そう思わざるを得ない、強い瞳だった。
「そんな人が、もうひとりの自分を消したりするでしょうか? 私は無理だと思います。自分の大事なものを自分で壊すなんて、普通は出来ません。まして、生まれたばかりだというのなら……きっと、宝物のようにどこかに大事にしまっておくんじゃないかと、そう思います」
「美織が……生きている?」
「美坂さん本人と直接話したわけではありませんし、完全に私の推察ではありますが……おそらく、そうではないかと」
小さく頷く赤西さん。
彼女の言葉は、僕に強い衝撃を与えた。
(美織が……美織が生きている。あの美織が、生きて……)
自然と喜びが湧いてくる。思わず口元が緩みかけ……そして、
「……そっか。生きているのか、うん」
「辻村さん……?」
若干戸惑ったように僕を見てくる赤西さん。
当然ではあるんだろう。彼女からすれば、僕に希望を与えてくれたつもりだったのだろうから。
何故喜びをあらわにせず、そんな難しい顔をしているのかと言いたげな彼女に、僕は力なく返事をする。
「いや、ごめん。確かにそれは、とてもいいことだと分かってるんだけど……結局、あまり変わらないっていうか……どのみち、どうしようもないんだなって気付いちゃってさ」
「え……?」
「だってそうでしょ。僕は美織を振ったんだ。ちゃんと別れを切り出して、違う道に進もうって言ったつもりだった。でも、美織はそんなのは嫌だって言ってさ……そのタイミングで出てきたのが、今の美織なんだよ。つまり、元の美織とは、まだ別れてる途中で、うやむやなままなんだ」
ひどいことを言っている自覚は勿論ある。
最低だなと自分でも思う。だけどさ。
「仮に昔の美織に戻すことが出来たとしてさ……それって僕はもう一度、美織を振らなきゃいけないといけなくなるってことじゃないか。また泣いてる美織を突き放して、もう一緒にいれないって言わないといけないってことじゃないか」
何度も好きだった人の悲しむ顔を見たいなんて思うもの好きが、一体どこにいるっていうんだよ。




