82話
「いやー、寝不足なら仕方ないって。俺も寝起き悪くて起こしに来た妹に八つ当たりしたことあってさー。あんときめっちゃ怒られたもんよー」
そんなことを言ったのは、僕の友人である戸塚だった。
彼は何故か自分の失敗談をクラスの皆の前で話していた。それは多分、僕に対する助け船だったんだろう。
だけど僕はなんで戸塚がそんなことを言い出したのか分からず、言葉を紡げないでいた。
「えー、そんなことあったの戸塚くん。妹さん怒らせたら駄目だよー」
「うんうん、鈴鹿ちゃんの言う通り! で、どうやって仲直りしたの? まさか今も怒らせたままってことはないでしょ?」
「お、よくぞ聞いてくれたな! 実はなんと……帰りに妹好みのアイスを買って、土下座して許してもらったんだなーこれが!」
そんな僕を見かねたのか、三原と松下さんが戸塚から話を引き出していた。
「え、普通……引っ張るほどじゃなくない?」
「ていうか、むしろ情けない。それ、妹さんに頭上がらなくなるやつじゃない?」
「いやー、実はそうでさー。未だに上下関係逆転したままで……なんとかするいいアイデアとかない? 兄貴として威厳を取り戻したいし、あったらめっちゃ助かるんだけど」
会話の話題が徐々にシフトしていき、やがて戸塚のお悩み相談へと切り替わった。
それは同時に、教室の空気も変えていた。もう僕に注目する生徒など誰もいなかったし、戸塚の話にも興味がない生徒は自分たちのグループとの会話へと戻っていく。
(……助かった)
それを見て、僕はようやく胸をなで下ろす……いや、違う。なにやってんだ、僕は。
なんで真っ先に自分が助かったことを喜んでるんだ。駄目だろ、それは。
本当にしないといけないのは、戸塚たちへの感謝だ。僕にとって、数少ない友達と言える存在。
皆が僕を助けてくれた。そのことを、まず有難く思わないといけないだろ。
(本当に、凄いなアイツ……)
思わず戸塚へと目を向けると、僕の視線に気付いた戸塚は似合わないウインクをしてみせた。
続いてこれまたよくわからないジェスチャーを……親指と人差し指で輪っかを作ってるし、あれは多分後でなにか奢れとか、そういうやつかな。思わず苦笑してしまう。
(いいよ、別に。なんでも奢ってやるよ)
珍しく、僕としては本当に珍しく、誰かに対してなんでもしてやっていい気分になっていた。
それはこれまでずっと誰かの悪意に触れたり泣かせたりと、他人に対しネガティブな関係しか築いてこれなかった反動なのかもしれない。
誰かに助けてもらうなんて経験は、僕の人生においてほぼなかったことだったから。
(まぁ、当然だよな。僕はあの時、美織を助けるどころか逃げ出したんだから)
自分の彼女を見捨てるようなやつに、誰が優しくするっていうんだろう。
自分に対する諦めが僕の中にはずっとあって、どうせ駄目だと思ってた。決めつけてた。
だけど、今回僕は助けてもらった。そのことを、きっと無駄にしちゃいけない。
自分勝手なままで、自分が一番大切だと思ったままでは、いつまで経っても変わりっこない。
だから……。
「改めて、本当にごめん赤西さん。大声出して怒って、注目集めるようなこともしてしまって、ごめんなさい」
すぐ近くで、小さな身体を震わせている赤西さんにも、もう一度謝らないといけなかった。
「あ、謝らないでください。寝不足なのに話しかけてしまった私が悪くて……」
「違うんだ。寝不足が理由なんかじゃなくて……本当は、美織のことで苛立っていたんだ。赤西さんにしたのは、完全な八つ当たりだよ。赤西さんは、何一つ悪くない」
これまでの僕だったら隠していただろう情報も口にする。
余計なことを他人に話したくないとか、助けてもらうとかプライドが許さないとか言い訳をして、自分だけでなんとかしようとしてきた。
でも結局なんとかなんて出来なかった。当然だ。だって僕は、なんとか出来る方法なんて知らないんだから。
「美坂さん……? 美坂さんと、なにかあったんですか?」
「うん。そのことについて、相談に乗って貰ってもいいかな。赤西さんに聞いて欲しいんだ」
だから、赤西さんにちょっとだけ頼ろうと思う。
それでも無理なら、戸塚や三原にだって相談しよう。
だって、彼らは僕を助けてくれた。それはきっと、友達だからで。
「友達には……悩みを相談したほうがいいと思ったんだ。僕ひとりじゃ、きっと無理だから」
なら、もう少しだけ。友達に寄りかからせてもらいたいと、そう思った。




