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81話

 やってしまった、そう思っても遅かった。

 いつだってそうだ。僕は間違ってからでないと、自分がなにをしてしまったのかに気付けない。


「え、なに。いきなり」


「いや、辻村が急に大声を出して……」


「なに? 痴話喧嘩かなにか?」


 疑問に思う声。困惑する声。興味心をのぞかせる声。

 反応は様々だが、いずれも共通しているのは、こちらに興味を持っているということ。

 そしてその視線は、僕にとってとても苦痛なものだった。

 

(やめろ、こっちを見るな……)


 お前らには関係ないだろ、野次馬なんかするな。放っておけ。

 そう言いたかった。だけど言えない。言えるはずがない。

 ここは教室で、騒ぎになるようなことをしたのは他でもない僕自身だ。

 皆がいる場所を荒らすようなことをしておいて、そんなことを言うのはあまりに自分勝手すぎる。

 それじゃあ、昔の自分となにも変わっていない。いや、赤西さんを傷つけている時点で、変わっていないもなにもな……。


「あっ、ご、ごめん赤西さん!」


 ここまで考えてようやく僕は、赤西さんをそのままにしていたことに思い当たった。

 見れば小柄な彼女の身体は小刻みに震えており、明らかに怯えていた。僕が大声を出したから、というだけの理由じゃないだろう。少し前、赤西さんと一緒に出掛けた時に、彼女から聞いた話を思い出す。

 ああそうだ。赤西さんは東京にいた頃、いじめに遭っていたと言っていた。

 敵を見るような目をして怖かったとも。彼女に話しかけれたときの僕が、そんな目をして赤西さんを見なかったと言い切れるか? いや、出来ない。余裕がない僕は、いつだって周りが敵に見えた。殻に閉じこもることで自分を守ってきたんだ。そうしたほうが楽だったからだ。


(高校ではそんな自分を変えたいと思っていたのに、どうして僕はいつも……!)


 ああ、駄目だ。やめろ、今は自分を責める時じゃない。

 今辛いのは僕じゃなく、赤西さんのほうだろ。

 僕がやったことだ。責任を取らないと。僕が今やるべきことは、楽な方に逃げることじゃない。だから……。


「あの、ちょっと寝不足でイライラしてて! 急に大声出しちゃってゴメン! 怒ってたわけじゃないし、騒ぐつもりもなかったんだ! クラスの皆も、迷惑かけてごめんなさい!」


 叫ぶように、僕は赤西さんに、そしてクラスの皆へと頭を下げた。

 大げさだったかもしれない。ここまでやる必要はなかったのかもしれない。

 だけど、僕には加減が分からなかった。どうすれば空気を和ませることが出来るのか、穏便に終わらせることが出来るのかさえも分からない。

 処世術というべきなんだろうか。そういう術を学ぶことさえずっと避けてきた。

そのツケがここに来たというのなら、恥もプライドも投げ捨てて、謝ることくらいしか僕に出来ることはない。


(……カッコ悪いな、ホント)


 顔を上げるのが怖い。クラスの皆が僕のことをどんな目で見ているのか、知るのが怖い。

 他人が怖い。弱い自分を知られるのが怖い。人に注目なんてされたくない。

 怖いという気持ちが押し寄せてくる。逃げ出したくなる。いっそ笑い者にでもしてくれたほうが楽かもしれない。

 これからクラスに居場所がなくなるとしても、それでも赤西さんに迷惑をかけずにこの場を収められるならそれで――


「――なんだ、そういうことなら仕方ないな!」


 諦観の中で響いてきたのは、場にそぐわない明るい声だった。


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