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68/81

その68

「後悔、ですか」


 僕の質問を受け、赤西さんは僅かに俯いた。

 その表情から彼女の考えてることは察しがついたが、それでも僕は言葉を続けた。


「うん。テレビに出たことを、赤西さんは後悔してるのか、気になったんだ」


 なにせいじめを受けるきっかけになった出来事だ。

 していない、なんてことはないだろう。

 ただ、彼女の口から直接聞いてみたかったのだ。

 赤西さんはしばし視線を泳がせていたが、やがて覚悟を決めたのか、ゆっくりと口を開いた。


「していない、と言ったら、嘘になるんでしょうね」


「…断言はしないんだ」


 少し意外だった。

 赤西さんをいじめた人たちはここにはいない。

 気を遣う必要なんてないと思うけど、彼女は言葉を濁していた。

 まるで自分にも悪いところがあったとでも言うかのように。

 それは事実だったようで、彼女は再びカップに口を付けると、小さく苦笑しながら話を続けた。


「決定的になったのはテレビへの出演でしたが、それはあくまで最後のひと押しですから」


「前から、目をつけられていたってこと?」


 そう聞くと、赤西さんはコクリと頷く。


「私はこの通り、本の虫ですから。人と待ち合わせしているのに、続きが気になり本を読むことを優先してしまうような女です。元から人付き合いは上手ではなく、友人と呼べる人もほぼいなかったんです。他人とズレていると言ったほうがいいかもしれませんね。空気を読むのも苦手で、間が悪い人間でもありました。だから、材料が揃っていたところに火がついた。それだけなんです」


「それは…でも赤西さんは途中で読むのを辞めたじゃないか。気を遣わせてしまったなって思ったくらいなんだけど。学校でも話しかけられたらちゃんと会話してるし、空気を読めない人だとは思えないよ」


 咄嗟にフォローするも、彼女は納得しなかったようだ。

 否定するように首を横に振り、次の瞬間には、暗い表情を浮かべていた。


「前はもっとひどかったんですよ。休み時間のたびに、本の世界に閉じこもっている状態でした。私には本があるから、それでいいと思っていたんです。人に気を遣うことなんて、以前はほとんどなかったんです。今は表面上は取り繕っていますが、いつも怯えている。そういう弱い人間なんですよ」


「…意外だな。赤西さんって、最初に会ったときから優しい人だって印象があるから、そんな風には思えないんだけど」


「あの頃は、このままではいけないと学習した後だったので…それに私、逃げたんですよ。あの時は学校に行くのも怖くなって、外を歩くのもままならない状態でした。祖父母の家に預けられたことで、ほんの少しだけ余裕が出来た状態だったんです…たくさん泣いた後でした。もしかしたら貴方に、自分の姿を重ねていたのかもしれませんね」


 身勝手な話ですけどと、彼女は続けた。

 だけど、それは違う。気付けば、僕は赤西さんの目を真っ直ぐに見つめていた。


「そんなことはないよ」


 そして彼女の言葉を否定する。

 だって、僕は救われたんだ。

 目の前の小さな女の子に話を聞いてもらい、僕は覚悟を決めることができた。

 それが僕を慰めるつもりじゃなく、自分自身を慰めたかったのだとしても、赤西さんに助けてもらったのは事実だから。


「赤西さんに、僕は助けられた。身勝手なんかじゃない。僕はあの時のことを、本当に感謝しているんだ。だから、また会えたのは嬉しかった。お礼をずっと言いたかったんだ」


 逃げたことが間違いだったなんて、言って欲しくない。

 いいじゃないか、逃げたって。いじめなんて一方的な暴力だ。

 立ち向かわず逃げたからって、誰がそれを責められるっていうんだ。


 それらを全て口に出して、僕は赤西さんを擁護していた。

 頭ではこんなことをここで言っても意味がないと、さっき考えていたばかりだというのに、言わずにはいられなかったのだ。

 これはきっと、理屈じゃないんだろう。頭での考えではなく、感情が、彼女にそんな顔をして欲しくないと叫んでいたんだ。


「…だから、逃げたことは間違いなんかじゃないよ。少なくとも、僕はそう思ってる」


 最後にそう締め、僕は彼女の言葉をじっと待った。

 納得して貰えるかは分からない。だけど、僕を救ってくれた彼女のことを、僕も救いたいと、そう思ってしまった。


「…ありがとうございます、辻村さん」


 たっぷり一分は待っただろうか。

 赤西さんはようやく声に出し、僕にお礼の言葉を述べてくる。


「赤西さん、あの…」


「お客様、お待たせしました。ご注文の品をお持ちしました」


 声をかけようとしたタイミングに被さるように、店員さんがやってきた。

 間が悪いなと思いつつ、それを受け取ると、去っていく店員さんの背中をしばし見つめ、再び赤西さんへと視線を戻す。

 彼女も僕と同じことを思ったのか、苦笑いしていた。


「…タイミング悪かったね」


「そうかもしれませんね。でも、ある意味ではちょうど良かったかもしれません」


「え?」


 どういうことだろう。

 僕が聞き返す前に、彼女は続けた。


「それを飲んだら、一度外に出ませんか?少し、外を歩きたくなりました」


 そう呟き、窓の外に目を向ける赤西さん。

 そこでは、街に遅れてやってきた春の風物詩が、ふわりと風に舞っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔王様にいつエンカウントするんだろう [一言] 美織の時にこれが出来ていれば タラレバー
[一言] ここで「間違えなかった美織」が来て、主人公と関係を深めるのか…
[一言]  「彼女」ともこうやって向き合いコミュニケーションを取り続けていればまた違った結果になっていたのだろうか。  間違い続けたからこその現状だとすれば、今度は間違えないか或いは間違えた後のリカバ…
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