表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/81

その67

 赤西さんの話を聞き終わり、僕はつい押し黙ってしまった。

 なんとか口を開こうとしても、うまく言葉が出てこない。


「それ、は…」


 なにか言うべきだったのは間違いなかった。

 黙っていてはいけないのは分かってる。

 赤西さんだって、僕の言葉を待っているに違いない。

 だけど、僕は二の句を継ぐことができずにいた。

 僕はいじめの経験自体はないけど、慰めとか同情とか。そういう類の発言は、してはいけないと思ったのだ。

 なんとなくだけど、彼女はそれを望んでいない気がした。

 僕が同じ立場だったとしたら、されても嬉しくないからというのもある。


 じゃあなんと話しかければいいのか。それが問題だった。

 敢えて冗談を言って場を明るくする?それは無理だ。空気が読めて無さ過ぎる。幻滅される可能性のほうが遥かに高いだろう。

 同級生の連中をひどいと罵る?それもダメだ。分かったフウな口を聞いても、それは僕が気持ちよくなるだけで、赤西さんの気持ちが晴れることはないだろう。

 彼女が望んでるのは、きっと共感じゃあない。でも、ならどう言えば…頭の中がグルグルとうずまき、思考の迷宮にハマりかけた、その時だった。

 唐突に、赤西さんが頭を下げてこう言った。


「…すみません、話が逸れてしまいましたね。答えにくいことを言ってしまい、申し訳ないです」


 違うと、そう言いたかった。

 赤西さんは悪くないと、そう言えばいい。


 だけど、言えなかった。

 むしろ先に彼女が話を切り上げる形を取ってくれたことに、安堵する気持ちさえ湧いてた。


 そんな自分が、とても情けなかった。

 ここで踏み込まないと、きっと二度と赤西さんはこの話をしてくれないというのに。


 彼女はきっと、このことを僕に話すか迷ったはずだ。

 昨日は一晩の間、きっと悩んだはずなんだ。

 自分からいじめを受けていたなんてこと、口に出すのはすごく勇気のいることだってくらい、僕にだって分かる。

 新しい土地に来て、やり直したいと、そう思ってるに違いない。


 僕だって、ほんとは美織と離れてやり直したかったんだ。

 でも出来なかった。過去は追いかけてきて、美織は僕から離れようとしない。

 だから忘れることができない。頭の中にはいつだって、美織のことを考えてしまうい自分がいる。近くにいるから意識して、忘れたくても忘れられない。


 でも、赤西さんは違う。

 赤西さんは過去を振り切り、ここにいる。

 東京から離れ、自分の過去を知る人間がいない場所にいる。

 だから話す必要なんてなかった。後は記憶に蓋をして、時間が癒してくれるのを待つだけで良かったはずだ。


 だっていうのに、彼女は自分の過去を自ら告げてきた。

 それは多分、


(僕のためでも、あるんだよな…)


 あの日、僕が泣いている姿を見て、彼女は慰めてくれた。

 一度会ったとはいえ、会話もしていない美織のことを覚えていたくらいだ。

 彼女はあの時僕がなんで泣いてしまったのか、既に察しているのかもしれない。



 そうだ、赤西さんは僕のために、きっと踏み込んできてくれたのだ。

 それを、僕は裏切ろうとしている。かける言葉が見つからないと言い訳して、自分は踏むこもうとせず、関わり合うことを避けようとしているのだ。


 そう、言い訳だった。

 僕は人と繋がりを持とうと考えていると言いながら、深く付き合うようなことになる事態を避けようとしている。


 それは美織の時に生まれたトラウマが、無意識にそうさせているのかもしれない。

 深く相手のことを知ってしまえば、すれ違いが起きた時取り返しがつかなくなることを、僕は身を持って知ってしまった。


 あれを繰り返すのが、僕は怖かった。

 相手を傷つけ、自分も傷付くのが、僕は怖いのだ。


 踏み込まなければ傷つかずに済むと、心のどこかでそう思っている自分がいた。

 美織との別れで傷ついた自分を守るために、そんな言い訳を考えてしまう自分が生まれていたんだろう。

 それは結局のところ、僕という人間の弱さにほかならなかった。



 ―じゃあ、そのことに気付いたなら、僕はそんな弱さを抱えたまま、ずっと内に篭もり続けるんだろうか。



 それは、嫌だ。

 僕は自分を変えたい。

 弱くたって、変えようと思ったって、いいはずだ。


 ただほんの少しだけ、足を前に踏み出せばいい。

 それくらいのちっぽけな勇気は、僕だって持っているはずだ。


 目をそらすことはいつだって出来る。

 でもこうして踏み込んできてくれた人に歩み寄る機会は、もう二度とないかもしれないんだ。


 その気持ちを裏切るのは、駄目だ。

 こういう時に逃げるのは、弱いとか以前に間違っている。


「…赤西さんは」


 僅かに開いた口から、声が漏れる。

 自分の意思で出したはずの声は、なんとも頼りないもので、


「後悔、してるの?」


 とても弱々しい、だけど確かな一歩を、僕は彼女に向かって踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「…すみません、話が逸れてしまいましたね。答えにくいことを言ってしまい、申し訳ないです」 ↓ >「…赤西さんは」 この間で物凄い頭が回転してる 何秒かかってるんだろうw
[一言]  良し、踏み出したな。  それが吉とでるか凶と出るかは別として行動したことに意味がある。
[一言] >僕は自分を変えたい。 成長……するのか!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ