表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/81

その52

「なんだよ、それ…」


 理解できない。

 いや、したくない。

 美織がなにを言っているのか分かってしまったら、後戻りできない気がした。


「そのままの意味だよ。紅夜くんが私から離れたいのはわかってる。だけど私はそれが嫌。見解の相違ってやつだね」


 だから、すり合わせをしようとしているの。

 耳元で美織はそう囁いた。

 まるでじっくりと、僕の心へすり込むように。


「すり合わせ…?これが…?」


「うん。本当なら、話し合いでするべきなんだろうけどね。でも紅夜くんは、私と話し合うつもりなんてないじゃない?今の君は私から逃げることしか、考えていないんだもの」


「……それは」


「だからこうするの。無理矢理にでも、私のことを見させるために」


 美織の声は真剣だった。

 さっきまでのように、どこか茶化している空気はない。

 これは『今』の美織の本音なんだろうということが、なんとなくわかった。


「私だって、本当はこんなことをしたいわけじゃないんだよ。好きな人を苦しめたいなんて思う人、そうはいないじゃない?」


 今の美織は、以前とは違う。

 それはあのクイズ番組に出て以降の、外見を変えたっていう意味じゃない。

 それよりももっと後。そう、僕と美織が別れるための最後の話し合いを行った、あの空き教室から―美織は変わった。


「私だってそうだよ。女の子だもん。ちゃんと付き合って、楽しいことも一杯して、笑い合って…そういうこと、君としたいよ」


 ツゥッと、彼女の手が僕の頬に触れる。

 4月とはいえ、まだ肌寒い空気にさらされていたからか、ひどく冷たい。

 誰かに肌を触れられているという暖かさを、その手から感じ取ることができなかった。


「でも、君はそうするつもりがない。そのことが、すごく苦しいの。好きな人がすぐ近くにいるのに、振り向いてもらえないどころか避けられる気持ち、君はわかる?…わからないだろうね。すぐ殻にとじ込もうとする君には、この気持ちはきっとわからない」


 それが皮肉なのか、あるいは自分に向けた自嘲なのか、僕にはわからなかった。

 ただ、苦しんでいるというのなら、ますます理解できないことがある。


「どうして…僕に執着なんてするんだ」


「…………」


「そんなに苦しいなら、諦めてくれよ。もう無理なんだって、思ってくれよ…今の僕には、美織を好きな気持ちなんて、もうどこにもないんだよ…」


 あの時に、醜い本音も何もかもを美織にさらけ出したのは、関係をぶち壊したかったからだ。

 愛想を尽かして欲しかった。見切りをつけて欲しかった。

 士道みたいな、頼りになるやつを選んで、僕のことを忘れて欲しかった。

 そうして僕から離れていって、互いに別々になって…それで全部、終わると思っていた。

 それが正しいんだと、あの時の僕は信じていたんだ。




「―――できない」


 だっていうのに、これはなんだ。


「それはできない。私には、君しかいない」


 なんでそんな、迷いなく言い切る。

 わかってるだろ、僕がクズだってことは。

 誰より僕のことを理解しているって、さっき言ったばかりじゃないか。


「なんでだよぉ…!士道なりなんなり、他のやつにいけばいいじゃないか!僕よりいい男なんて、腐るほどいるだろ!今の美織なら、選び放題じゃないか!!!」


「それは私が『美織』だから。他の男なんてどうでもいい。あの子を引き継いだ私には、美織の願いを叶える義務があるの」


 義務?引き継いだ?

 なんだ、それ。


「それになにより、私は君のことを好きって気持ちから生まれたんだ。君に綺麗になった私を見てもらいたい、そこが始まりだったの。だから、私には紅夜くん以外に人なんて最初から見えないし、眼中にないの」


「なに、言ってんだよ…意味わかんないこと言うなよ!そもそも、美織は士道と浮気していただろ!僕以外のことを見えないなんて、そんなの嘘だ!!!」


 訳がわからないまま、それでも僕は切り札を切る。

 士道と並んで歩く美織の姿は、この目にハッキリ焼き付いている。

 そうだ、あんなに楽しそうに笑っていたじゃないか。

 あれが決定的な証拠でなくて、なんだっていうんだ―――!




「嘘つき」


「ぎっ…!」


 途端、頬に添えられた手に、力がこめられた。


「とっくにわかってるんでしょ。本当に君は、目をそらすことは得意だよね」


「なに、を…」


「美織が浮気しただなんて、本気で思ってなかった。君は別れる口実が欲しくて、見かけたそれに飛びついただけ」


 ぎぃっっと、冷たい指先が、肌に食い込んでいく。


「っつぅ…」


「本音はただ自分が楽になりたかったんだ。そうでしょ?違うなんて、言わせないから」


「な、なら、なんで…!」


「相談してただけだよ。どうすれば、前みたいに君と話せるようになるのか。前みたいな生活に戻れるのか。士道くんはそれができるだけの能力があったし、地位もあったからね…まぁ仲良くなって、ちょっと距離が縮まっちゃったりはしたけど、それでも君だけを見てたのは本当。そういう子だって、わかってたよね?」


 淡々と告げる美織の表情に色はない。

 ただ目だけは揺らめいている。

 その奥で爛々と炎が燃えているのが、なんとなくわかった。


「美織だって苦しんでた。どうすればいいか考えてた。なのに、君は楽なほうに逃げようとするばかりで、美織を受け入れようとしない。向き合ってどうすれば解決できるか考えることもしなかった」


 怒ってる。

 美織は、怒っているんだ。


「そのことも、君を苦しめたいと思う理由。どれだけ君のことで傷ついた子がいるのか、私は知って欲しかった…離れてひとりでいたら、少しはわかってもらえるかと思ったんだけど、ね」


 今さらながら、僕は美織に怒られたことがなかったことに、ここでようやく気が付いた。


主人公フルボッコにして言い訳回

次回もメンタルボコボコされます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「なんでだよぉ…!士道なりなんなり、他のやつにいけばいいじゃないか!僕よりいい男なんて、腐るほどいるだろ!今の美織なら、選び放題じゃないか!!!」 紅夜はこの件に関し、美織じゃなく…
2021/10/24 21:47 退会済み
管理
[一言] 「そういう子だってわかってたよね?」とは言うけれど、 主人公からしてみれば「そういう子だと思ってたけど、TV出演以降はわからない」ようにしか見えないのでは 浮気してないことを主人公は確信して…
[一言] 中学生の頃の最後に全部想いぶちまけてる時点でもう覚悟してるのに『私は離れたくない』なんて自分の都合だけで束縛するのはただの脅迫行為なんだよな 相談してただけ?主人公に黙って他の男と2人だけで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ