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その33

 美織からの問いかけに、僕は答えを返さなかった。


「美織、変わったよね」


 代わりに、目の前に立つ幼馴染へと改めて目を向ける。


「え…?」


「うん。本当に、すごく変わった。とても綺麗になったと思う」


 戸惑っているのか、僅かに目を見開く美織。

 表情を崩していても、そこにいるのは紛れもない美少女そのものだ。


「可愛くなったって、すごく思うよ。…まるで別人みたいに、さ」


 夕焼けを浴びて黄金色に輝く美織は、本当に綺麗だった。

 触れたら壊れてしまいそうな危うさと、幻想的な美しさが合わさって、まるで人形ように思える。

 偶像。

 今の美織は、まさにそう呼ばれるに相応しい存在になっているんじゃないだろうか。


「コ、コウくん…?なに言ってるの?私は私だよ?コウくんの知ってる、美坂美織だよ!!」


 僕が静かに見つめると、突然美織は大声をあげた。

 僕が言ったことを否定するかのように、それは違うと訴えてくる。

 なんだか過剰な反応に思えはしたけど、さして気に留めはしなかった。


「そうだね。確かに、僕の前にいるのは美織だ」


 どのみち、今更だ。

 そのことに思考を割いたところで、なにかが変わるわけじゃない。

 ここから先は一方通行で、曲がることも戻ることもできないんだ。


「でしょ!?なら!!」


「だけど、僕の知ってる美織じゃないんだ」


 僕はゆっくりと頭を振った。


「僕の知っている美織は、大人しい子だった。人付き合いだって苦手で、誰かの中心になれるような子じゃなかったはずなんだ」


「それ、は…」


「こんなふうに、声を荒げるような子でもなかった…そういえば僕らって、喧嘩もしたことがなかったね」


 そんなことにふと気付く。

 どちらも大人しい性格だったからだろうか。

 これまで僕らは喧嘩なんてしたことがなかった。

 付き合い始める前、それこそ初めて出会ってから今日に至るまで、言い争ったこともないんじゃないだろうか。


「……うん」


「もしかしたら…」


 もっと早く本音を言い合える関係になっていたなら、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 そのことに思い至るも、それはきっと無理な話だ。


「コウくん…?」


「いや、なんでもない」


 そうなるには、なにかが起こらないといけなかった。

 変化を求めない僕らの停滞した関係では、喧嘩に発展する可能性はほとんどなかったはずだから。


(それはつまり…)


 僕らの相性は、ある意味では最悪だったということだ。

 歯車が一度ズレてしまえば、戻し方をしらないし分からない。

 互いを想いやっているように見えて、その実修復できなくなることを、ずっと恐れていたのかもしれない。


「参ったな」


 そうだとしたら僕らは遅かれ早かれ、こうなる運命だったんじゃないだろうか。

踏み出せず踏み込めず。

少なくとも僕は、自分が傷付くことがこれまでずっと怖かった。


「本当に、参った」


僕らはきっと本当の意味で、恋人ではなかったんだ。

 なら、もう壊すしかない。

それが美織にしてあげることのできる唯一のことだ。


 たとえ、どれだけ傷つくことになるとしても。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今迄ぶつかり合ったこともなく、喧嘩らしいケンカもした事がない。だから歯車の戻し方も分からない。 …なら、これが最初のケンカで、直し方もこれから2人で見付けていくってだけでは?前提がも…
[一言] フィクション、創作の人物にそこまで否定的にはなる必要はないと思うがね。 ある種のストレスを期待して読んでいるわけだろ?表面上、主人公の好みに合わないから別れるっていうモヤモヤを楽しむものなの…
[良い点] もしもを考えてしまうけど、主人公もヒロインも波のない停滞した日常をこそ幸せに感じて、望んでいたから必然だったんだと。 もしもを考えたうえで必然だと悟る、後悔にもならない寂しさが好きです。 …
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