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その3

何度も見ても。何度見返しても。

そこに映っているのは、僕の幼馴染である美坂美織だった。

一度気付けば、僕が見間違うはずもない。

誰よりも美織のことを知っているのは、ほかならぬ僕なのだから。


「でも、なんであんな……」


いつもと違う姿になっているんだろう。

普段かけている野暮ったいメガネをかけていないのは、コンタクトをつけているからだろうか。

あんな凛とした瞳をしていたなんて、僕は知らない。


髪型を変えているのは、テレビに出るから?

三つ編みではない美織を見たのなんて、随分と久しぶりだ。綺麗なのは確かだけど、違和感がつきまとう。


服装だって、普段はもっと地味なのに、今は明るめのコーディネートだ。

少なくとも美織の趣味ではないと思う。なのに、あえて着ているということは、そっちのほうがいいと判断したから?

本当は美織も目立ちたいという願望があった?


(なにがなんだかわからない…考えがまとまらない…)


疑問が次から次へと湧いてきて、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。

テレビを見ることに集中できず、応援することもままならない。

美織はクイズに確実に答えているらしく、退場することなく未だ残っているようだけど、それもどこか他人事のように思えてしまうのは、それだけショックを受けているということなんだろうか。


「…………」


気付けば僕はスマホを握り締めていた。

電源をつけ、電話ボタンをタップして、すぐに出てくる美織の名前をじっと見つめる。

もうテレビなんて視界に写ってすらいない。

僕にとっての美織は、画面の向こうではなくここにいるんだ。

そのはずだと自分に言い聞かせながら、僕は震える指で美織の番号をタップした。



プルルルル…プルルルル…



繋がるまでの電子音が、やけに大きく、長く響く。

実際はそんなことはないのかもしれない。時間だって、きっと全然経ってない。

だけど、僕にはなんだかこの待ち時間が、美織が電話に出るのを躊躇っているように感じてしまう。


「……はい、もしもし」


「あ…」


だから、ようやく電話が繋がって、美織の声が聞こえてきたとき、僕は心底ホッとした。

無視されたわけじゃない。その確信が持てたからだ。


「美織?」


「あ、コウくん。どうしたの?」


名前を呼ぶと、美織も僕の名前を呼んでくれた。

テレビの自己紹介のときにあった硬さがない、柔らかな声だった。


「いや、その、テレビ見ててさ…」


「それって…」


「うん、美織が出てる番組。今も見てるよ、勝ち上がっててすごいじゃないか」


話しながら、僕はもう一度テレビに目を向ける。

舞台は決勝戦まで進んでいて、そこには美織も残っていた。


「やだ、恥ずかしいな…運が良かっただけだよ」


「いや、すごいよ。頑張ったね。このまま優勝しちゃうんじゃないの?」


「ううん、このあと負けちゃうの。決勝で当たった子、すごく頭のいい人だったかから」


取り留めのない会話を、僕らは続けていく。


「……美織、それネタバレだよ。僕はまだ結果知らなかったのに」


「……あ」


「これじゃ応援するの難しくなっちゃったよ。その勝った子って誰?赤西さんって子?ならその子を応援しちゃおうかな」


本当は違う。

僕が話したいことは、こんなことじゃない。


「だ、ダメ!コウくんは私のことを応援してよぉ」


「はは、冗談だって。わかってるよ。もちろん美織を応援してるから」


「もう、意地悪なんだから…」


美織を応援しているのは本当だ。

だけど、そうじゃない。僕がしたいのは、こんないかにもな恋人同士の話じゃなかった。


「あはは…あ、それでさ、ちょっと気になったことがあったんだけど…」


「?うん、どうしたの?」


だから切り込むことにした。

本当は美織から触れて欲しかったけど、彼女はわかっていないらしい。

声にキョトンとした色が混じってる。


「っ……」


それが少しだけ腹ただしくて、一瞬だけ息をのむ。

言いかけた言葉は、それで強引に喉の奥に押し込んだ。


「テレビに出てる美織、いつもと、その、随分違って見えるなって…」


「あ…」


美織のあげた小さな呟きを、僕は見逃さなかった。


「なにか、あったの?」


「えと、おばさんがね?テレビに出るならそれなりの格好をしないとダメだって、強引に着替えさせられて…しかも女の子なんだしこんなときくらいはおしゃれしないとって、お母さんもノリノリで手伝ってきて、本当に大変だったんだよ」


スマホ越しに、美織のため息が聞こえてきた。

本当に憂鬱そうで、いかにも思い出したくないといった感じだ。


「普段しないメイクとか、どこから買ってきたのか有名ブランドの服とか強引に着せられてね?嫌だって言ったのに聞いてくれなくて。おばさん、お節介なところがあるから…あれがなければいい人なんだけどなぁ」


普段人のことを悪く言わない彼女にしては珍しく、ブツブツと愚痴を吐き続けている。

内心、鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

今日まで誰にも言えなかっただろうし、身内にされたことならなおのことか。


「そっか、それはそれは…」


美織の本意でなかったことがしれたのは素直に嬉しい。

だけど一方で、余計なことをしてくれた美織の親族に対し、思わず悪態をつきたくなった。


(本当に、余計なことを…)


「まぁもうあんな格好しないからいいんだけどね。私にはやっぱり、ああいうのは似合わないよ」


そう言って、美織は軽く笑った。

彼氏としては、その意見はきっと否定すべきなんだろう。

美織はちゃんとした格好をすれば、すごく綺麗だと褒めてあげるべきなんだと思う。


だけど、僕はそうしたくなんてなかった。

美織は僕だけの美織でいて欲しかった。

変わって欲しくなんてなかったし、変わらないでいる彼女の様子が本当に嬉しかったんだ。


「うん、僕もそう…」


だから美織の言葉を肯定しようとしたところで、突如耳元に異音が走る。

プツ、プツという音が、僕らの間に割り込んだのだ。


「あ、ごめん。キャッチホンみたい。誰かから連絡きたのかな…確認したいから一度切るね。また電話もらえると嬉しいな」



「あ、うん…」


美織は申し訳なさそうに謝ると、そのまま電話を切ってしまった。

言いそびれた宙ぶらりん感はあるものの、それでも彼女の本心を聞けたから電話をした甲斐はあっただろう。


気付けば番組も終わっており、美織が言った通り他の子が優勝したらしい。

それだけを確認して、僕はリモコンを操作して、テレビの電源を落とした。


「……良かった。美織は美織だった」


話せたことで、気分が楽になった気がする。

これならきっと気持ちよく眠れるだろう。

明日の学校に備えて、今日は早めに休むとしようかな。


「それにしても…」


最後に美織にかかってきた電話。

あれはいったい誰からのものだったんだろう。


それが少しだけ、気になった。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや~良いですね。 そのままでいてくれたら良いだけだったのに、どんどん変わっていく。 僕だけの姿が、皆の姿に変わった。 もう特別じゃない。 有名になってチヤホヤされていく人より、常に寄り…
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