第30話 ”腹が減っては戦はできぬ”は永遠の真理
私たちは夕刻になってお腹が減ってきたのを我慢して冒険者ギルドに来て、ビアルヌの南にある魔族の拠点について何か知らないか情報収集をしていた。
「南ですか。
あそこはフェアリィデビルの巣なので、あまり人が行くことがない地域なんですよ。」
ギルド長のイエーグさんが増えた私たちのフェアリィデビルをちらちらと見ながら教えてくれて、アスリーさんの幽体がマーモちやんに入れられた経緯が何となく想像された。
そして、今日南の森で見た3人のことに触れて人相を説明すると、ああ、それなら、とギルド長が情報をくれた。
「ここ数年、商業ギルドにも冒険者ギルドにも登録していないし貴族でもない奴らが3、4人ずつ、全部で25人がビアルヌに出入りして結構な大金を使っていましてね、町の方でも何者だろうとマークしていたんですが、今仰った人相の男が彼らの中にいますよ。
町に連絡網を作っているんで、そちらに情報を流せば数時間で今どこにいるかお教えできまると思いますよ。」
わあ、ビアルヌの人たち、有能。
聞いたら、去年までは人の流れがあったので目立たなかったのだけど、カエンチャに魔獣が移動してくるようになって人の流れが減り、ビアルヌにも魔獣が移動してくるようになってさらに人が減りして、彼らの存在が浮かび上がってきたとのことだった。
「私たちもあいつらには何かあると思いながら、魔獣対策に人手をとられて調査ができてないことには忸怩たる思いがありました。
王太后様がご対応くださるならば、我々も安心できます。」
う。
母様をわざわざ王太后様と呼ぶということは、拙くいけばガルテム王国に責任を負わせようという姿勢だよね。
え?、成功する確率を上げようというだけで責任を負わせようとまではって、それ、一緒ですよね。
「セイラ。アスリーのことを考えたら、どうせ私たちには失敗することは許されていないんだから同じことよ。
それに、彼らを捕まえないと今回のことのカラクリが分からないしね。」
むう、母様が良いと言われるなら仕方ないですけど。
母様、オトコマエ過ぎます。
母様は魔族たちの居場所の調査をお願いして、あといくつかを聞くとギルド長に礼を言って冒険者ギルドを出ようとしたのだが、個室を出て出口に辿り着く前に、私たちは冒険者やギルド職員の女性たちに囲まれることになった。
「「「あの、セルジュさんがすごく若返っているんですけど、どんな秘術か教えて頂きたいんです! 」」」
口にはセルジュさんの名前を出しているが、視線はチラチラと母様を見ていて、期待に目を輝かせている様は、何が言いたいのか一目瞭然で分かる。
えーっとお……
これ、今のところは俺しかできないし、光魔法と神聖魔法を合わせて肉体の再生ができることはまだ機密情報になっているし。
母様と目が合って、母様が出口に視線をやりながら周りの皆とも視線を交わして、それからみんな一斉にバラバラッと違う方向に駆けだして人の囲いの間を抜いて出口を駆け抜けた。
「「「「あーーっ!! 」」」」
追いかけてこようとするのを皆で街の繁華街の方向に走って撒いて、お腹が空いていることではあるし、見つけた豪華そうなレストランにそのまま全員で駆け込んだ。
レストランには品の良い重厚な扉のすぐ内側に落ち着いた雰囲気の受付カウンターがあって、別にドレスコードなどはないようだが、カウンターの中の受付の人からは人を値踏みしようという意図が見え隠れしていて、当然、私たちは何の問題もなく店のお眼鏡に適って受け入れられた。
総勢10人が入る大きめの部屋に通されると、母様とセルジュさんが渡されたメニューを見ながら相談した品目をミシュルが確認して注文した。
俺は、みんなで食事を待つ間にお手洗いを使わせてもらおうと部屋のドアをわずかに開けたら、問題の魔族が目の前を通り過ぎるところだった。
(──わあ、いた。
でも、今、冒険者ギルドで調べてくれているところだからどうせ宿は分かるんだし、今はご飯を優先してもいいんじゃないかな。)
俺は食欲を優先することにして魔族が向かいの部屋に入っていくのを見ていると、ミシュルと視線が合って、こくりと頷かれた。
(ミシュルも賛成してくれたし、よし、決定。)
母様に言うと万が一があるかもしれないので、俺は母様には黙ったまま部屋を出て化粧室へと向かった。
だけど、男性用の化粧室を通り過ぎて女性用へ行こうとしたところで、化粧室から出てきたもう1人の魔族に声を掛けらてしまった。
「ねえねえ、そこの可愛い君。
僕はそこの部屋で仲間と食事をしてるんだけど、食べ物の量が分からなくて、かなり豪華なことになっちゃって困ってるところなんだ。
良かったら僕たちと一緒に食事をしてくれないかな。」
(うあ。これ、ナンパ? )
女になって初めてされたナンパと声を掛けてきた相手の組み合わせの最低さに思わず苦笑していると、私たちの部屋のドアが開いてミシュルが顔を出してこちらに微笑みかけてきた。
え?、とミシュルの意外な対応にびっくりしていると、ミシュルがドアを開けてこちらにやって来て、念話を送ると同時に俺に少し大きな声で耳打ちしてきた。
『今、フェアリィデビルたちに念を送って、いつもお前たちを苛めているやつらを酷い目に遭わせるから、彼らが来ても大人しくしていてくれるように説得してきた。』
「あのね、部屋の人たちが向かいの部屋の人たちとご一緒してみたいって。」
ミシュル、本体は雄のくせに、少し頭を下げて上目遣いに魔族に視線を送ると照れたように視線をそらせて俺に、どう?、と微笑むのが実にあざとい。
魔族は開いたドアから部屋の中を覗いて、男が1人いるものの、きれいどころが9人もいるのを見てご機嫌になった。
魔族の男はすぐに向かいの部屋にいた仲間に声を掛けると、店の給仕に話をして、まだこれからだった自分たちの食事と酒も運び込んでもらって宴会が始まった。
魔族も最初はフェアリィデビルを見て腰が引けていたが、フェアリィデビルが皿に取り分けてもらって大人しく食事をしているのを見て安心したようで、両手に花とばかりに女性たちの間に席を作って楽しそうに盛り上がっている。
「どうせ捕まえるんだったら一緒にいた方が確実でしょう? 」
母様の耳打ちに納得して、魔族の男たちの話に適当に相槌を打ちながら、俺は食事に専念することにした。
お酒は、飲むとまた酷い目に遭うだろうしね。
魔族の男たちは、ゴダルグ、ザルチュ、ボブーダと名乗ったが、それ以上のことは口にせず、ただひたすらに自分たちが金持ちであることをアピールして口説こうとする。
食事代も全部持つと言って強引に支払われてしまって、ちょっとだけ心が痛んだが、お腹も満ち足りたことだし、そろそろ捕まえることにした。
魔族1人につき3人ずつが左右と後ろについて、後ろが羽交い締めすると同時に左右から鳩尾と股間に膝蹴りを入れる。
お腹を押さえて悶絶する魔族の前に母様が立つと、にこりと笑って挨拶をした。
「今日は美味しいものをたくさんご馳走していただいて、ありがとうございました。
今日、ゴダルグさんたちを森で見かけて捕まえたいと思っていたところに声を掛けてくるんだもの、ちょっと痛かったかもしれないけれど、仕方ないわよね。」
母様が視線を上げて俺に合図をしてくるのと同時に、俺はリーダー格のゴダルグさんに同化した。
◇◆◇◆
「イエーグさん、彼らから聞き出した情報のあらましですが……」
母様が説明を始める。
私たちはゴダルグさんたちを冒険者ギルドに引き渡して、ギルド長のイエーグさんと情報を共有していた。
まず、ビアルヌの南にあるのは彼らがサクルクと呼ぶ魔族の研究施設で、要員の半分は警備要員だ。
研究員は今回はゴダルグさんだけ、ザルチュさんとボブーダさんは護衛として来たらしい。
サクルクで研究しているのはシューバと彼らが呼んでいる人造の魔物の飼育施設で、元は何かの研究の失敗作らしいのだが、それをどこかで改良してボスから与えられた新しいシューバが自分たちの指示を聞く魔物に調整することを目的として飼育方法を研究しているのだそうだ。
だが、それならなぜサクルクをシューバの近くに作らなかったのかについては、幽体管理の素材となるフェアリィデビルが南の森に生息しているからというのが理由だった。
そして、サクルクには特別に管理しているフェアリィデビルが4頭いたらしいのだが、先日その一頭を逃がした研究員は懲罰房に入れられていて、今日は本来4人で来る予定だったのが3人に変更になったということだった。
マーモちゃんはサクルクから逃げ出したのに違いない。
私たちは、明日の朝一番でカエンチャにいる仲間の冒険者たちとエグリスさんを呼び寄せて、私たち全員でサクルクを攻略することになり、イエーグさんにはカエンチャの冒険者ギルドを通じて私たちの仲間への連絡と彼らを捕獲した後のお城との連携について話をしておいてもらうことになった。
「それじゃあ、私は今夜のうちに下調べをしておくわ。セイラ、明日は頑張ってね。」
宿に帰って皆が落ち着いたのを見極めると、ミシュルはそう言って窓から飛び出し、慌てて窓に駆け寄った俺の視線には、黒豹が屋根伝いに走って行くのが見えた。




