第29話 まーぞくちゃん、見ーつけたっ!
マーモちゃんは、アスリーさんの幽体を入れるために本来の幽体のスペースを削られていて、フェアリィデビルとしての能力は弱い。
だから、ほかのフェアリィデビルと一緒になったら下っ端扱いされるんじゃないかと心配したんだけど、そんなことはなかった。
気がつかなかったけれど、マーモちゃん、さっきの回復魔法の習得に参加していたらしい。
もう使えるところを見ると、元からアスリーさんの幽体は光魔法を持っていたんだと思う。
俺の攻撃で慌てて逃げようとして怪我をしたフェアリィデビルに回復魔法をかけてあげていて、フェアリィデビルが持つはずのない才能がほかのフェアリィデビルの尊敬を集めているようだ。
マーモちゃんのところにきて話をしていたボス格の雄は、自分はマイナの腕にしがみついて、きゃきゃ、と仲間に指示すると、フェアリィデビルたちが私たちの間をうろうろとし始めて、つい手を出したサファとシャラとに一匹づつしがみついて、きゅきゃきゅ、と鳴き始めた。
フェアリィデビルが自分のペアを決めたらしいと気がついたノーメが、
「あー、しまった! ねえ、こっち、こっちだよ! おいでー! 」
と、両手を広げて慌ててフェアリィデビルを呼んだがもう遅くて、むしろノーメのおかげでペアに選ばれたと気がついたそれぞれが、自分にしがみついてきたフェアリィデビルを相手に仲を深め出した。
俺がつけたマーモちゃんという名前がフェアリィデビルの名前の前例のようになって、マイナの子がトーマちゃん(雄)、シャラの子がユーラちゃん(雌)、サファの子がサーヤちゃん(雌)と付けられたみたい。
フェアリィデビルは可愛いのに残酷でたちが悪いと聞いていた俺は、意外な成り行きに驚きながら、フェアリィデビルともう少し親密度を上げて意志疎通をする方法を考えなくちゃと思った。
俺が神聖魔法でマーモちゃんと同期して意思の疎通を行うように、皆にも神聖魔法を覚えてもらうのが手かな、そう浮かんだアイデアは取りあえずは保留して、今は移動に専念する。
森を南へと移動するにつれて、だんだんと森の植生が変わってきているのに気がついた。
さっきまではテルガの森とあまり変わりがなかったのに、急に熱帯雨林のような感じになって、フェアリィデビルが姿を見せたのはそのせいらしい。
フェアリィデビルはけっこう細かく縄張りが決まっているらしく、新しい子が来ては威嚇してきて、フェンが絡むと攻撃の性格が変わりそうだったのでフェンには念話を送って大人しくしているように頼んで、トーマちゃんとの鳴き合い、というか威嚇合戦に持ち込むと、空間魔法などの実力行使の前に、威嚇に敗れて引き下がっていく、
トーマちゃん、結構強いんだ。
◇◆◇◆◇◆
森をしばらく進んで、マーモちゃんがまた、きゅきゅきゅあ、と鳴き出した。
見ると、マーモちゃんが指差す先に森が途切れて入り口らしいものが見えて、そこへ行ってみるといきなり道が整備されていて、奥へとまっすぐに続いている。
この奥にはさっきの魔族が作った何かの拠点があるだろう。
俺の袖を引っ張って、きゅきゃきゃ、と道の奥を指差して鳴くマーモちゃんを見ながら俺は考えた。
この奥にはアスリーさんの幽体が捕らえられているかもしれないが、なら、なおさら今のメンバーじゃあ心許ないんじゃなかろうか。
こんなにフェアリィデビルがたくさんいる場所に拠点があるということは、フェアリィデビルくらいならば問題にならない対応策が講じてあるからだ。
そして、3人もがビアルヌの町に行っても警備に支障がないと考えるくらいの体制が布いてあるなら、このメンバーでは力が足りない。
俺は同化してマーモちゃんと相談をして、渋るマーモちゃんを何とか納得させようとして苦労していた。
マーモちゃんはアスリーさんの幼さが前面に出ている分、感情に走りがちなのだ。
『大丈夫、必ず戻ってきて、みんなを助けるよ。
今は戻って強い人を揃えて、確実にみんなを助けて、元の自分に戻ろう。ぜったいやるって、約束したよね。』
繰り返し説明して、 母様やミッシュやティルクの姿のイメージを送りながら説得したら、マーモちゃんは納得してくれた。
私たちは、そっと引き返し、そして元の場所まで戻って、ビアルヌに向けて戻るには早すぎるからと、前に光魔法を残りの全員に教え込んだ。
みんなはそれで十分と思ったようだが、まだ少し時間に余裕があったので魔獣討伐を行ったら、みんなは不満そうで、視線にやり過ぎだという感情が透けて見える。
セルジュさん、ホント、甘やかしすぎです。
◇◆◇◆◇◆
ビアルヌの町に戻ってみたら、宿にセルジュさんとリルだけじゃなくてティルクとジュール君とミッシュがいた。
意外な組合せに首を傾げていると、
「それで、今日の訓練はどうだったの? 」
と、母様が別の部屋から入ってきた。
ライラとサファが慌てて駆け寄って挨拶した後から威城のメイドの4人も続いて、さすがの貫禄だよねー、と思って見ていたら、マイナに袖を掴まれて並ばされた。
「あら、セイラは良いのよ。
ティルクと一緒に娘扱いで旅をしてきたんだし、姓はガルテムになっちゃってるし……」
母様がちろりとこちらを見る。
「何より、息子の婚約者として有名になっちゃってるしね。」
(ぐっ。)
そう言われては、ここは意地でも頭を下げなきゃ。
唇を尖らせて憮然とした表情で頭を下げるのを、母様が笑いながら見ていた。
「その顔で頭を下げると、却って使用人じゃない感じがして変よ。
使用人が主に対してそんな顔をしたら、どんな沙汰があっても文句は言えないもの。」
はっとして、慌てて表情を笑顔に変えて頭を下げた。
俺、母様に甘えてるんだな、そのことを強く意識したからだ。
「へえ。王太后様もそのような打ち解けたお顔をなさるのですね。」
それだけに、私たちの様子を見てセルジュさんが母様にかけた言葉の距離と、それに表情を固くした母様の顔は対照的だった。
──セルジュさんは女性に優しいんじゃない、距離を取っているんだ。
そう感じた俺は、セルジュさんに提案した。
「セルジュさん、この旅では冒険者たちも母様のことは身分を度外視してケイアナさんと呼んでいるんですよ。
セルジュさんも母様のことをケイアナとか、妹とか呼ばれたらどうでしょう。」
セルジュさんが目に見えてたじろいだ。
だけど、俺は追撃の手を緩めたりしない。
跡取りとなった妹に気を使ってきた良いお兄さんが、そのことのせいかは知らないが、女性全員に腰が引けるほどのトラウマになっちゃっている。
マイナたちの訓練結果をみて分かったことだから、間違いはない。
で、俺はこんなの、許さないし、
母様が気遣わしげにセルジュさんを見守る中、セルジュさんはゆっくりと口を開く。
「ああ、そうだね。
ケイアナと呼ばせてもらおう。」
セルジュさんの言葉を聞いて、母様が、
「分かったわ、兄さん。」
と応えて微笑んだ。
ああ、良かった、と安堵の息を吐いた俺に母様が向き直ると、用件を告げてきた。
「セイラ! 兄さんに若返りをする前に、私にしなかったのはなぜかしら。
理由があるなら聞きましょうか。」
わーっ!!
このタイミングでそれを言ってきますか!
虚を突かれた俺がしどろもどろになるのをクスクスと笑いながら、母様は俺に催促をした。
「わざとではないのは分かっていますから、同じのを私にもお願いね。」
はい、奥様。
ただいますぐにお届けしましょう。
お待ちくださいねー、とりゃあ!




