第24話 セイラ、愛い奴よのう、どれ……マーモちゃん、許す、行けーっ!
「てやーあ! シャラ、もう一頭、追加! 」
「りょーかいーっ、任されたーっ! 」
マイナが雲の盾と呼ぶ白い靄で大型の狼を殴って右後方へと弾き飛ばすと、シャラが両の掌に何かを掴むように指を曲げて両肘を曲げて引きながら、そのまま後方へ指を広げると、狼は大きな木の幹にまともにぶつかって頭部が砕けた。
私はマイナの左側で襲ってきた狼を蹴りで受けながら足先に威力を意識して狼の頭骨を蹴り砕いたが、その後からきたもう一頭に対して背中を向けてしまい対応が間に合わなくなって生じた隙をユルアが水弾で狼を撃って埋めてくれた。
「サンキュー、ユルア! 」
「ノーメ、貸し1つねー。」
いや、貸しも何もさ、と私はマイナの前で狼の群れと1人戦って私たちの方に来る狼の数を調整しているセルジュさんの方へと視線を向けて、私たちの借りはあそこに集約されてるから、と美丈夫のおじさんを見る。
私たち威城のメイドと王家付きメイドのライラ、サファ、それからサーフディアから同行してきたエルフのエグリスの7人は、王太后様のお兄様であるセルジュさんに引率されてレベル上げの訓練をしながらアスモダへの旅を開始した。
セイラを待ち受ける予定である以上、現地へは早く辿り着きたいとセルジュさんにお願いした関係で、その訓練はほぼ基礎体力作りと武術の基礎の反復練習になって、私たちは連日1日の終わりには意識がなくなって、気が付いたところをセルジュさんに介護されるようにして無理矢理に食事を頬張る死屍累々の有様となって、魔獣討伐はほとんど経験しないままアスモダへと入国した。
その間、食事はもちろん、用を足すのにも難渋していた私たちの代わりに食事の準備、後片付けや宿営などの雑用を1人で熟してくれて、寝ていても気配で分かるとかで、実質夜番も1人でしてくれていたのがセルジュさんだ。
なので、私たちはセルジュさんには頭が上がらない。
先週アスモダに入国にした私たちだったが、カエンチャ周辺に出る魔獣は、強い魔獣が多すぎた。
セルジュさんから、カエンチャの東側から来る魔獣ならば私たちでも連携すれば何とかなると提案されて、逃げるようにしてカエンチャを出発して東側にあるビアルヌの町へと辿り着いたのは5日前だ。
ビアルヌについてから私たち威城のメイドは魔獣と戦闘経験を積むことをようやく許されて、4人の平均レベルはようやく1,700程度と2,000の大台が見えるところまでになってきた。
だが、ライラ、サファ、サーフディアから同行してきたエルフのエグリスはまだビアルヌの町に残って基礎体力作りと武術の基礎の反復練習をやっていて、ライラとサファがようやくレベル1,000、私たちに同行したことで訓練に巻き込まれたエグリスに至っては魔王の眷属の加護がないためにレベルの上昇も遅くてまだレベル626だった。
◇◆◇◆
私たちが誰かが空を飛んでいるのを見つけたのは、今日の魔獣討伐が終わってビアルヌへと帰還しているときだった。
私たちはビアルヌの町への魔獣の被害を減らすためにビアルヌの東部へと討伐に出掛けていて、暗くなる前にとビアルヌがある西へと向かって歩いていたら、ビアルヌの町並みの向こう側の空を人が飛んでいるのをセルジュさんが見つけた。
普通は、あんなピンで突いたような黒い点に気付くことも、それが人だなんて分かるはずがなくて、セルジュさんの気配察知だか視力だかの能力が半端ない。
セルジュさんはその黒い点がレベル4,000の壁を超えた実力者の特技による飛行術だと見破ったのだが、セルジュさんがビアルヌに来て冒険者ギルドで調べた高位冒険者に該当する能力を持つ者はいないらしい。
「皆、もうこの辺には魔獣の気配はないし、もし現れたとしても皆なら対処できると思うから、ちょっとどんな人が来たのか確認してくるよ。」
セルジュさんはそう言って、特技で疾走をし始めてあっという間に見えなくなって、冗談じゃないわ、こんなところに取り残されて堪るもんですかと私たちは慌ててセルジュさんを追いかけることになって、そして、セルジュさんがセイラに遭遇している場面に私たちは追いついた。
だけど、私たちは最初、それがセイラだとは気付かなかった。
だってさ、顔が団子っ鼻じゃなくなってそばかすもなくて、お城にいたときよりか全体的に顔がグレードアップしてるんだもの、セイラ似の美人がいるなとしか思わないよ。
「マイナさん、ノーメ、シャラ、ユルア、久しぶりーっ! 」
だから、私たちはセイラが飛び掛かるようにしてマイナと私の首に手を回して抱き付いてきたときには驚いた。
服を着た可愛い猿のような生き物が慌ててセイラの胸から背中へと飛び上がって逃げたのが目の前を横切って、何だこの可愛い子と思ったのがせいぜいだった。
「ああ、顔が前とちょっと違ってたっけ、私、セイラだよ。」
本人が名乗ったけれど、何か違和感があって、私にはそれが何かすぐに気が付いた。
「セイラは恥ずかしがって女の子に抱き付いたりしませんー。」
「今はするんですー。」
即答してきた様子に、何となく、うん、これは本物のセイラだと感じて抱き付く。
「なら、本物か、徹底的にチェックだっ。」
私がセイラの体をまさぐり始めたらセイラは飛んで後退ろうとして、前屈みになった肩の後からさっきのお猿さんが私を引っ掻こうとしてくるのを、魔王の特技を発動して防御しようとしているところへ脳天に衝撃が走って、振り返ったらマイナが頭の上で手刀を構えていた。
「ノーメが相変わらずのバカでごめんね。セイラ、お帰りー。」
セイラが笑って、それからは以前の私たちのように雑談をして、もう陽も落ちそうなので町へと入ろうと思ったのだがセイラが動かない。
「ねえ、突っ立ってないで早く町へ行こうよ。」
ユルアがセイラを促すと、セイラは首を振った。
「ちょっと連れを待っているの。」
え、連れって王太后様?、と驚いて聞くと、首を振られた。
「フェンリル2頭。もうすぐ来るよ。 」
セイラの言葉どおり、やって来たのは体長が3メートルを超える大きなフェンリルと1メートル半くらいのフェンリルで、2頭とも首の周りに布で飾りがしてあって、人に馴れているのだと言うことは分かる。
……分かるのだが、大きな口の真正面から見上げるような大きなフェンリルと対面する恐ろしさはちょっとではすまない迫力がある。
私より絶対に強いだろうし。
『せ・らのなかま。よろしく。』
でも、その大きなフェンリルの思念を受けて、何とか後に下がらずに済んで、よろしくと挨拶をした後でセルジュさんが案内して全員でビアルヌの町へと向かうことになった。
門のところでリルとフェンの2頭を町に入れるのには少し手間が掛かったが、セイラがA級の冒険者であることが分かってからはスムーズに中に入ることができた。
お城で会ったときにはレベル80で洗濯するのにも力が足りなかったセイラが半年足らずでA級の冒険者……
世の中、何が起きるか分からないもんだと思った。
◇◆◇◆
問題が起こりそうになったのはその後だった。
セイラがフェンリルを連れて泊まれそうな宿を確認して、宿で払おうと袋から金塊を取り出したのだが、その金塊には貴族の焼き印が押してあったらしい。
目敏く気が付いたセルジュさんがセイラの手を押さえて金塊を隠し、もうほかの宿に泊まっている私たち5人分の部屋も合わせて頼んで、男1人、女5人の部屋を取って支払った。
そうして皆で階段を上り、女部屋へと全員で上がってから、セルジュさんはセイラに金塊を斜めにして見せながら入手の経緯について質問を始めた。
「セイラ、この金塊には貴族の焼き印が押してある。
恐らく君は知らないのだろうが、貴族はある角度から見ると分かる焼き印を押して貴族家の資産を護る工夫をしていてね、普通は金塊なんかを手に入れる機会はないから貴族とごく一部の者だけの秘密になっているんだが、金塊は厳しく管理されているからね、これを使えば君は明日には犯罪者として捕まることになる。
君はこの金塊をいったいどこで手に入れたんだい。」
セイラは驚いた様子で収納空間から書状を取り出して、ズダルグという男を助けて書状と金塊をもらった経緯と、ガルダンさんから聞いたオンゴール伯爵夫人とズダルグがカエンチャのテンガル子爵の用意した金を盗んで逃げた人物だと言うことを説明した。
セルジュさんはセイラの話を聞きながら書面を確認すると、笑いながら書面を私たちに見せた。
「この書面には少しだけ回りくどく、この書面を持ってきた人物に全ての責任を負わせてしまえという趣旨のことが書いてある。
ガルテム王の婚約者を犯人に仕立ててガルテム王国へ逃亡するとは、その男は自分の死刑宣告書に署名したも同然だな。」
セルジュさんが見せてくれた書面には、こう書かれていた。
”私は、今回のカエンチャの町の防御の件については、この者に全ての責任を委ねるのが適当と考え推薦します。いかようにでもお取り扱いください。 アスモダ国政務大臣補佐官 ズダルグ エーンハルト ㊞”
「この書面と金塊をズダルグが持っていたことをセイラが証言すれば、彼はもう逃れられない決定的な証拠になる。大事に取っておきなさい。」
セルジュさんはセイラにそう助言すると金塊と書面をセイラに返した。




