第23話 今、一番見たくない顔……出てくるんじゃないわよっ!!
18時前になって、ほぼ書き終えていた話の収まりが悪いと感じて、2つに分けて書き足していたら遅くなってしまってすみません。
姉様が飛び出して、私はすぐに姉様を追いかけようとしたのだけれど、ティルク、そっとしておきなさい、と母様から止められて、リルとフェンが姉様を追いかけて駆けていくのを視線で教えられた。
「姉様、顔色が良くなかったけれど、大丈夫かな。」
「私もびっくりしたし、セイラもさすがにちょっとショックが強かったようだから、少し気を落ち着けさせてから戻ってきたら良いわ。
ミッシュも居場所や状況は掴んでいるみたいだし、しばらくそっとしておきましょう。」
母様はそう言って姉様を追わなかった。
なにより、と母様が苦笑しながら言う。
「ダイカルが王家として婚約を公式に発表するとは思わなかったわ。
ダイカルにその気がなかったらあんな発表をするはずはないし、セイラもプレッシャーを感じたでしょうね。」
確かに、王家が正式に婚約者だと発表してしまったらことは公になっていて、姉様が違うと言ってももう通らないだろう。
それに姉様がやったこと全部が婚約を後押しする方向にすごく好意的に広まっていて、姉様に国王様と結婚するつもりなんてこれっぽっちもない事実を知っていないと、どんな素敵なラブロマンスがあったのかと想像させるような逸話になってしまっている。
姉様が魔王妃を持っていることが関係しているのよ、とミシュルは言っていたけれど、姉様が国王の妻に納まる気が全くないのに、つくづく魔王妃の力ってすごいと思った。
ただ、ミシュルが溜め息交じりに呟いた、
「魔王妃の力を強化する祝福が懸けられているのが、本人にとっては呪いみたいになっているわね。」
という台詞が何のことだか気になった。
◇◆◇◆
私たちはあの後、どこかへ飛んで言ってしまった姉様を置いてカエンチャの町へと入って宿を取って、母様は領事館から人を呼んで私とミシュルとゲイズさんとキューダさんが同席して情報交換をして、テンガル子爵と会談をする手筈を整えてもらうことになった。
私たちのことは母様がガルダンさんに頼んで、テンガル子爵本人以外には口止めをしてもらっている。
領事館からの聞き取りでテンガル子爵とオンゴール伯爵の人柄を確認したのだけど、領事館の人からの情報と私たちの印象にはあまり違いがなくて、母様はテンガル子爵を支援する方向で話をすることを決めた。
オンゴール伯爵とその妻たちについてはこれから何ができるかを探すことになる。
もちろん魔獣の討伐についても協力はするのだが、カエンチャの兵士たちはこれまでの戦いで鍛えられて平均レベルが3,000に近いそうで、私たちの戦力は、母様と姉様と私は格上になるが、落雷の轟きのメンバーがカエンチャの兵士たちと同等で、平均レベルが2,400くらいのキューダさんたち冒険者は実はレベルの上では格下になる。
だが、ガルダンさんたちはキューダさんたちが眷属の特技が使えるのを見て、冒険者たち全員がレベル4,000の壁を超えた猛者揃いと勘違いしている節があって、眷属の特技を含めたキューダさんたちの実力はカエンチャの兵士たちとほぼ同じくらいと言うのがミッシュの評価だった。
だけど、私たちには魔王の眷属のレベルアップのブーストが掛かっているから、魔獣の討伐には積極的に参加して、レベルアップのチャンスは使わせてもらおうということになった。
魔獣討伐までに姉様が帰ってこなかった場合、私は母様とペアで参加することになる。
母様と組んだことはほとんどなかったから、どんなペアになるかちょっとだけ不安がある。
姉様、早く帰ってきてくれないかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はマーモちゃんを抱いて飛び続けて、気が収まるとまだ朝食前だったことに気が付いて、高度を下げて何かないか、何かいないかを探し始めた。
眼下はまた畑から森になり始めていたのだけれど、よく見ると日の当たる小高い丘に生えた木々に赤い実が成っているのが見えて、高度を下げてそれがリンゴに似たサングという果実だと気が付いて、熟れた実をいくつか摘んだ。
地面に降りてマーモちゃんとサングを分けあって食べる。
マーモちゃんは、俺の膝の上に乗って両手でサングを抱えてシャリシャリと小さな口で囓っている様がすごく可愛いのだが、単なる魔物でないことは、美味しいねー、と声を掛けるとサングを持ったままこちらに小首を傾げて笑って見せる仕草でも分かる。
マーモちゃんは人生経験から切り離されてしまった幼いアスリーさんなんだ。
マーモちゃんの頭を撫でながら、この子を必ず元の姿に戻してあげなければと考える。
そのためには近いうちには母様たちの元へと帰る、そのことを変更する気はなかったが、俺はまだ男に戻る気でいるのだし、ガルダンさんの話から想像される事態に対処するためにはすこし気構えを作る時間が欲しかった。
それとも──、と俺は考えた。
男のセイラなら、どんなにショックを受けてもカエンチャの町で気丈に振る舞って留まっただろうか。
自分のことを女のセイラと意識し始めてから、ときどき男のセイラだったらという疑問が湧き上がるのを私、いや俺は止められないでいる。
マーモちゃんが俺の指を掴もうとするのをひょいひょいと上げて構いながら、だって、男のセイラは頼りになるものね、と考えてしまって、いやいや本来同一人物だし、と気を取り直しているところへ、リルの思念が届いた。
『せ・ら、見つけた! 』
思念のしてきた方向を見ると丘の麓からリルとフェンが駆けてくるのが見えて、俺は慌ててほかのメンバーを探したのだが、ティルクもミッシュも見つけることはできなかった。
『きたの、リルとフェンだけ。ミシュから、しばらく頼む、言われた。』
リルの思念で、俺はしばらくこうしていても良いらしいことが分かってほっとするとともに、完全な家出をするのは難しいことが分かってがっかりもした。
おそらくアスリーさんを元の体に戻して契約を解除するかアスリーさんのように幽体が掠われでもしない限り、ミッシュから隠れるのは無理なんだろうな。
リルと打ち合わせをして、飛び立ったら方向は変えないこと、方向を変えるときには一度リルと合流してからにすることを決めて、次は昼食のときに合流することにして俺はマーモちゃんを抱いて空へ飛ぶ。
昼食は果実とリルが狩ってきた兎を調理して済ませて出発しようとしたときに、リルが町のある方向を教えてくれた。
ただ、町を見つけた当時のリルは獣人なんか関わると面倒な邪魔な奴らとしか考えていなかったので、何という町なのかは分からない。
今ならリルとフェンは人に慣れたし、マーモちゃんもリルもフェンも俺とティルクが作った服や飾りを付けて、従魔であることが分かる印を付けているので、連れ立ってなら町に入っても大丈夫だろう。
リルには今日には楽に着くくらいの時間の概念しか分からなかったので、次は町の手前で合流することを決めてリルと分かれた。
そして、夕方を意識し始める頃になって前方に町が見え始めて、ほっとして町に向かって飛んでいたときだった。
下から高速で迫る人の気配を探知した俺が魔獣か魔物と間違えられたかと警戒していると、おーい、と男性の声で呼びかけられた。
もう町も近いので、そういうこともあるかと高度を下げて冒険者らしい男性の元へと向かったのだが、だんだんと近づいて行くに従って体型や顔の輪郭に見覚えがあることに気が付いて、俺は嫌な胸騒ぎを覚えた。
この顔の輪郭は……いや、まさか……
「きゃ、イヤーッ!! 」
だんだんと詳細に見えてくる顔に今一番見たくもないダイカルの面影を認めて、俺は思わず悲鳴をあげて空中で急ブレーキを掛けて静止して、そのまま後ろ向きに高度を上げて逃げようとした。
「おおーい、どうしたーっ! 」
下からはダイカルの声が……ん?、何かダイカルより声に渋みがあるような……?
逃げるのを思い止まって少し近寄りながらじっと見詰めて、あれ、角の大きさと色が違うと気が付いた。
思い切ってもう少し下がってよく見てみると、ダイカルによく似ているが年齢がずっと上だ。
(え? ひょっとして、俺、ザカールさんを見つけちゃった? )
ダイカルに似ている魔人族でアスモダにいる可能性のある人物は1人しか思いつかなかった俺は、やったとばかりに冒険者の元へと飛んで降り立った。
「初めまして、私はセイラと申します。お名前を伺って良いでしょうか。」
勢い込んで尋ねた俺に返ってきた返事は、思いがけないものだった。
「ああ、あなたが我が甥の婚約者のセイラさんですか。
私の名前はセルジュ、王太后であられるケイアナの兄になります。」
(え、母様のお兄さん? )
驚きに目を丸くする俺の瞳に、セルジュさんの向こうから駆けてくるマイナたちの姿が小さく映っていた。




