第21話 山のあなたの空遠く 「災」住むと人のいふ……ひょっとして、物事を悪い方に考える癖がつきましたか
翌朝、朝食時に冒険者たちに対して、アスリーさんの幽体が囚われて分割されている事実とアスリーさんの幽体が何かに利用されている可能性が高いこと、マーモちゃんにアスリーさんの幽体の一部が封じられていることを伝えて、母様の方針を説明した。
「アスリー様が身罷られたという発表は、敵が誰かも分からず幽体が掠われたという事情を隠すためのものだったのですね。
侵略の手段とするために我が国の王妃を悪意を以て拉致しておいて、人の尊厳を考慮することなく王妃の意識を切り刻んで利用しようとするなど外道のすることです。
ガルテム王国の民として、そんな外道が存在することが許せません。
アスリー様の救出とその外道の討伐を我らに命じて頂けることを感謝します。」
ゲイズさんがことのほか激昂して、冒険者を代表する形で決意を述べ、それをほかの冒険者たちも、そうだ、そのとおりだ、と口々に意思を表していて、相当に怒っているのが分かる。
やはりゲイズさんは元貴族だけあって、こういうときの発言力がほかの冒険者たちから一目置かれる理由の1つになっているんだと感じられた。
トールド子爵にも非があったとはいえ、ゲイズさんはお父さんも巻き込まれて亡くしている形だし、他人事ではないんだろう。
私たちの議題は森の探索方法に移り、魔獣のくる方向や種類、動きなどについて分析しながら進むことで合意して、魔獣たちの探知をミッシュと俺が受け持つことになった。
俺の魔力はダゲルアさんが男女レベル平均化の法を使ったときに半分以上を持って行かれて、一時は魔力の節約を意識するときもあるほどだったのが、獲得経験値の強さへの割り振りを止めて魔力へ全振りしてきたお陰でかなり戻ってきている。
そのため、空間魔法を使って魔獣たちの動きを読む程度ならば行動に支障なく魔法を使うことができるけれど、ほかの冒険者たちではちょっと厳しいからね。
◇◆◇◆
午前中いっぱい、魔獣の探索をしながら森を移動し討伐して行くにつれて、魔獣が移動してくる傾向が分かってきた。
現在、私たちは南東の方角へと進んでいるけれど、魔獣は北東とやや南東寄りの東側の2方向からやってきていて、北東からの魔獣はレベルが3,000前後と魔獣の一番強いところが来ているのに、東からの魔獣は総体的にレベルが低い。
テルガの町で仕入れた事前情報ではアスモダの北部で異常が起こっているということと、北部と東部との間には急峻な山脈と流れの早い川があって北から南への移動が難しいと聞いていたから、東から魔獣が来るのはおかしい。
最近になって新たな何かが加わったとすれば、それはアスリーさんの件が関係しているのかもしれない。
昼食時に俺は自分の推測を冒険者たちの前で話し、母様とミッシュもその可能性があると認めた。
「2方向から魔獣が来ると言っても、この辺りは両脇の山が険しいから手分けをしなければならないほど土地の広がりがないわ。
しばらくこのまま進んで、特段の異常がなければカエンチャまで行ってしまいましょう。
それとセイラ、マーモちゃんの様子にも注意していてね。
マーモちゃんが何かを思い出すか異常を感じるかもしれないわ。」
俺は了解して、黄色い上着を着てティルクと遊んでいるマーモちゃんの方を見た。
マーモちゃんの服は、俺が前にいた世界で犬に服を着せている人たちがいることを話したところ、人に馴れていることが分かるようにとティルクが作ってくれたもので、袖なしのパステル調の黄色い服が体毛の緑とよく映えて、可愛さが倍増している気がする。
マーモちゃんもティルクの服が気に入ったみたいで、さっき服を着せてもらってからティルクとの親密度を一気に上げているのだが、そのために俺の方に近寄ってこないのが、俺のことは単にマーモちゃんの元の体だから大切というだけで俺と親しい訳じゃないよ、と言われているようで何だかショックだ。
マーモちゃん?
あ、視線を逸らされた。
覗き込んで名前を呼んでもマーモちゃんは知らんぷりだ。
悔しくて、マーモちゃんの背中からそおっと近づいて抱き上げると、マーモちゃんはこちらに気付いて慌てて顔を逸らした後で、不意にきょきゅきゃきゃきゃっ、と笑いながらこちらに甘えてくる。
(こらー、わざとやってたな、こりゃこりゃこりゃっ。)
膝の上にマーモちゃんを抱いて、脇に手を当ててこちょこちょとくすぐると、マーモちゃんは、きゃきゃきゅきゃと笑いながら身を捩って膝の上から地面の上へとずり落ちていく。
こういうところが人間の幼児を思わせて可愛くてたまらないよね。
アスリーさんはかなりしっかりした人らしいけれど、それは人生経験があってのこと。
マーモちゃんはアスリーさんの感情の素の部分を色濃く分けられているから、こういう反応をするんだろうな。
◇◆◇◆
午後から、母様の方針に従って森を探索したのだが、午前中以上の発見はなく、それは翌日も同じだった。
そして、その次の日に、私たちはようやく森の端に到達した。
森が終わって見渡す限りの草原に、冒険者たちが、おお、と声を上げて、それから警戒して周囲を見回す。
皆、まず森の中と打って変わって開けた視野に感動し、それから足元が全く見えないことや進むためには藪をこぐ必要があることに気が付いて、それから視野を少しあげて、近くに何かが潜んでいても全く分からないことと、剣を振るうには草が邪魔になりそうなことに気が付いて眉根を寄せている。
俺はこの間、街道でズダルグという人を助けた帰りに少し経験したし、空間魔法で探知もできるのでまだマシだが、初めてで探知がないと精神への負担が増加するだろう。
「みんなー、何かが来たら私とミッシュが知らせますから、魔獣の探知はこっちに任せてください。」
なので、皆には探知をこちらで受け持つことを告知して、目の前のことだけに専念してもらう。
結論から言うと、中には草原が得意でテリトリーを確保している魔獣もいてさすがに強かったが、ほかは森の中に出てくる魔獣と変わりがなかった。
草で剣が振り辛くて、特技が肉体特化の人が少し苦労しただけで、大勢に影響はなかった。
そして、草原に出て3日目、私たちは畑が広がる地域、正確には畑だったと思われる荒れ地が広がっている地域へと足を踏み入れた。
でも、森や草原と違って、ここは見通しが良くて魔獣が隠れる場所も少ないし、剣が思い切り振れるスペースがある。
人が管理することで、環境はこんなにも変わるんだと実感させられるほどの違いがあった。
そして日が傾きかけて今晩の宿営地を考える頃に、私たちは荷車に荷物を積んだ一団に追いついた。
牛に荷車を繋いでそこに作物を山盛りに載せた5台を3人が監督して進みながら、周りを武装した20人ほどが囲んで周囲を警戒している。
彼らは全員に耳と尻尾があって、元の獣が何か分からない人も多いけれど、獣人であることがすぐに分かる。
「ご苦労様です。お手伝いをしましょうか。」
彼らの責任者と思われる、犬系の耳と尻尾の男性のところまで進んだ母様が声を掛けると、緊迫した声が返ってきた。
「貴様ら、親切ごかしに声を掛けておいて、我らが油断した隙を狙って作物を収奪するつもりか!
その手は食わん、殺してしまえ! 」
そう言って周囲の男たちに声を掛けた責任者が剣に手を掛けたときには、母様の剣が喉元に当てられていた。
「もちろん確認は必要だけど、人の親切は受け取っておくものよ。」
母様はそう言って、相手の顔色が青くなったのを確認してから剣を引いて言い直した。
「で、お手伝いしましょうか? 」
「た、頼む。」
(あの、母様。今の出来事のどの辺に確認があったのでしょうか。
脅しただけのように見えましたけど。)
思ったことは心の中に仕舞って、母様の指示に従って荷車の護衛に付く。
ぽつぽつと現れる魔獣を探知して冒険者を差し向けて数頭を狩って、私たちの実力を知れば安心すると思ったのだけれど、護衛の人たちはいっそう緊張の度合いを増した。
「あの、何か私たちに不安な要素がありますか? 」
俺が近くにいた護衛の人に声を掛けると、護衛の人は苦笑いをしながら答えてくれた。
「自分たちより強い身元不明の集団に囲まれて安心ができるとでも?
自分たちの根城まで荷物を運ばせておいて始末されるかもしれないじゃないか。」
(うわあ、正直に答えたな。)
俺は彼の性根の座った返答に感心しながら、安心させようと説明を試みる。
「私たち、ガルテム王国から魔獣が流れてきている原因を調べに来て、今着いたところなんです。そんなこと、しませんよ。」
「……ガルテム王国は戦争の準備をしていて人手が欲しいところだろうに、間違いなく手柄を立てられそうな手練れがこんなに大勢アスモダに来るなんてあり得ないだろう。
お前たち、どこを攻めるつもりだ?
お前たちは斥候で、草原に本隊が潜んでいるんじゃないのか? 」
(うわあ、厄介ね。猜疑心丸出しじゃない。)
本心を正直に口に出してくれたのは助かるけれど、これから野営をしなきゃならないのに、共同で食事作りとか交代で見張りとかいう訳にはいきそうにない。
うっかり任せたら、食事に毒を盛られたり、寝てる間に首を落とされそうだものね。
機会を見て母様に報告して、何がこんな対応をされる原因なのかを確認しなきゃと思う一方で、カエンチャに行ってもこんな感じなのだろうかと少し気が重くなった。
サブタイトルの前半、正しくは、
山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ
で、訳詩集「海潮音」に収められたカール ブッセという人の詩ですが、上田 敏という人の名訳で有名です。




