第16話 ♪鞭声粛々ぅ、夜河を渡るぅ……。黒歴史、追加
サブタイトルは川中島という有名な詩吟です。
適当に作って具体的な演歌とかが特定されたりすると拙いかなと、申し訳ないですが代役です。
虎型の魔獣を倒してから振り向くと、鎧に盾の男たちが6人ほどいて、皆こちらを唖然として見ていた。
うーん、皆そこそこに強そうかな。
よし。
「さあ、次は誰が相手になるの? 」
そう言って構えを取ろうとしたら、後からいきなりミシュルにスパンと頭を叩かれてはっとする。
「ちょっと目を離したら、こんなところにいた!
すみません、敵意はないんです。
皆さんの緊張した様子を解そうとしたボケが不発に終わっただけで、繰り返しますが、こちらに敵意はないんです。」
(今の衝動的な気持ち、何だ? )
ミシュルが男たちに言い訳をしてくれている間に、さっき自分が何を言ってどうしようとしてたかが分かって愕然とした。
俺、今ここにいる全員と戦って倒そうとしてたよね。
ミシュルがこちらにウィンクをしているのに気が付いて、ミッシュ、芸が細かいなと思いつつ、男たちの統率役らしい男と話しているミシュルを置いてほかの男たちと戦いの事後処理に加わった。
俺たちが仲間と森の中を魔獣を退治しながら進んでいるとのミシュルの説明を背中で聞きながら、倒れている人3人の様子を見ると、1人はもう事切れていたが残りの2人は息があったので、急いで引っ張ってきて2人を並べながら光魔法で回復をする。
体に欠損はなくて裂傷だけだったので、男たちは光魔法だけですぐに意識を取り戻した。
あ……女神様?、とか目を開けるなり呟いた男にまた面倒ごとの臭いを感じたので、んな訳ないでしょ、とペちんと額を軽く叩いて放置しておく。
男たちの回復が終わってミシュルのところへと戻ると、戦闘で怪我をした男たちに回復を掛けるように頼んできたので回復を掛けていると、馬車の中から恰幅の良い初老の男性が1人出てきて、こちらへ声を掛けてきた。
「おお、これはまた美しい方々にご加勢頂いたものですな。
私はズダルグと申します。
この度の魔獣の氾濫でアスモダからガルテム王国へと避難しようとしていたのですが、この度は危ないところを助けて頂いて……あなた方のような強くて美しい方々が護衛に加わってくだされば、あなた方もしっかりと休養が取れるでしょうし、ほかの者たちの士気も上がって……報酬は…… 」
流れるようにおべんちゃらから勧誘へと話が続いていく。
よく見ると、馬車はちょっと見は質素に見えるが大きくてかなりしっかりとした作りで、馬も一頭一頭が逞しくて4頭立てになっていて、わざと質素に見せかけようとしている違和感がすごい。
こんな怪しげな一行に関わり合いにならない方がいいと思って、この先で仲間が待っていますので、と名乗りもせずに誘いを断ったのだが、このズダルグとかいうおっさん、俺の両手を握ってきた。
「お嬢さん。ほかの方々がいるならお仲間ごと雇っても良いです。
それから、それとは別にお手当も弾みますから、夜には私と一緒に、ね? 」
おっさんは俺にウィンクして笑いかけてきて、声に下心を滲ませながらすうっと体を寄せてくると、さりげなく俺の体の横から尻の方へと手を伸ばしてくる。
その手の経験がほぼない俺が事態に付いていけないでいると、ケホケホ、と馬車から女性の咳払いが聞こえて、尻の手前でおっさんがぴたりと手を止めて引っ込めた。
(おお、これが噂のセクハラ。)
今さらながらに気が付いて、幸い、これまでお城でメイドをやっていたときや冒険者と修行をし始めてから、セクハラに遭ったことは……
ああ、冒険者ギルドで俺とティルクに絡みついてきた2人組と、ゲイズさんがいたね。
思い出したくもない嫌な経験に俺が眉間に皺を寄せていると、俺の横から顔を出したミシュルがぴしりと断った。
「ズダルグ様。私たちはこれからアスモダへ行くところですので、申し訳ありませんがお誘いはお受け致しかねます。」
「……そうですか、それは残念です。
ああそうだ、アスモダへ行かれるなら、私からの紹介状を用意しますので、それをお持ちになるといい。
城や冒険者ギルドにそれをお見せになれば、きっとお力になれます。」
口が達者だし、馬車に稚拙だが偽装までしてあるし、普通とは違う人だと思ったら、この人、権力者側の人か。
こんな大変なときに、国を出てガルテム王国へ避難するの?
そんな疑問もあったが、くれるという物を断る理由もないので、ズダルグさんが準備する間待っていたら、さっき統率役と思った護衛の人が横に来てコップに入ったお茶を渡してくれながら話し掛けてきた。
「いやあ、お強いですね。
私たちが必死で戦って、それでも敗色濃厚だったキングティグルを一瞬で片付けてしまわれた。
この時期にお仲間とアスモダへ向かわれるとは、剛毅な方たちもいたものだと感心します。」
「いえ、修行を兼ねて、少しでもお力になれればと思っただけですから。」
にっこりと社交辞令を交わしたつもりでいると、いきなり護衛の人に距離を詰められて耳元で囁やかれた。
「アスモダへ行かれても、ズダルグ様の名前は出さない方がよろしいです。」
聞き損ねそうな早口と小声だったが、言われた内容が何とか認識できて、囁いてきた男を見ると微かに頷かれた。
(あの人、やっぱり胡散臭い人か。)
俺も軽く頷き返しているところへズダルグさんが戻ってきて、男性がわずかに距離を取る。
「どうもお待たせしました。
これが紹介状で、失礼だがこちらは命を助けて頂いた謝礼です。
気持ちばかりのものですので、どうかお受け取りください。」
押しつけるように渡されたものを受け取ると、ズダルグさんはそそくさと馬車に乗り込み、それでは先を急ぎますので、と去って行った。
手渡された手紙と小さな薄い金塊が幾つか入った袋を手に一行を見送りながら、これ、どうしたものかと、俺は首を傾げるばかりだった。
◇◆◇◆
「できの悪い主人を持つと困るわ、結局説明をしなきゃならないのね。」
馬車が去った後に、ミシュルが溜め息を吐きながら言う。
できが悪くて悪かったね。
「結論から言うと、今のセイラではレベル4,000の壁を超える前に意識が暴走して自滅するわ。
正しい能力の拡張方法を覚えないと意識が暴走して制御できなくなるの。
魔王の眷属は、祖先の記憶で正しい使い方で技を覚えるから、セイラにはそれを観察して覚えてもらって、暴走を取り押さえるために母様が、暴走する意識をリセットするために私が側に付いていたのよ。」
──ああ、さっきはミッシュが暴走をリセットしてくれたから、護衛の人たちに襲いかからずに済んだわけか。
(きっと、ヴァイバーンと戦ったときも、ミッシュがこっそりと戻してくれてたんだな。)
視線をミシュルに移すと、頷いている。
「またどこかで暴走されても面倒だから、もう少しだけヒントをあげる。
ステータス表の例えば体力の項目の中には、耐久力や抵抗力や忍耐力なんかの詳細情報があって、魔力にも魔力との親和性や魔力操作、収束力などの項目が設定されているの。
鍵となるのは魔力操作よ。
普通は魔力属性という使い易い形を経由して魔力を使うのだけど、魔王の眷属は形に拘らずに、筋肉や持久力なんかに直接に働きかけて魔力そのものを具現化して使って能力を拡張しているのよ。
魔力効率がものすごく良いけれど、原始的な使い方だから安定しづらいの。
制御方法は人それぞれだから、これとは言い辛いけれど、眷属たちがどうやってそれをコントロールしているかを観察して、セイラなりの制御方法を工夫する必要があるわ。」
「そういうこと。
はあ、分かりました、頑張ります。
それじゃあ、帰りましょうか。」
風魔法を発動しようとしてミシュルに止められた。
「セイラ。また暴走させる気? 」
ですよね。
藪をこきながら1時間、帰ってみたら皆先に行っていて、追いついたのはさらに1時間の後だった。
母様にはあったことを報告してもらった物も渡したのだが、母様は胡乱げな表情で紹介状と謝礼の入った袋を見詰めたまま中を改めもせず、ふうん、使うこともないでしょうから、セイラに預けておくわ、と言って返してきた。
「それはそうと、勝手に家出した罰に夕食後に歌を3曲ね。
歌のできが悪かったら、もう2曲追加するから。」
最近の母様は地味に俺が嫌がる罰が分かっていて、ドレスを着せて一段小高いところで、光魔法でスポットライトまで当てて歌わせる。
「「「「「セイラさーん! ヒュー、ヒュー!! 」」」」」
そして、野太い声援と口笛とが鳴り響いて、一層熱が入った冒険者たちのノリに負けているとみなされるとやり直しをさせられる。
2時間掛かって15曲を歌い、ようやくオーケーをもらった頃には俺のテンションはすっかりおかしくなっていて、ノリまくったゲイズさんのジャグラの演奏に合わせて、往年の演歌歌手かロックミュージシャンかというような臭い振りで踊りながら歌っていたのだった。




