第13話 疑念。信じる者は……救われない?
(母様、何でですか。俺、こんなことをしている場合じゃなくて、強くなるための糸口を早く見つけなければならないんです。)
俺はドレスを着て冒険者たちが組み手をしている側に立っていた。
冒険者たちがどんな能力を得ようとしているかなんてことには関心はなくて、彼らが能力を得る前に俺も何かを見つけないとと思うと、むしろ見たくない気持ちが働く。
そんな気持ちのままでじっと冒険者たちの側に立っていることが苦痛だった。
「ほら、セイラ。彼らに声援を送って上げたらどう? 」
母様に督促されてもなかなか気持ちが動かないで、唇を噛んで下を向く俺を余所に、母様は冒険者たちに声を掛ける。
「みんなーっ。今日はセイラが皆が役に立つ能力を早く獲得できるように、応援してくれるそうよーっ! 」
「「「「「うおーっ!!! 」」」」」
興味が向けられなくても、この雰囲気で無反応というのはあり得ない。
仕方なく、の心を一旦仕舞って、応援を始めた。
「ヴァルスさん、仲間との訓練で指輪に頼ってちゃダメでしょ、フェアじゃないわ。ほら外して!
マイスさんとソルグさんはタイプが似てるんだから、自分たちだけで練習しないで、タイプが違う他の人と練習した方が良いですよ。
チュアルさんとゼガルさんにイゼルさんは自分たちだけで集まって魔法の訓練をするんじゃなくて立ち回りの練習もするべきよ。
それから……」
あ、応援と言うより指示になっちゃってるかな。
でもみんな、俺の言うことを聞いて訓練をしてくれている。
それぞれの動きの特徴と向いていそうなスタイルの相談をしながら訓練のサポートをしているうちに、いつの間にか声援も飛ばせるようになっていた。
「そうそこっ、サグアさんいけっ、フューグルさんはそこで踏ん張るーっ。
ゲイズさんが勝ったら魔法を教えて上げてもいいけど……
あっ、キューダさん今だっ、ゲイズさんをやっつけちゃえっ。ゲイズさんは潰れてしまえーっ! 」
酷い、と溢すゲイズさんの抗議を黙殺してキューダさんに眷属の力を発動するよう強請って、ゲイズさんがそれに対抗して掌を横にスライドさせたら結界が張られて防御ができてしまったりして、冒険者たち全員が少しずつ眷属の力を交えて、だんだんと訓練の難度が高くなっていった。
俺はだんだんと多様な戦い方をし始める冒険者たちの様子を見ながら、誰がどんな能力を発揮しだしているのかを確認し、それからそれぞれのパーティ単位でどんな連携が可能かを想像して、パーティ単位と対戦するならばもはや俺は冒険者たちに敵わないことに気が付いて、深く重く疼く胸の痛みを堪えていた。
もう俺が皆を先導する役割は終わった、後は皆に護られないと前へ進めないのならばいっそ、と俺が思い詰め始めていると、隣からティルクが体を凭れさせて俺の耳元で囁いてきた。
「私、魔王の眷属の誓いを立てるときに、姉様とこれからも一緒に戦えることを願いながら誓いました。
私が、居合い、ですか?、それができたのも、そのせいだと思います。
姉様。母様は規格外だとしても、私たち2人は同じパーティですよね。」
恐々と話すようなティルクの言葉を聞きながら、俺はティルクの能力のことを思った。
ダゲルアさんが教会に行わせた男女レベル平均化の法のせいで、ティルクは魔王妃の称号とオートモードの魔法以外は俺と同じ魔法を持っていて、剣でも同じ戦い方をしている。
そのために、戦闘の面で、俺とティルクはほぼ瓜二つと言っていい存在になっているが、ティルクには俺の半分くらいしか魔力がないこととレベルが俺より低いために、どちらかというとこれまでは俺の劣化版という感じだった。
それが、眷属の称号を得たことでレベル差が縮まり、まだどんな能力か分からないが、新しい才能に目覚めようとしていて、基本は同じながら異なる特性を発揮し始めているのだと思う。
元々が瓜二つの戦い方をする魔法も剣ものマルチ型、きっと2人の相性は良いだろう。
俺は俺のドレスのスカートに潜り込むようにして横に立っているティルクの手を握って、
「うん、そうだったね。これからもよろしく。」
と頼み込むと、ティルクが手を握り返して肩に頭をのせて、うん、と応えてきた。
そんな俺たちの様子を窺って、向こうで冒険者たちの一部、具体的には対戦中だった俺推しの2人とティルク推しの2人が手を止めて、あらぬ想像をして涙目になっていたことなど、俺たちは気が付かなかった。
◇◆◇◆
ティルクと俺がパーティとして2人でともに戦うことを前提に考え始めて、ほかの冒険者たちとは2,000ほどのレベル差があるから、たぶんしばらくは優位を保っていられるだろう。
だけど、俺がレベル4,000の壁を超えなければ、それはティルクの眷属の力に頼っているだけの話で、問題の解決にはなっていない。
母様からはまだ戦闘禁止の命令が出たままだし、特段すべきこともなくて、先ほどから俺はゲイズさんとジューダ君に魔法の訓練を付けている。
ジューダ君に光魔法を教えることについては、すでに神聖魔法を使えるジューダ君が光魔法を覚えて肉体の欠損をも補う能力を身につけることで、魔族にとってのジューダ君の重要性を増すことがないように母様から言われていて、今教えているのは空間魔法だ。
「ねえ、セイラ姉。魔法を発動させる度になんかフスフス言ってるだけだけど、これで本当に空間魔法が覚えられるの? 」
「ジューダ君、これがさ、覚えられるんだよ。だからセイラさんの気を散らさないようにして、私と一緒に練習しような。」
「ゲイズさん。もう慣れちゃって、そんなに集中が必要な訳でもないので私は大丈夫ですよ。
でも、ジューダ君は魔法を覚えるために集中しようね。」
ジューダ君に集中するように仕向けながら、俺は自分の役割について考えていた。
女神リーアは、俺がアスリーさんの体に転移したために使途としての使命を得たと言い、俺にオートモードとオートモードリバースの魔法を授けてくれた。
ならば、女神リーアが俺に与えた使命とは何だろう。
俺はこの世界に来てすぐに魔王妃の称号を得て、何人もから魔法を覚えて人に教えられるようになって、オートモードリバースの力で冒険者たちの生存確率が上がるように各パーティに魔法使いを配置し、魔王妃の力で魔王の眷属をマイナさんたち4人に、たぶんライラたち2人、それからここにいる25人を魔王の眷属にした。
ということは、俺の役目は魔人族戦力を増強して、魔王の眷属を増やして魔族に対抗すること?
だから俺がいくら否定しても国王の妻だという評判から逃れられないし、俺を妻にしたいと思う男たちが群がってくる。
(なんだ、これが女神の予定なのか。
だったら俺、これ以上強くなる必要なんかないし、もう詰んでるんじゃん。)
この後、敵を倒した暁にはめでたしめでたしで国王か誰かの妻になるか、いや、たぶんその前にアスリーさんが戻ってきて俺は消えてしまって、異世界から召喚された俺の痕跡はどこにも残らない。
そうすれば異世界から俺が来たことの影響は最小限に抑えられて、女神の意図は世界に浸透する。
気付いた可能性は、俺に強くなることも男に戻ることも求めていなかった。
「……姉、セイラ姉ってば、魔法が来てないよ、って、どうしたの?
姉ちゃん、泣いてるじゃないか。誰かに苛められた? 」
ジューダ君に肩を揺すられて、俺は自分が考えに没頭していたことに気が付いた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたら悲しい気持ちになってしまって…… 」
「ふうん、誰か好きな人のことでも考えてた? セイラ姉はホントに乙女なんだな。」
ませたことを言って、にか、と笑うジューダ君に、こら、と声を掛けてから、魔法を送り始める。
魔法を途切れさせないことに注意しながら、俺は先ほどまでの考えをもう一度再検討してみて、考え方に多少の手直しはしたものの、大筋でそんなに違っているとは思えなかった。
こんなことを誰に相談したら良いだろうかと考えて、俺が選んだのはミッシュだった。
母様は俺が女になること自体は歓迎しているし、ティルクに相談しても荷が重いだろう。
2人が3時間ほどで空間魔法を覚えて魔法を送ることから解放された俺は、ミッシュを見つけると母様にちょっと夕飯の準備にミッシュと食材を探してくると断って皆から離れた場所へ向かい、ちょっとした空き地を見つけてそこでミッシュに相談をすることにした。
女神リーアが用意した自分の役割について、ミッシュに俺が考えたことの一通りの説明をすると、ミッシュは腹ばいになった姿勢でフンと鼻を鳴らした。
『セイラ、神の意向を詮索したら幸せになれないぞ。
だがまあ、セイラはたまに抜群に優れた洞察力を発揮することがあるからな。』
そう言うと、ミッシュは視線を逸らして少し考える風をしたあとで俺に告げた。
『もう少し先があるかもしれないが、まあ、女神リーアがセイラに現時点で求めている役割は、今セイラが話してくれたとおりで間違いないだろう。
リーアはセイラが強くなるとか男に戻るとかについて、一切斟酌していないだろうことは間違いがない。』
ミッシュの断言は俺を打ちのめした。




