第12話 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ……あー、悔しいーっ!
皆が魔王の眷属の称号を得た翌日、俺たちはアスモダに向けて出発した。
冒険者たちは眷属の称号が付いたことでどのような変化があるのか興味津々になっていて、昨日、体調が整ってからこっそりと狩りに出たグループもあったらしい。
そして、魔獣と戦う際に動きに以前とは違う戦闘パターンが自然と戦いの中に入ってくる者がいて、その者が得た経験値は以前よりも少しだけ多いようだというような情報を交換して、昨夜は盛り上がっていたらしい。
そんなことがあって一夜明けての今日、冒険者たちの意欲がすこぶる高くて、我も我もと前に出る。
そして見ていれば、確かに皆の戦闘の仕方が少しずつ変わってきていた。
ある者は判断が速く、ある者は受けと攻めのパワーの桁が違ったかのような力強い立ち回りをする。
まだ祖先の魔王の力に目覚めるまでには至っていないようだが、今の力が発展していって、やがて新しい才能に目覚めていくのだろう。
(ごろごろのジャガイモ頭ばっかりのくせに、みんなキラキラしてら。)
やっぱり男の子たちが元気いっぱいだと活気づくなあ、と考えながらも、俺は彼らが羨ましかった。
俺は魔王妃だから、魔王の眷属になることができない。
いや、そもそもアスリーさんから借りているこの体は人族のもので、魔人族の血が流れていない。
俺だけは自分で強くなる道を探さなければならないのが、なんとも理不尽に感じる。
「ちぇ。みんなずるいの。」
ぽつりと呟いた弱気な台詞をティルクが拾って励ましてくれた。
「姉様。私も手伝いますから頑張りましょう。」
ティルクは昨日から随分と機嫌が良い。
「そうだね。少なくとも母様はご自分で強くなられたんだしね。」
母様はご自分でレベル4,000の壁を超えられたんだし、俺も弱音を吐いてなんかいられないよね。うん、頑張ろう。
俺の目の前でキューダさんが差した指の先で魔獣が吹き飛び、キューダさんが自分が何をやったのかが分からずにきょとんとしているのを見て冒険者たちが響めいているのを横目に、俺は自分の敵に向き直った。
◇◆◇◆
テルモの町を出るとすぐにアスモダになった。
アスモダになったからといって森の植生が変わる訳ではないのだが、アスモダの国が魔獣たちと戦い続けているせいだろう、街道が荒れ始めているのが見て取れて、街道の管理状況に違う国に入ったのが実感できる。
路面が荒れ、木々が生い茂って見通しの悪い場所が所々にあり、ミッシュのような使い魔やフェン、リルのような従魔が危険を教えてくれたり、俺のように空間魔法による探知ができなかったりする普通の旅人にとっては、少々通るのが怖い道になりつつあった。
(こんなところをハーグルさんたちは通ってきたんだ。)
俺はハーグルさんたち一家が隊商に同行を頼んで連れてきてもらったとしても、ここを通り抜けてくるのはさぞ大変だったろうなと思った。
現に、俺の空間魔法ではその先の道は曲がってること自体が分かりにくくなっていて、曲がり角の窪みになった暗がりに魔獣が潜んでいることを探知していた。
流れてきた魔獣が旅人を襲ううちに襲撃ポイントを覚えてしまっているのだろう。
魔獣の強さとしてはかなり強いほうになるが、レベルは3,000まではないはずだ。
一頭だけだし、俺が出るまでもないのでティルクに合図して譲ることにした。
ティルクは一度剣を取り出すと腰の鞘の上に当てて腰を落とし、剣に手を添えてずいと前に躙り出る。
(あれ? あれは居合いの構えかな。居合いなんてやって見せたことないはずだけど。)
奥まった日陰では魔獣が前足を起こして体に引き寄せる気配がして、ティルクがすり足で前に進むにつれて魔獣の肩が盛り上がって頭を沈めていく。
ティルクがじり、と残りの2歩を前に進んだ瞬間、ミッシュと同じくらいの大きさの暗褐色に黒い斑の豹が襲いかかってきて、ティルクが小さく右脚を踏み込んで腰を沈めて剣を一閃させると、剣を腰へと戻しながら体を茶色い豹の方へと向ける。
茶色い豹は首から血を噴出してそのまま倒れ伏した。
「ティルク、今、戦う前に剣を抜いて腰に戻したのはなぜ? 」
戦闘が終わってこちらを向いたティルクに俺は声を掛けた。
「え? だって、剣は刀と違って一気に抜刀できないと思ったから……って、刀って何でしたっけ? 」
当然のように説明を始めて、途中から自分が説明している内容を知らないことに気が付いたティルクの言葉が途切れる。
やっぱり、俺の知識が流出してる。
今の戦闘は俺がやるのと変わらないような早さと動きだったが、そもそも俺は居合いはイメージとして持っていても実際にやったことはない。
どんな力なのかはまだよく分からないけれど、たぶん、ティルクは眷属の力で敵と戦うのに適したイメージを俺から抜き取って戦ったのだ。
そして、ティルクは今の戦いでレベルを100近くも上げていて、俺との差は700くらいになった。
ティルクに一気に差を詰められた。
きっと冒険者たちからもどんどんと追い上げられている。
(このままだと、皆に一気にごぼう抜きにされて、俺は置いて行かれるんじゃ…… )
俺が陰鬱な気分になり始めたのはここからだった。
◇◆◇◆
木の幹の上でポイズンスネークが身を縮め、飛びかかってくることを想定して身構えた俺に向けて毒液を射出してきた。
先ほどのティルクの戦闘が気に掛かって居合いで応戦するつもりでいた俺は、ポイズンスネークを迎え撃つつもりで足を止め落としていた腰を解除して飛んでくる毒液を躱すのが遅れ、大きく飛び退いて毒とポイズンスネークを避けのに精一杯で、飛びかかってきたポイズンスネークに攻撃することもできないまま見送るしかなかった。
そして、大きく身を躱した先にポイズンスネークの群れが一斉に攻撃をしてきて、倒れ込みながら結界魔法を起動して身を守った。
「セイラ、何やってるの! 後で鍛錬をやり直しよ!」
母様の叱責が飛ぶ中で、俺は結界に突き当たってぼたぼたと地面に落ちて、至近距離で再度攻撃の構えを取るるポイズンスネークの群れにどう対処しようかと焦っていた。
火魔法を放てば処理はできるだろうが、そのためには結界魔法を一度解除するのが手順で、次に魔法を起動するまでに時間が掛かる。
そんな基本も忘れて結界魔法を解除もしないまま火魔法を発動しようとして、以前からミッシュにいずれできると言われていた魔法の重ね掛けがたまたま成功したために、ポイズンスネークが燃えだした。
「あ。……助かった。」
『たまたま運が良かっただけだがな。』
ぽつりと呟いた俺の言葉に、ミッシュが事実を告げる。
気落ちしながら結界魔法を解除しようとして、最初の一匹が飛びかかろうとしているのが目に入り、慌てて腰を落として剣を一閃させ、今度はポイズンスネークを両断することができた。
荒い息を吐きながら、俺が戦闘後のクールダウンしている間、少し離れたところでは冒険者たちが組み手をやっている威勢の良い声が聞こえている。
(あいつらもどんどんと強くなっている。早く強くなる糸口を見つけなければ。)
後は自然に整うだろうと、まだ体のクールダウンが終わりきっていないうちから次の敵を探そうとして、母様に止められた。
「セイラ。何を焦っているの。自分を見失ったままではコンディションが整えられないし、戦いも中途半端になるでしょう。
自分が今どういう状態だか、自分の姿を見てご覧なさい。」
母様に言われて気が付いたが、いつも戦いが終わる度に行っていた浄化をしていないために服が泥と汗に汚れてシミになっていて、いつもはさらりとしている衣類が体にへばりついて、体の線が剥き出しになっている。
あ、と慌てて浄化をする様子を観察していた母様が溜め息を吐いて俺に言い渡した。
「セイラ、当分戦いは休みましょう。今のあなたではそのうちに命を落とすわ。」
それから少し考え、
「私が良いと言うまで、鍛錬も禁止よ。」
そう言うと、母様は俺から剣を取り上げた。
「あなたのことは私やミッシュ、リルが護るし、いざとなれば魔法で自分の身は守れるでしょう?
良い機会だから、少し心を落ち着けると良いわ。」
いきなりやることを奪われて、俺はあっけにとられて母様を見ていたが、母様はにっこりと微笑んで俺の側で周囲に気を配る。
「あなたも偶にはお姫様をしていなさいな。
その方が冒険者たちも張り合いが出て喜ぶかもしれないわ。」
(あ、いや、お姫様は母様で、俺は単なる庶民なんですけど。)
俺の気持ちが表情に出ていたのだろう、母様はミッシュに言って緑のドレスを収納空間から取り出してもらうと俺に手渡した。
「ほら、戦わないんだからその運動着ももう必要ないわ。
これに着替えてみんなに声援を送ってあげなさい。」
森の中なので、さすがにハイヒールを履くことまでは求められなかったが、ドレスを着るために母様に腰を下着で締められて大きな動作ができなくなった俺は、しずしずと森を移動するので精一杯になって、それに比例して頭の中は焦りで一杯になっていた。
サブタイトルが何となく見たことがあるという方。
はい、出典は石川啄木の「一握の砂」です。
『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ』
セイラはちょっとばかり血の気が多い(笑




