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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第2章 アスモダの深淵で見たもの
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第6話 不覚。常識がないって、こんなに怖いことだった

 食事をしながら、母様を初めとした俺たちは、ハーグルさんの話を聞いている。

 総勢30名ともなると常に皆が集まって会食をするという訳にもいかず、特に来客対応となれば主立った者が集まって食事をすることになる。

 今日の場合は、母様、俺、ティルク、キューダさんとゲイズさん、カルスちゃんの相手としてジューダ君、それからミッシュが空間収納から取りだしてきたミシュルが参加していた。


「私と妻のエイスは旅の商人だったときに鍛えたレベルが800ほどはありますので、普通の魔獣が相手ならば(しの)ぐことはできます。

 店を構えたカエンチャよりはガルテム王国の方が安全だろうと隊商と一緒にテルモを目指してきたんですが、そのテルモがこんな有様で。

 カルスがいますので長旅はできませんから、これからどうしようかと困っていたところだったんです。」

ハーグルさんの事情を聞いて、母様は少し考えると俺とミシュルに聞いた。


「ガルテム王国を頼ってきてくださった方々をこのまま放置することはできないわ。

 セイラ、ミシュル。ハーグルさんのご一家をリルとミッシュに乗せて隊商の方々のところまで送り届けることはできるかしら。」

 母様の質問に、俺が答えるよりも先にミシュルが口を開く。

「雄のミッシュにハーグルさん、雌のリルにエイスさんとカルスちゃんを乗せていくというのが、組み合わせとして無難かもしれませんわ。

 昨日、隊商が近くを通ったというのなら、明日一日追いかければ隊商には追いつくでしょう。

 隊商への依頼をするために、母様がハーグルさんに何かお渡しするのも良いでしょうが、リルとミシュルを間違いなく制御するためにはセイラ姉様がご一緒されるのが良いと思いますわ。」

 また使い魔が俺を使おうとする──


 だが、ミッシュはともかく、リルを制御するのに俺が必要なのは本当だし、2頭に乗って隊商を追いかけるのが一番間違いがないだろう。

「そう。じゃあ、私もリルに乗って「姉様、前にカルスちゃんを乗せて2人乗りはともかく、3人乗りは無理ですよ。」」

 母様からも、そうでしょうね、鍛錬のために走って行ってらっしゃい、と言われてしまっては仕方がない。

 仕方ないのだが、え?、俺、リルとミッシュと競争するの?、と少しげっそりとした、

 リルが一緒だと、絶対にそうなる気がする。 


 俺とハーグルさん一家は明朝早くに出発することで話が纏まって夕食が終わると、エイスさんが安らぎ亭の中を案内してくれて、各部屋へ俺たちは止まることになった。

 ただ、1人一部屋で30人も泊まれる大きさがあるはずもなく、どうするのかと見ていたら、ゲイズさんのパーティ以外の冒険者はほかの宿に泊まるらしくて、理由を聞いたら、元貴族のゲイズさん以外は何だか上品なこの宿屋では居心地が悪いそうだ。

 そういえば、特に貴族向けという訳でもないが少し上品だな、ここ。

 母様は貴族向けの宿でなくても良いのかを聞いたら、ここが良い、との答えだった。

「貴族向けの宿というのはね、サポートしてくれる人が沢山いてこそ居心地が良いのよ。

 全部自分でやらなきゃならないのに、貴族向けの宿になんか泊まっていられないわ。」

 なるほど、納得です。


◇◆◇◆


 宿には男女別のお風呂があったので、サービスで両方にお湯を張ってあげて、母様と俺とティルクとミシュルとで一緒にお風呂に入る。

 俺とミシュルについては幽体が男だという問題があるが、旅を通じて女として行動していて、母様とティルクも慣れてしまって、それで別に構わないみたいだ。

 ハーグルさんのご一家は、私たちが入った後に家族一緒に入ることになっていて、男女別で入るとエイスさんとカルスちゃんはともかく、ハーグルさんは冒険者と芋洗いで可哀想だから、まあ、それが良いのかもしれない。


 お風呂から上がるときにお湯を抜いて張り直して、ハーグルさん一家に声を掛けてから出てきたときに、ティルクから母様と俺に相談があると話を持ちかけられた。

 4人で母様の部屋へと行き、お風呂上がりの冷たいお茶の用意をして、ティルクの話が始まるのを待つ。


「今日、母様が剣の紋章を出しているのを見て、私の剣も調べてみたんですが、そうしたら、私の剣にも紋章があったんです。」

 ティルクが握りの根元にある小さなボタンを爪で押して柄をスライドさせて出てきた紋章を見ると、ガルテム王家のものとは違う意匠の紋章が彫られていた。

 剣の柄ということで縦長にデザインがアレンジされているが、ガルテム王家の紋章は渦巻きの中に楕円があってそこに動物の絵が描かれているのに、ティルクの柄には集中線の中に楕円があり、後光を発する人らしい絵が描かれている。


「これはまた、珍しいものが出てきたわね。」

 母様がぽつりと(つぶや)くとティルクを見詰める。

「この紋章は、統一されていた魔人族が分裂しかけた200年くらい前に、王国──といっても当時はガルテムではなかったのだけれど──の分裂を食い止めて再統一したと言われている人物が魔王に就いて作ったものと言われているわ。

 その魔王は、在位期間の短い人物なのにたくさんの逸話があるのだけど、それぞれの逸話で使ったとされる力がバラバラでね、国が再統一されてすぐに行方不明になったとされていることもあって、今では短期間に現れた何人もの逸話をまとめた架空の人物だろうと言われているの。

 その紋章が出てきたと言うことは、少なくともそのうちの1人は魔王として実在していたということになるわね。」


「へえ。架空の人物ですか。」 

 ティルクは不思議そうな顔で剣の紋章をなぞった。

「鬼人族のティルクにそれが伝わっていて、魔人族で行方不明とされているということは、その人が鬼人族の人と結婚したからかもしれないね。

 ──母様。魔王には女の人もいるんですよね。」

 俺がそう言うと、母様は考えながら肯定した。

「その魔王は男性だったらしいけれど、女性の魔王もいるわよ。

 ただ、ティルクのひいおじいさんはハーフだったのよね。

 ティルクの4代前のご先祖が魔人族だったのなら、その紋章の魔王が鬼人族と結婚したと言うには少なくとも1世代か2世代、計算が合わない気がするわ。

 その魔王の子どもか孫がティルクのご先祖様になったんじゃないかしら。」

 ティルクも母様の説明に指を折って数え、そうですね、と相槌を打って、帰ったらお母さんにご先祖の話を聞いてみよう、と呟いた。


◇◆◇◆


 翌朝は、日が昇る前に起きて食事をして、日の出と共に俺はハーグルさん一家と出発することになった。

 ハーグルさんたちはテルモに来るに当たって、夫婦が肩に背負えるくらいに荷物を整理していて、馬用の背中に掛けるための敷物を探してきてリルに乗せ、荷物はその敷物にくくりつけて固定していた。


「王太后様、この度は親身にして頂き、本当にありがとうございました。

 王国に着きましたら、王国の方のお役に立てるよう、粉骨砕身、努力して参ります。」

 ハーグルさんは母様に跪礼(きれい)して、元気で、と母様から声を掛けてもらうと書状を受け取り、皆に個別に礼を言ってからミッシュに(また)がった。

 リルにはエイスさんとカルスちゃんが跨がり、俺の横にはフェンが並んでいる。

 リルがフェンと行動を共にすることを望んだからだが、フェンが行くと聞いて自分も、と行きたがったジューダ君には遠慮してもらった。

 走って行って走って戻ってくるだけの旅だから、できるだけ身軽な方が良いからね。


 子どもがいるので、1時間走っては休憩を取り、2回に1回は長めの休憩を挟む方式で旅は進み、ハーグルさん夫妻に恐縮されながらも俺は走った。

 休憩の度に浄化してお茶とお茶菓子を用意して水分を補給して、うん、多少(こた)えるけれど、たいしたことはない。


「セイラさんはすごいですね。」

 昼食後の食休みにハーグルさんからそう言われたが、いえ、毎日王太后様のご指導で鍛錬していますから、と答えると、なおさら感心された。

「あの王太后様の鍛錬を受けておられるのなら、セイラさんのタフさにも納得です。

 おきれいだし、いずれ国王様のお目に止まる、いや、もう止まっておられるのかもしれませんね。」

 その話題、止めにしませんか。

 そう願いつつも、母様に鍛えられた笑顔で、いえ、そんな、と謙遜しておいた。


◇◆◇◆


 その後も同じペースで進み、夕方には隊商、というよりテルモの町からの避難民と合流してしまった。

「お前たちは何だ! その狼たちは大丈夫なんだろうな! 」

 大きなフェンリルと黒豹を見た避難民から悲鳴が上がり、護衛兵が何人も飛んできて、背中に人が乗っているのを見て誰何(すいか)してくる。


「私たちは王太后様のご厚情で魔獣をお借りして、テルモの町から皆様を追いかけてきたんです! 」

 ハーグルさんが母様から渡された書状を振り回しながら叫んで、衛兵たちは緊張を少しだけ解いたが、まだ険しい表情で身元を聞いてくるので、俺は剣を収納空間から取り出して、昨日見つけた王家の紋章を(かざ)して見せた。

 衛兵たちが驚いた表情で(ひざまづ)いて、先頭の男が震える声で、ご尊顔を拝しているのはどちら様でありましょうか、と聞いてくるので、セイラと申します、と伝え、私に跪く必要はないと笑顔を向けると、衛兵たちは見るからに安心していて、俺は王家の紋章の力に驚いていた。

 この時、王家の紋章は王家の者にしか所持を許されていないというこの世界の常識を、俺は知らなかったのだ。


 母様の書状には、ハーグルさん一家をテルガの町まで保護して欲しいこととこの書状を持っていけばドルグ子爵から礼が渡される旨が書いてあり、ハーグルさんたちは避難民に迎えられて、彼らと共にテルガの町を目指すことになった。

 俺は礼を言うハーグルさん一家に手を振るとリルに跨がって、母様たちのいるテルモの町へ引き返した。


 一方で、避難民たちは王太后様自身が事態の解決に動き出していることを知って、いずれ再びテルモの町で生活ができるものと希望を持ち、テルモの町に取り残された一家を、これまで知らなかった王家の姫が大きな魔獣2頭と子ども1頭を引き連れて護衛してきたという話で持ちきりになった。

 そして、10日の後にテルガの町に到着したときに、王家が国王様の婚約者として公表したセイラ本人が王太后様と共にアスモダへと向かっているという話を聞いて、テルモの町からの避難民は、取り残された一家を送ってきたのが誰であるのかを知った。


「セイラ様はご婚約中の身でありながら、すでに王家の紋章の所持を許可されている。

 あの方が王家に嫁がれるのはもはや間違いがない。」

 この噂はたちまちのうちにテルガの町に広まり、王家が公表した新しい婚約者セイラに関する数少ない追加情報として、ハーグル一家を保護し送り届けた情報と共に貴族や商家の伝令を通じてすぐにガルテム王国中に拡散されて、”慈愛の魔王妃セイラ”として、やがて国民から絶大な支持を受けることになるなど、当の本人である俺は全く予想もしないでいた。



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