第3話 使われてくれない使い魔よりも、新しい魔物との出会いに期待を…ちょっと待てーっ!
翌朝からは、陽が薄暗いうちから起きて身繕いと朝食の準備をして、陽が昇ると共に前進を開始し、時間の掛かる魔獣と遭遇しなければ、午前に2時間と午後に3時間を進んで残りの時間は鍛錬に充てられた。
まだ夏の盛りを過ぎたばかりなので日照時間は長く、昼食と夕食の準備に合計1時間半を掛けているがそれでも4時間程度の鍛錬の時間がある訳で、これがやっぱり厳しい。
まあ、武術を始めて3か月経たないうちにレベルが3,000になることなんてまずないことらしいから、ダゲルアさんのことがあったにしても、感謝しておくべきなのは分かるんだけど。
ふうふうといいながら鍛錬を続けて3日目、今日も昼食後に俺とティルク対母様で鍛錬をしていた。
ティルクとアイコンタクトを取って俺が上段を、ティルクが下段を同時に母様へと攻撃する。
その攻撃も、ただ工夫なく行っても駄目、母様が嫌がる攻撃をしないと通じない。
できるだけ同時になるようにティルクの攻撃のタイミングを確認して、顔面へ最速の突きを入れると、母様が左手の指5本を揃えて剣の腹を横へと突いて剣の軌道をずらしながら交差するように剣を突き入れ、ティルクが膝を狙って放ってきた剣を上から一瞬で踏んで、手から剣をもぎ取られたティルクの顔面へと蹴りを入れる。
俺がティルクのいる反対側へと体を躱すのを読んでいた母様が肘打ちをしながら、母様の蹴りを躱して足を掴もうとしたティルクへ向けて、もう片方の足で地面を蹴って頭側へと蹴りを繰り出す。
母様の肘打ちを避けながら、両方の足が宙に浮いて、利用すべき相手の体や力と接していない母様がどうするのかと思ったら、腰を捻って肘打ちと蹴りの勢いでくるりと回って地面に着地して、その回転した勢いのままに剣を振って回転力を付け、肘を折りたたんだと思ったらまたこちらへと剣を繰り出してくる。
地球で観たカンフー映画のような体捌きに俺は何とか対応したが、ティルクは側頭部をモロに蹴られて意識が飛んでしまっていたようで、母様が回転しながら放った追加の蹴りを防御もなしに食らってひっくり返った。
俺と母様が対戦を中断して慌ててティルクの様子を確認して、白目を剥いているティルクに光魔法で回復させる。
ティルクはすぐに意識が回復したので、この指は何本?、自分は誰?、などと俺が質問をして、ティルクの脳に影響がないことを確認した。
「ふああ。母様の2回目の蹴り、想定していなかったので躱せなかったですぅ。」
ティルクがぐったりとして溢すのを、まだまだ甘いわね、と酷評しながらも休憩を取ってくれて、その後は移動することになった。
◇◆◇◆
森を進み始めてしばらくして、フェンが走り始めた。
おい、フェン!、と追いかけようとするジューダ君を止めて、母様と顔を見合わす。
「親が来ているかもしれないわね。皆、気をつけて。」
母様の警告に全員に緊張が走り、隊形を整えて周囲を探る。
『俺がちょっと様子を見てこよう。』
ミッシュがそう思念を送ってくるとフェンが駆けていった方へと走り出して、俺たちは待機した。
しばらくしてミッシュが戻ってきて状況を教えてくれた。
『やはり親がいたが、怪我が化膿して死にかけている。どうする?』
俺は母様と視線を合わせて相談しようとしたが、ジューダ君が何かがあったのに勘付いたのだろう、必死の面持ちで聞いてきた。
母様に確認してから、ジューダ君に、フェンの母親が死にかけているの、と説明すると、ジューダ君は俺に縋り付いて懇願をしてきた。
「ねえ! セイラ姉たちなら、光魔法で親を助けられるんでしょ?
フェンのお母さんを助けてやってよ!! 」
(ううーん。子どもに縋り付かれると弱いなあ。)
俺が困った顔をしているのを見て、ジューダ君は脈があるとみたのか、俺になおも必死に訴えてくる。
「……うん、分かったわ。取りあえず、行ってみましょう。」
俺が母様に視線を向けると、母様も頷いたので、ミッシュに頼んで先導してもらった。
しばらく進むと、フェンらしい威嚇の声と、それに対抗する数匹の吠え声が聞こえて、声のする方へと走った。
そこには、体から捻れて垂れ下がる腐りかけた後ろ足を引き摺りながら周りへ殺気を放つ3メートルを超える大きなフェンリルと、その前で周りを駆け回って魔獣を威嚇するフェンの姿があって、周りに6頭の様々な種類の魔獣が集まって、そのうちの数頭が吠えていた。
「母親の方は足が腐って大分弱っているわね。生きているうちに強者を倒せばその力を自分が引き継ぐことができるから、ああやって魔獣が囲んで弱るのを待っているんだわ。」
母様が状況を説明してくれる。
フェンの後ろで母親が睨みを利かせているのでまだ手出しはされていないが、囲んでいる魔獣の方にフェンよりも明らかに強そうなのが4頭ほどいて、吠えることはせず、じっと隙を窺っている。
「母様、フェンを支援するわ。 」
俺はフェンの方へと駆けていくと、フェンを襲う隙を窺っている狼の魔獣へと肉薄し、こちらに気付いた魔獣が飛びかかろってきたときにはもう首を切り落としていた。
もう一頭の魔獣が俺に向かってきたがこれも難なく斬り伏せて残りの魔獣へと向き直ると、残りの強い方の魔獣は俺と俺の後ろにいる母様とミッシュ、それに魔獣を取り囲むために動き出した20数人を見て諦めたようで、素早く走り去っていった。
やれやれとフェンの母親へと向き直ったのだが、フェンリルはいきなり現れた30人を味方とは考えずに歯を剥いて威嚇をしてくる。
フェンへと目を遣ると、フェンは母親に鼻面を擦りつけて何かを訴えているようではあるが、母フェンリルはよろよろとまた体を起こし、殺気を込めてこちらへ飛びかかる体勢を取っていて、フェンと意思の疎通ができている様子ではない。
うーん、困った、と俺がどうしようか考えているところへ、ジューダ君がやって来てまたスカートにしがみ付く。
「ねえ……姉ちゃん……助けてあげてよお…… 」
ジューダ君は涙と鼻水でドロドロになった顔を俺のスカートに擦りつけてきていて……
(ううー、俺、子どもに泣かれると弱いなあ…… )
そう思いながら、ジューダ君にできるだけ優しい声で話し掛ける。
「そうだね、お母さんが助からないと、フェンが悲しがるものね。
フェンがジューダ君と出会って良かったって思えるように、頑張ってみるわ。」
ジューダ君の手を俺のスカートから離させてジューダ君を横へと移動させると、俺は剣を置いて、威嚇するフェンリルに手を広げて近づいていく。
フェンリルが俺の行動に警戒している中、俺はゆっくりと手をフェンリルに翳して光魔法を発動した。
フェンリルは俺が何かをしたのに気付いて、動かない後ろ足を引き摺りながら前足だけを引き寄せて飛びかかる体勢を取っていたが、後ろ足が動かないので、実際にはずり、と体を前に押し出すだけで、飛びかかることはできないでいた。
と、捻れた後ろ足が、ごきり、と音がして捻れが治り、フェンリルはいきなり跳躍して、俺に覆い被さって来た。
俺も驚いたがフェンリル自身も急に後ろ足の自由が利くようになったことに驚いていて、両前脚の間で立っている俺の瞳を至近距離で覗き込んで、俺が何をやったのか、意思を確かめようとする。
後ろ足の腐臭に加えて、生温かくて生臭い息がちらちらと見える大きな尖った牙と歯肉の間から至近距離でふしゅふしゅと吹きかけられ、目の前では血走った大きな目がこちらを見据えていて、恐ろしいったらない。
だが、ジューダ君とフェンのことを思って、俺はできるだけ落ち着いた声でフェンリルに語りかけた。
「あなたがあの子のお母さんね。私たちは、あなたを助けたいの。
信じてくれないかな。」
フェンが俺の側に来て体を擦りつけるのを見て母フェンリルの気が少し静まった様子なのを確認してからそうっと手を上げ、フェンリルがじっと視線で追っているのを確認しながら顎の下へ手を入れて毛並みに沿ってできるだけ優しく撫でる。
最初はぴくりとしたが、フェンリルは俺が撫でるのに任せた。
だんだんとフェンリルの落ち着いてきたのを感じながら光魔法で回復を促していくのだが、まだ全快していないと感じるのに光魔法が動作しなくなった。
フェンリルを撫でていた手を離して体の側面へと回ってみると、後ろ足の腐っていた部分がボロボロと欠けて壊死している。
これ以上は回復では治らないのだろうことを理解したが、足の肉の欠けたこの状態だと素早い動作や長時間の移動はできないだろうことにどうしようかと考えていると、ミッシュがアドバイスをしてくれた。
『セイラ。フェンリルを説得して神聖魔法の同化と光魔法の回復を同時に掛けて、内側から治すんだ。』
(こいつは、また無茶を言う。)
俺は溜め息を吐きながらも、幾分かは信頼してくれたらしいフェンリルの前へと回り、説得を始めた。
「あのね、フェンのお母さん。あなたが許可してくれたら、私はあなたの体に乗り移って、体の中から怪我を治すことができるの。
同化するときには、多少ぞわぞわとした変な感じがすると思うけれど、我慢して、私に任せてくれないかな。」
説得をして、同化し始めてフェンリルに抵抗されて失敗してまた説得して。
3回それを繰り返して、4回目に成功した。
同化と回復を複合して同時に使っているから、俺とフェンリルの体が完全に同化している訳ではない。
俺の体がぼうと光りながら透明度が高くなって、幽霊が壁を抜けるようにフェンリルの体を通り抜けるにつれて俺の体が重なったり分かれたりしながら体の修復が必要な部分へ行き当たるとフェンリルの体が光り、俺がそこへ魔力を注いでいく。
しゅわしゅわと音を立てながら掛けた部分の肉が増殖して盛り上がっていき、やがて毛が生えて光が止まる。
終わった、と思ったとたんに体の力が抜けて、フェンリルの体から弾き出されて、魔力を使い切った俺はそのまま俯せに倒れ込んだ。
ごろんと転がって、あー、疲れた、と呟いた俺の顔を大きな舌がべろりと舐めた。
仰向けになった鼻の穴からフェンリルの唾液が少し入って、急いで俯せに戻ってくしゅんくしゅんとくしゃみをする俺を、フェンリルがくうんと鳴いて心配そうに頬を擦りつけてくる。
そのフェンリルのフレンドリーな様子に気がついた俺が上半身を起こしてフェンリルの方を向くと、フェンリルは俺が元気なのに安心したのか、覆い被さってきて俺を押し倒して、そこら中に体を擦りつけてくる。
俺の何倍もある体で俺をもみくちゃにするフェンリルと、ちらりと視界に入った男どもの様子に、俺は全力で心の中で抗議した。
(ちょ、止め、きゃはははっ、くすぐったいし、摩擦で服やらスカートが、あ、こら、ダメ、ダメだってば!
それから、そこで腰を引いて棒立ちでフェンリルに羨望の眼差しを向けてる男ども、全員あっちを向けーっ!! )




