第2話 「ほら見てごらん。満天の星がキラキラと輝いて君の瞳のようだ。」「没! 」
「セイラ、ティルクに同化して戦ってみてごらん。」
ティルクから視線で了解をもらって頷き、母様の指示に従う。
ティルクへの同化が完了すると、俺とティルクの意識の強い部分がつながり、俺は体を軽く動かしながら体感を確認した。
少し背が低くなり腕も短くなって歩幅も胸……えへんっ、要はちょっとずつ体の勝手が違う。
基本的な動作を繰り返した後に軽く母様に相手をしてもらって体感を調整して、行けます、と母様に合図を送った。
まずは母様に向けてするすると間合いを詰めて剣が触れ合わないギリギリの距離で対峙する。
母様の視線から、母様が完全に受けに回ってくれているのを確認して呼吸を読み、母様の顔から視線を外すことなく軽く剣を振り上げながら前へと出る。
上段の剣を受けようと母様が剣を振り上げる兆しを見せた瞬間に、剣を寝かせながら前へ出て胴を薙ごうとするが、母様の剣の柄がそれを捉えると同時に柄で剣を押し戻しながら斜めに切り下ろしてくる。
俺は母様のとんでもない力とバランス感覚に体勢を崩され、首の付け根から胴を斜めに切り裂こうと狙ってくる剣を上半身を後ろに反らし気味にしてくるりと半回転しながら身を投げたら、さっきまで自分がいたところにもう母様が立っているのがちらりと見えた。
ゴロゴロと転がって突き入れられる剣を躱し、左肘を地面に突いて掌で体を押し上げながら右脚を曲げて地面を蹴り、母様へ下段から切り上げると待ち受けていた母様が上段から剣を振り下ろして押し潰しに来る。
圧倒的に強い母様を相手に30分も全力で戦ったら、もう手も足も動かない。ハアハアと荒い息のティルクとの同化を解いて、俺は仰向けにひっくり返った。
「うん。ティルク、セイラの動きが分かったね?
よし、それなら次はセイラの番だ。」
「ええっ? 今戦ってたの、私ですよね。なんで引き続いて私なんですか。」
俺の抗議に母様はけろりとして言う。
「今のはティルクが体の動きを覚える訓練。セイラの体は疲れてないだろう?
なら、次は当然セイラの番だよ。ティルクはセイラに同化してセイラの動きを観察して。」
「母様、それ、おかしい。私、今まで全神経を磨り減らして戦ってたのに。」
訓練の時に母様に生半可な抗議は通用しない。
結局俺はそれから1時間、母様と戦うことになった。
ティルクで30分、俺で1時間。限界が来るまでのこの訓練時間の差が、俺とティルクの1,000のレベルの差だ。
体力も持久力も全然違う。同じことをやろうとして、体に懸かる負担も技の精度も全然違うのだ。
「じゃあ、次はセイラとティルクの2人掛かりで「母様。それだと今日、一歩も進んでません! 」」
さすがに今回の俺の抗議は受け容れられた。
この間の襲撃の時にドルグさんたちが戦った場所よりも手前で野営するくらいなら、城に戻った方が早いものね。
せめて1時間分だけでも前に進まなきゃ。
俺が重たい体を起こしてふらふらと立ち上がり、体に光魔法で浄化をかけるのを見て、母様とティルクもそれに倣う。
森の奥へと向かい、途中で魔獣と戦っていた皆に手を上げて森の奥を指さすと、気付いた何人かが頷く。
うん、これで戦闘が終われば後で追いかけてくるだろう。
◇◆◇◆
俺とティルクは歩きながら食材になりそうなものがないかを探す。
今回の移動は30人もいる訳だし、王都から逃げだしたときとは違って食料を準備する時間はたっぷりとあった。
ミッシュの空間収納も時間で食材が劣化することはないのだが、城で数を揃えている間にも結構時間も経っているので、より鮮度の高い食材が手に入るのならば言うことはない。
「姉様。あそこ、木の上。ガジンの実が成っています。」
森の生活に慣れているティルクが目敏く食べられる食材を見つけて教えてくれる。
ガジンの実は水分が多くて熟れるとちょっと甘酸っぱい風味があって、地球のトマトと同じような使い方ができる。
(ガジンの実がたくさんあれば、しばらくは美味しいご飯が食べられるね。)
俺はティルクと相談してガジンの大木の両端で風魔法と結界魔法を併用して宙に体を静止させ、熟した実がかなりあるのを確認した。
まだ2つの魔法を同時に使うことができないので、木の幹に体を乗せられないかと思ったのだが、ガジンの木の幹は折れ易いので難しいようで、仕方がないので宙に浮いたまま枝の中へ分け入って、手の届く範囲のガジンの実をちぎって籠に入れていく。
「うん、これで今晩、ガジンのスープをみんなに食べさせてあげられるね。」
俺が言うと、その様子をじっと見ていたティルクが何か言おうとして止めた。
「何? 」
気になった俺が問うとティルクが一旦顔を伏せ、それから上目遣いにこちらを見て少し躊躇いながら答えた。
「その、姉様、旦那さんに美味しいご飯を食べさせてあげられるのが嬉しい若奥様みたいに見えるなーって。」
(あのねーっ! ないから!
俺は皆で美味しいものを食べられるのが嬉しいって、そう言ってるだけだからね! )
心の中で激しく抗議をしつつ、若い娘が大木の天辺で大声で叫んでいるのも絵面としてどうかと思ったので、ガジンの実を摘みながら取りあえず膨れてみせる。
「ふふっ。姉様、そういう反応も図星を指された若奥様みたいで可愛いですよ。」
どうしろと。
くすくすと笑うティルクを横目で睨みながら、俺は憮然としてガジン摘みを続けた。
1時間進んだところで大きめの空地を見つけて、自分たちのテントを張ってから夜食作りを始める。
30人分というのはちょっとした量になるが、リーラも含めた俺たち4人は、テルガの城の調理室で料理人から指導を受けていた。
料理人に話を持っていった当初、料理人は王太后でもあるタールモアの姫様が直々に料理をするということに当惑し、それを食べるのが駆け出しの冒険者たちだと聞いて、不敬だ、分不相応だ、それくらいなら私が同行して作ります、と大分憤慨していたのだが、じゃあ、あなたも強くなるのね?、という母様の言葉を聞いて、料理人は即座に前言を撤回して料理指導をしてくれた。
取りあえず、今日のところはスピード優先、母様は食材を洗って刻むのを担当し、俺とティルクと遅れてやって来たリーラが調理を担当する。
「今日は私がメインを作るから、セイラが副菜、ティルクがスープをお願い。」
リーラが手を上げてお肉に手を付けたのでメインは任せて、俺は野菜中心の炒め物を作ることにして、石製の中華鍋のような物を作って、竈と鍋との接点を向こう2箇所、手前1箇所の3箇所の突起だけにして、前後に鍋を揺すって鍋を振る。
獣脂を使って肉を少しと野菜を炒め、味付けは塩とハーブだけ。
それぞれが作った料理を並べている間に、今晩の野営地全体の準備が完了したようで、ミシュルが番をしてくれている間に皆が集まり、お茶を配って食事が始まった。
食事に関しての、男どもの取って付けたようなお世辞は聞き流して、わいわいと楽しそうに食べている様子を見ると心が和む。
うん、やはり大勢で美味しいものを食べてるのは嬉しいね。
食事が終わり、片付けも済んだ頃にキューダさんとゲイズさんやって来て、俺たちを呼んだ。
「ケイアナさん、夜番の割り当てを決めました。
その、本当に皆と同じ扱いで良いんですよね。」
母様が頷く。
母様は、移動中は自分のこともケイアナと呼ぶようにと皆に指示したし、料理や夜番の扱いも俺たちを他の皆と同じ扱いをするように強く要請したし、俺も否やはない。
「ならば、夜番は2人ずつ3交代でやります。今日のところは、セイラさんに就寝の時から3時間お願いします。」
俺はキューダさんの要請に素直に、何も考えずに頷いた。
──うん、何も考えてなかった。
夜番の時間が来て。
もう1人の夜番はチュアルさんといって、ヴァルスさんのパーティの魔法使いだ。
30人もが寝ているのだから野営地は結構広くて、そこを2人で見張りをするには、半分ずつにエリアを分けて受け持ち範囲に絶えず気を配らなければならない、のだが──
「セイラさん、綺麗な星空ですね。」
チュアルさんは俺の側に少しだけ距離を置いて並んで座って、しきりに話かけてこようとする。
そして、二言、三言の会話を重ねながら、2人の間の距離を物理的に詰めようとする。
チュアルさんがさりげなくつつっと10センチほど寄ってくるので、隙を見てささっと15センチ距離を空けると、俺が周囲の様子を窺っている間に20センチほども距離が近くなっている。
(お前、全神経を俺との距離に集中して、見張りなんかしてないだろ! )
睨み付けると、チュアルさんははにかむ様子を見せながらも距離をさらに詰めて手を握ろうとしてくるので、俺は立ち上がってたき火を挟んだ反対側に座った。
受け持ち範囲と座る位置が反対になるが、チュアルさんが近寄ってくるんだから仕方がない。
しばらくして、チュアルさんがさりげない様子で立ち上がって俺の方へ来ようとしたときに、俺の背中の方でフェンが唸るのが聞こえて、見ると狼が数頭、一番遠くに設置したテントの側まで近寄って来ていた。
俺は走り出しながら周囲を探知してほかに敵がいないことを確認し、土魔法で三角錐の槍を作って打ち込んで2頭を倒すと残りは慌てて走って逃げた。
俺は後ろからかけてくるチュアルさんに、見張り失格!、と告げるとキューダさんを起こした。
キューダさんに、俺と一緒だとチュアルさんが見張りに集中できていないことを伝えて、夜番の編成を女性同士にするよう変更してもらい、俺にもう今夜の夜番はないことを確認すると、そのままテントに入って寝た。
翌朝、俺と仲良くなりたい気持ちが先走ったために、女性と2人きりで夜番をする全員のチャンスを潰してしまったチュアルさんが、男ども全員から酷く恨まれたのは言うまでもない。




