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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第1章魔王妃になんかなりたくない
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第7話 男に戻るとかいう以前の問題が発覚しました

 夕食を終えて居室に戻り、俺はお母様との会話を思い返していた。

 妊娠。それは男だった俺が考えたこともない言葉で、その原因となったときの記憶は全くないものの、魔王妃の称号の取得条件から考えるとあり得る話だった。

 つい無意識にお腹の下の方を撫でて、もしそうなってたら、と考え始めている自分に気が付いて、気持ちを切り替ようとする。

 お母様の話によると、30歳台半ばまでのレベルの目安は大体年齢の4倍が基本で、そこに幼い、若い、年配などの要素を加減するらしく、俺の年齢の一般人はレベル80くらいあればまず普通とのことだった。

 なので、最初の2か月くらいまでのうちに、できればお腹に負担を掛けないで、どれくらいレベルが上げられるかが勝負だと。

 うん、妊娠のことはそうだと分かってから考えることにして、当面はお母様のプランに従おう。どのみち、レベル上げは必要なんだし。


 ホーガーデンに聞いて、城内でジョギングに良さそうなコースを教えてもらい、周りの様子を見ながら走る。

 城はほとんどの人にとっては居住空間ではなく職場なのだから、当然皆働いている。

 今朝の儀式の時に見て気付いたけど、この国の人は人の形をしているけれど、肌の色が青みがかっていたり、角や獣の耳が生えていたり、普通の人間とはちょっと違う人がほとんどだ。そう言う人達の国ってことなんだろうな。

 走りながら目線が合った人達には笑顔で軽く手を振って挨拶していく。

 だが、軽快に近場を一周してくるはずが、二百メートルくらい走って息が上がって膝が笑って座り込みそうになってきた。生まれたての赤ちゃん以下だというレベル2は伊達じゃない。

 体が重たいが、周りが持っているアスリーさんへの認識は、この世界でも魔王に次ぐ高レベルの憧れの人らしいので、下手に疲れたふうにも見せられない。上がらない足を無理に軽く見せて足踏みしながら、何かに気が付いたふうを装って引っ返し、ゆっくりと歩いて最後の数メートルだけを走ってみせた。

 居室に戻って汗びっしょりでカクカクと動きながら荒い息でソファに倒れ込む。

 お母様、明日からのスケジュール、休憩時間はものすごく長そうです……と考えて、ケイアナさんを頭の中で”お母様”と呼んでいることに気が付いた。

 ヤバい。頭の中で自分を嫁と認識したりし始めたら厄介だ、気をつけよう。


 居室で間仕切りの向こうの様子を窺うが、魔王はまだ帰っていなかった。

(ああ、そうか、アスリーさんがどうなったのか、手掛かりが何もないんだものな。)

 初めて気が付いた。きっと魔王はアスリーさんの手掛かりを集めるために、いろいろと手配をしているのだろう。

 部屋に来たホーガーデンに確認すると、やはり魔王は通常の執務をしながら内密でいろいろと指示を出しているらしい。

 今は俺の相手なんかしている場合じゃないんだろうな。

 この世界のことは、明日からお母、…ケイアナさんが教えてくれる。

 魔王とアスリーさんのことは様子を見ながら気に掛けておこう。


 ホーガーデンには、魔王を待たずに先に寝て良いか確認して、部屋で軽く柔軟運動を始めた。

 立ったまま地面に両手を付き、付いた両手で支えて足を開くと手で床を歩くようにしながら股の間を潜り抜け、足は股関節からくるりと回って腹ばいになる。

 今度は手を後ろに伸ばして足首を掴むと円形に反って、胸を潰さないよう脇腹のラインに沿ってころりと回転して足先が床に当たったところで回転の勢いと膝を利用して立ち上がる。

 なんだか体に染みついた動作みたいで、初めてなのに流れるように体が動くけど……この人の体、どうなってるんだ。

 すうっと足を前後に開いてお尻が床に付いたら上半身を倒して目の前の足を抱え込んで転がって、と体の柔軟度合いを確認していたらノックがあり、どうぞ、と言ったら、ティムニアがもう1人のメイドを連れてきた。

「わあ。体がすごく柔らかいんですね。」

「うん、そうみたい。びっくりでしょ。」


 ティムニアがもう1人のメイドをライラと紹介した後に湯浴みはもう少し後にされますか、言うのを聞いて、見ると2人とも湯浴み着を数着持っている。2人が体を洗う補助などをしてくれるのだろう。

 俺は慌てず騒がずオートモードをオンにして、3人でお風呂に入って体を洗ってもらった。

 洗う方も洗われる方も、湯浴み着を着てても水に濡れれば着ている意味は小さくなる。

 これ、オートモードでティムニアに焦点を当ててなかったら無理だったなと思いながら、湯上がりにガウン姿で冷たいお茶を飲んでバクバクしている心臓を落ち着かせた。


 アスリーさんの泡々のあれこれやティムニアさんとライラというメイドの子のあれこれが……うん、今日は酷く疲れたし、もやつくものを思い出しても仕方ないのでさっさと寝てしまおう。

 転生でなくなってしまったモノのことはすごく残念で、女の体にも興味はあるが、また男に戻るつもりの俺が女の子の感覚のあれやこれやを知ったら、戻りたい執着心が薄れてしまうかもしれないと思うと、ものすごく恐ろしい。

 それでなくとも妊娠しているかもしれないと脅されているのだ。

 パンドラの箱は開けないのが一番。

 ぐっすりと寝た。


◇◆◇◆


 朝、起きると間仕切りの向こうで魔王が待っていて、赤く光る指輪を渡された。

 え、何?、何のモーション?、と慌て警戒もしたが、そうではなかった。

「一昨日の夜、アスリーの体が弾けたときに再生の指輪が作動して無くなりました。

 あれは私がアスリーに贈った結婚指輪だと国民が知っていますので、あなたがしていないと国民からいらぬ疑心を寄せられます。替えのない品でしたのでレプリカですが、これをしていてください。」

 なるほど。アスリーさんがいなくなって、不安や思いはいろいろとあるだろうに、魔王は気を配って頑張っているんだな。

「分かりました。ダイカルさん、私はアスリーさんにはなれませんが、できることがあったら、協力させてください。大抵はお母様のご指導でレベル上げをしていますから。」

 そう言って微笑むと、魔王は眼を見張って俺を見詰め、ごくりと喉を鳴らしてそれから視線を逸らした。

「すみません。今はあなたの笑顔が少し辛いので、いずれ。」

 そう言って魔王は出て行った。

 まあ、アスリーさんと同じ笑顔を俺がしたら、辛いのは仕方ないよなあ、と気の毒に思う。

 しかもアスリーさんの体にいるのが男だったら……うん、今はまだ話せないな。

 おれは溜め息を一つ吐くと、ティムニアに着替えを手伝ってもらって朝食前のジョギングに行く。

 ……今朝も5分持たなかった。


 食堂には魔王以外の全員が揃っていて、魔王抜きで食べるようにとの伝言があったようだ。

「あ、セイラ姉様。その指輪、兄様から新しいのをもらったの? 」

 目ざとく指輪に気が付いたジャガル君が聞いてくる。さりげなく姉様呼びをして、女の装飾品の変化を見逃さないなんて、ジャガル君もいずれモテる素質があるんだろうなあ、とため息が出た。

 ま、俺は女じゃないけどね。

「これ、イミテーションなんだって。散り散りに弾けた私を再生したっていうから、お母様、ものすごい貴重品だったんですよね。」

「国宝だったわ。」

 溜め息と共に出たお母様の台詞に全身の毛が逆立つ。

「国宝! 私、この世界で最初にやったのが国宝の破壊! 」

「あら、違うわ。セイラとアスリーさんを救うためにあの指輪は存在したの。だから気にする必要はないのよ。」

 ──セイラとアスリーさん。この呼び方の距離感の差には嫌でも気付く。

 おかしいな。俺、昨日が初対面なのに、絶対にお母様から身近に感じられてる…って、俺、またお母様って思ってる。  


◇◆◇◆


 食後、昨日とは色違いのモスグリーン系の服装に着替えて腹ごなし程度に体を動かし、そのままの服装で良いと許可をもらっていたので、俺はお母様の部屋へと向かった。

「セイラ。今のレベルは幾つ? 」

「食後の体操でレベル3になりました。あっ、でも、変なんです。

 体力は1ずつしか上がらないのに、MPは20も伸びて、もう49もあるの。」

 俺の報告を聞いてお母様が溜め息を吐く。

「そう。さすがはアスリーさんの体ね。魔法に対する親和性が凄いわ。

 でも、セイラは剣士なのよね。」

「……私、相性が良くない体に転移したってことですか。」

「そうなの。

 体と霊体に魔法への最高の素質があるのがアスリーさんの特徴よ。でも、セイラの霊体は肉体操作に最高の素質がある。それは逆に言うと魔法に対しては素質があまりないんだわ。

 体と霊体の素質が真反対なのよね。」

 お母様がショックを受けた様子の俺を見ながら言う。

「実はね、レベルがある程度高くなったら、強さを底上げするためにスライムを倒すのも良いかなと思っていたの。

 スライムはちょっと強い子どもが小遣い稼ぎに倒す魔物で、強さが50は必要だわ。

 でも、セイラの場合、ひょっとしたらレベル80になっても無理かもしれない。」

「あの、魔法は覚えないんでしょうか。」

 お母様が首を横に振る。

 俺、やっぱり嫁入りしかないのか。あ、いや、強さがないとそれも無理だな。

 男とか女の前に、生きていけない?

 衝撃でちょっと目の前が暗くなってきた。


 いや、とアスリーさんや魔王のレベルを思い浮かべて、俺は思わず拳を握る。

 俺は勇者の素質と精神力で選ばれたんだと女神リーアが言っていた。

「お母様、大丈夫です。アスリーさんやダイカル様のレベルまで頑張れば、大抵のものは倒せるはずです。」

 お母様は、俺の言葉を聞いてにまりと笑みを(こぼ)した。

「よく言ったわ、それでこそ私の娘よ。セイラ、頑張ろう。」

 ええ、と力を込めて頷き返しながら、あー、と思う。

 私の娘。迷わずそう言うケイアナさんとそれに違和感なく返す俺。

 ケイアナさんと俺の相性こそが、男に戻るためには実は一番手強い敵なのかもしれない。



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