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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第1章魔王妃になんかなりたくない
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閑話:アイザルの思惑

ええと……安定して18時に遅刻しています。

急いでも文章が荒くなるだけと筆者が諦めていまして、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


”テルガの町を襲ったヴァイバーンを討伐するに際して、セイラ様は魔王の加護を発動されたことが確認され、王太后様を母様ともお呼びになっており、新たな魔王妃であられることが判明しました。”


「嘘だ。」

 テルガから寄せられた報告書を読んで、アイザルは反射的に否定の言葉が口から突いて出た。

 顔を上げ、見開いた目で周囲に目を遣るが、太陽の光が過剰に眼球内に入り、周りの光景が光に霞んでぐらぐらと揺れて目眩(めまい)がする。


「セイラさんが、魔王妃。」

 自分の愛する人が国王の妻であるならば、その身分はこの国最高の貴人であり、もはや会うことも、言葉を交わすことも叶わない。

(セイラさんは、国王様のもの…… )

 セイラと国王様の仲睦まじくする姿が克明に想像として思い浮かび、絶望にアイザルは世界が崩れ落ちてくるのではないかと思った。


 椅子に座ったままグラグラと体が揺れて、体を支えようとしてテーブルを捉え損なった肘が空を切って、椅子がひっくり返って地面にしたたかに側頭部を打ち付けたが、アイザルはその痛みを感じなかった。

 ただただ心が痛い。

 丸まって地面に伏せて、うぉううぉうと泣き始める。

 使用人たちが驚いて駆け付けてきたが訳が分からず、アイザルが握りしめていた報告書を調べて、ようやく原因に思い至った。


 それから4日。

 アイザルは呆けたようになって自室に引き籠もり続けていた。

 ぼうと虚ろな表情をして一日じゅう部屋の隅に座り込み、ときおりいきなり泣き出して、セイラさん、セイラさん、と連呼して、ろくに食事も摂らず、風呂にも入らず、トイレにすら行かずに垂れ流そうとする。

 廃人のようになったアイザルを、小さい頃から面倒を見てきたメイドが付きっきりでこっぴどく叱りつけてアイザルに最低限のことをさせて、なんとか栄養と衛生を保っていた。


 そこへ追い打ちを掛けるように、王家からセイラは国王様の婚約者であることが発表された。

 使用人が恐る恐るその報告に来て、案の定、アイザルはまた号泣し始めて、メイドは、このままではアイザルが自殺でもしかねないと、部屋から刃物はもちろん、尖ったものや(ひも)状のものを全て片付けた。


 アイザルの父親であり、ミゼル商会の会頭でもあるミゼルは、息子の様子にすっかり参っていた。

「あいつがセイラさんにあれほど馬鹿な惚れ方とするとは、夢にも思わなかった。」

 アイザルが情報収集のために絵師に作らせて各支店に配らせたセイラの肖像画は、ミゼルが会ったセイラよりもかなり美化されていて、これでは実際に本人を見かけても支店では当人か判断が付かないだろうとミゼルは思ったものだが、ダイカルの要請から解放されたセイラが自分の顔の残念要素を調整してしまったために、結果としてアイザルの肖像画と本人がそっくりになってしまったことをミゼルは知らなかった。


 ミゼルとしては、セイラとアイザルが一緒になって、仲良く店を守り立ててくれることを期待していたのだが、セイラにその気がない以上、もう二十歳が近く、適齢期も終わりにさしかかるアイザルには誰かほかの良い人を探したいところなのだ。

 だが、アイザルはセイラに固執してほかの縁談を持ってきても見向きもしないし、これまでセイラの存在が店を大きくする意欲の原動力になっていて、もう気の済むまでやらせるしかない状況になっている。


◇◆◇◆


 情勢が変わったのは、その1週間後、テルガ支店から急ぎの報告書が届いてからだ。

 テルガから報告が来たと聞いて、アイザルが目の色を変えて自室から飛び出してきて報告書を受け取って読み始める。

 報告書には、テルガへの侵入者を排除した後に行った謁見の場で王太后とセイラが説明した内容の詳細と、その説明を元にテルガ支店が調査した内容が記されていた。


「父さん! セイラさんはまだ生娘だった!! 」

 はらはらと涙を流しながら、興奮してアイザルが叫ぶ。

「魔王の加護は、王太后様にセイラさんが同行するために王家の秘術を使って付与されたもので、王太后様もセイラさんも、セイラさんが国王様の婚約者だとは一言も言っていないんだ!

 王家の情報収集能力を考えて時系列に並べれば、まずセイラさんたちの謁見があって、それからセイラさんが国王様の婚約者だという噂が広がって、王家がセイラさんを婚約者だと発表したんだということがよく分かる。

 王家はセイラさんの立場を補強するために、セイラさんを国王様の婚約者だと発表したんだっていう可能性が(うかが)える。

 セイラさんはまだ生娘だし、実際には国王様とも婚約なんかしていないかもしれないんだ!! 」


 有頂天になって話すアイザルに、ミゼルは落ち着くように(さと)す。

「国王様のご容態が悪いというのはよく知られた話で、王太后様が身の危険を感じて王都から逃げたという噂もある。

 国王様に関わりがあると見られてセイラさんが酷い目に遭わないように、王太后とセイラさんが婚約の事実を隠している可能性もあるんだぞ。」

「うん、それも考えた。だから、俺はセイラさんに直接会って確認しに行きたいんだ。父さん、俺、アスモダに行ってくる。」


(これは止めても聞かないな。)

 ミゼルは溜め息を吐いた。

 だが、アスモダは今正体不明の侵略者と森から移動してきた魔物や魔獣と戦っている最中で、非常に危険だと報告が上がってきている地域だ。

 ミゼル商会の跡継ぎであるアイザルを1人で行かせることはできない。


「アイザル。こちらで腕利きの冒険者を探して護衛に付ける。

 本気でセイラさんと夫婦になるつもりならば、お前もレベル上げをしろ。

 男としてセイラさんから強さを分けてもらう訳にはいかないだろう?

 その冒険者に鍛えてもらって、最低限、アスモダで戦えるレベル──そうだな、セイラさんがヴァイバーンを倒したというのなら、それに匹敵するレベルを得た後にしかアスモダへは入国しないこと。

 それがアスモダ行きを認める条件だ。」

「分かったよ。ありがとう、父さん。」

 アイザルは簡単に頷いたが、要はA級冒険者にならなければアスモダへの入国は認めないという厳しい条件だった。

「父さん、それで護衛の人っていうのは、うちに用心棒で来ている人の誰かですか。」

 

「ミゼル商会が薄利多売で伸し上がってきたのは、お前も知ってのとおりで、大量の商品を確保するために腕利きの用心棒を大勢抱えてもいるが、護衛を任せたいと思っているのは彼らじゃない。」

 ミゼルは首を横に振ると護衛の人選について説明を始めた。


「護衛については、たまたま最近縁ができたS級冒険者がいてね、彼に事情を話して人選をお願いしようと思うんだ。

 実は、先日、雨の影響で遅くに荷物が着いたグループがいてな、用心棒の人たちが10人ほどで荷物の引き渡しまで同行しての帰りに、街中(まちなか)の戦闘に巻き込まれた。

 1人の男が大勢に追いかけられて荷渡し場へと駆けてくるのが見えて、どちらも兵士などでないのを確認してから、用心棒さんたちは1人で逃げている男に助太刀をしたそうだよ。

 逃げている人は今話したS級の冒険者だったんだが、追いかけているほうの男たちも少なくともA級以上の実力があったそうで、用心棒さんたちも足止めはできたが倒すことはできなかった。

 そこで、用心棒さんの1人が荷渡し場に走って、まだ残っていた作業員に状況を報告して、作業員が急いで戸締まりをして、戦っていた用心棒さんたちが協力して幾重もの結界を張って、相手が結界を破って追ってくるまでの間に倉庫の中へ皆で逃げ込んだらしい。

 倉庫を閉めてしまえば、後は閉まった倉庫がずらりと立ち並んでいるだけだからね、追っ手もそれ以上どうしようもなかった。

 で、ミゼル商会はS級冒険者の知己(ちき)ができたという訳さ。」


 自分が引き籠もっている間の出来事をアイザルが興味深げに聞き、そのS級冒険者が戦っていた原因を聞くと、急にミゼルが声を潜めた。

「いいか、ここからの話は内密にしろ。

 知り合いになったS級冒険者は異種族が大量に入り込んで王都で良からぬことをしていて、王家が軍備を整えながら内々に討伐を進めている事実を掴んだらしい。

 だが、軍備が整うまでには時間が掛かるし、王家の召集に応じてしまっては侵略してきた異種族に王家の動向を悟られると考えて王家とは別に単独で異種族狩りをしていて、その日は異種族の罠に嵌まって追われていたらしいんだ。」


 王家と異種族とが戦闘している。

 それは国が密かに戦争状態にあるということだ。

 王家が離散した原因が異種族との戦いにあると思い至って、アイザルは急に心配になった。


「そうすると、セイラさんもその異種族との戦争に巻き込まれているということですか。」

 アイザルの質問にミゼルは頷く。

「そのS級冒険者はジアールさんというんだが、ジアールさんによると、国王様のお加減が優れないのも、テルガの町が襲われたのも、アスモダが大変なことになっているのも、原因は同じ、異種族の侵略らしい。

 アスリー様が身罷(みまか)られたのもその異種族が関わっている疑いがあるそうでな、王太后様とセイラさんがアスモダに向かっていることと関わりがあるようなんだ。」


「そのジアールさんという方の情報は、どこまで確かなんでしょうか。」

「ジアールさんはな、私が調べたところでは、元は名をジアール タールモアという。

 王太后様の弟さんなんだ。

 ジアールさんは、ガルテム王国の難と現状を知って、国とは別に冒険者を主体とする討伐隊を組織して侵略者と戦い始めた。

 確かな方だよ。」

 そう言うと、ミゼルは面白がるような笑みを浮かべてアイザルを見る。


「ジアールさんは、王太后様の厳しい鍛錬のやり方と効果をよく知っていお方だ。

 本人がお前に同行することはないだろうが、最速でレベル上げをしてくれるだけの技量のある仲間を紹介してくれるはずだ。

 いいか、セイラさんが通った道だ。

 本当にセイラさんが欲しいと思うのなら、アスモダに着くまでに(くじ)けることなくレベルを上げて、セイラさんに追いついて追い越して見せろ。」

 アイザルは目を輝かせて良い笑顔で頷いた。



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