第61話 ショタ君? ジューダ君です。ショタに興味を持つほど私熟成してませんから
冒険者ギルドの用事を終えて帰ろうとすると、ジューダ君が町の外を指さしながら俺の腕を取って引っ張った。
「ねえ、セイラ姉たち、お肉を替えるお金を持ってない?
もしあったら、肉を買ってちょっと寄り道をしてもいい?
町の外に僕をここまで連れてきてくれた魔獣を隠してあるんだ。」
ちょっと待って。
町の外に魔獣がいるって、それ、大騒ぎになるから。
ティルクと顔を見合わせて、肉を1キロほど買ってジューダ君に同行することにした。
「フェーン! 出ておいでーっ! 」
ジューダ君の呼びかけに応じて現れたのは子どもの狼だがジューダ君くらいの大きさがあって、わふ、と短く吠えるとジューダ君の元へ駆け寄ってきて、構ってもらおうとする。
「この子、ずいぶんジューダ君に懐いているね。」
俺が近寄ろうとするとフェンは警戒して唸ったが、ジューダ君が肉を取り出しながら宥めるとすぐに大人しくなって、俺やティルクが近寄ると肉を隠す素振りで肉を食べていて、食べ終わったら、撫でても大丈夫だった。
「フェンは出会ってから20日以上も僕が同化して、狩った獲物を僕と分け合ったり、一緒に寝たりしてたからね。もう仲良しなんだ。」
ふうん、魔獣と魔人族が相性がいいとは聞いたけれど、魔族も魔獣と馴染みやすいのかなと思ったので、何の魔獣の子なのか聞いてみた。
「この子ね、フェンリルの子どもなんだよ。
ほかの魔物に集団で狙われて、親が戦っている間に逃げてきたらしいんだけど、お腹が減って僕に襲いかかってきたんだ。」
ジューダ君の答えに、ふうん、大きくなりそうだし、強そうな魔獣だね、と頷いていたら、ティルクに袖を引っ張られた。
「姉様、姉様。フェンリルは魔獣じゃありません、魔物です。
しかも、かなり強い部類ですよ。」
え? 強い魔物の子ども?
改めてフェンを見ながらジューダ君に尋ねる。
「ねえ、ジューダ君。君の強さはどれくらいかな。」
「ええっと、レベル564だよ。」
「それじゃ、フェンは? 」
「僕が戦ったときは僕の方が強かったんだけど、毎日走って、獲物を狩ってたら強くなっちゃって、今はレベル760もあるんだ。」
子どもで564あるジューダ君もすごいけれど、フェンは20日そこそこでレベルが200以上も上がったんだ。
「それで、フェンの親の生死は確認した? 」
「僕が同化してすぐにダゲルアおじちゃんを追いかけたので、してないよ。」
これ、もし親が生きてたら、間違いなく追いかけてきてるよね。
まだ追いついていないことを考えれば、死んだか怪我をしているのかもしれないけど、手負いの親がフェンを取り返しに町へ来るようなことになったら、S級しか対処できないような大事になるんじゃ……
「ジューダ君、明後日、私たちは町を出てアスモダへ向かうんだけど、フェンを連れて行っていい? 」
「いいよ。フェンと僕は友達なんだから、いつも一緒だよ。」
それ、ジューダ君も一緒にアスモダへ行くと思ってるよね。
ジューダ君はここで健やかに育って欲しいと思ったのに。
うわあ、頭が痛くなってきた。
取りあえず、フェンは宥めれば大人しいし、俺やティルクがその気になれば同化して制御することも可能なので、フェンを連れて町へと戻ることにする。
早く帰って母様たちに相談しよう。
◇◆◇◆
「セイラの心配はもっともね。親と行き違いになる心配はあるけど、フェンは連れて行った方がいいでしょうね。」
俺たちが連れてきたフェンを母様が撫でながら事情を聞いて、ティルクを残して俺と母様で別室に入ると母様がそう切り出した。
「ただ、問題はジューダ君をどうするかよねえ。
ジューダ君が納得しないままフェンだけを連れていくと、私たちに付いてこようとして、また魔獣に同化しようと危険なことをするかもしれないわ。」
母様の心配は、俺が心配したことでもある。
今のテルガの町の周辺でレベル500の人間が1人で魔獣と戦うというのは危険だ。強い魔獣がときおり現れるので、魔獣に負けて死んでしまう可能性があるし、魔獣の流れに逆行して俺たちを追いかけてくれば、同化した魔獣では敵わない相手に遭遇する可能性が高い。
「ドルグさんに相談して、ジューダ君が残る場合の待遇を確保してからジューダ君を説得するしかないわね。
明日いっぱいやってみてもしダメなら連れて行くわ。」
母様が結論を出したので、後で俺もティルクと一緒にドルグさんにお願いしておこう。
ジューダ君はときどき川で体を洗っていたらしいが、今日は体が焦げたし、ちょっと匂うので、フェンと一緒にお風呂に放り込んで、メイドさんにフェンリルの子を洗わせるのはフェンが暴れたときに怖いので、俺とティルクが湯浴み着で洗うことにする。
たらいに温めのお湯を作ってそこへフェンを入れて、暴れそうになったときには結界魔法で動きを制御して徐々に慣らしていくと、突然に抵抗が抜けてふんにゃりとして、それからは大丈夫、というかお湯が気に入ったようだった。
石鹸を泡立てて毛に揉み込んでこびり付いた汚れを解してやり、丁寧に櫛を通して毛をすいて汚れが取れたかを確認して、よし、と言ったら、途端にフェンがたらいから立ち上がり、俺とティルクの真ん中でブルブルブルッと盛大に体を揺すって水を弾き飛ばした。
「「きゃーっ!! 」」
俺とティルクがずぶ濡れになって湯浴み着が透けるほどの水気を振り撒くと、フェンはマットに首を押し当て体を擦りつけたまま前進を始めて水気をマットに吸わせ、ある程度水気が取れたらごろごろと転がって背中に残った水気をマットに吸わせている。
その様子に俺とティルクが顔を見合わせて苦笑いしていると、浴槽でうぶぶぶっ、とよく分からない音がした。
見ると、ジューダ君が真っ赤な顔で俺たちから視線を逸らせ、顔の下半分を湯船に突っ込んで空気をボコボコと吹き出していて、鼻から湯の中へ血が流れ出している。
(あー。10歳頃って、そろそろ目覚め始めて、女の子のことを意識し始めるんだったなあ。)
忘れていた男の10歳前後のことを思い出して、俺たちの格好を見ての反応だと分かったために却ってどうしていいか分かずに俺がオロオロとしていたら、ティルクが平気な顔でジューダ君に声を掛けた。
「ジューダ君。フェンも洗ったし私たちはもう出るから、体を綺麗に洗って、逆上せないうちに出るのよ。」
ティルクはひらひらとジューダ君に手を振って俺に目配せをして浴室から出ると、そっか、ジューダ君もそろそろお年頃だね、と俺に話し掛けてくる。
え、分かっててあんな平気に振る舞えてたの、と言ったら、ティルクにけらけらと笑われた。
「私、近所のお姉さん役をやってたから、あんな年頃の子を何人も面倒見てたんです。」
あー。いつもは可愛い妹分だけど、年下の子のお姉さんとしては俺よりしっかりしてるんだ。
お見それしました。
◇◆◇◆
俺とティルクはそれぞれお風呂に入って、身繕いをしてからジューダ君とフェンを連れて夕食の席に付いた。
フェンはジューダ君の後ろでお座りをしてご飯を待っていて、母様とドルグさんとゲイズさんはフェンに気が付いて、にこにこと目を細めている。
「セイラ、フェンを洗ってあげたのね。」
「ええ。やっぱり野生だから大分汚れてて。ダニとかもいなかったし、これで室内にいても大丈夫だと思います。」
魔物を室内で過ごさせると聞いて、母様だけでなくドルグさんとゲイズさんが驚いていたが、まあ、大型の室内犬と思えばありでしょ。
それよりもと、皆の興味がフェンに向いているうちにフェンの事情を話す。
「──なので、もし親がフェンを取り返しに来るようなことになれば大変なので、皆さんに相談しようと思ったんです。」
「そうなのよね。
フェンリルはね、かなりレアな魔物でめったに人目に付くところへは出てこないけれど、レベルは最高級で、4,000を超えてるのよ。
テルガの最高戦力3人が総掛かりで互角と言うところかしら。
セイラが言うとおり、親の生死が不明なままテルガにこの子を置いておく選択肢はないわね。」
母様がそう言うと、ドルグさんが母様に提案をする。
「王太后様。至急町の周囲に見張りを手配して、町民にはしばらく警戒するようにすぐに触れを出します。」
「ええ、それがいいわ。」
ドルグさんが席を立って急にバタバタとし始めて、主役がいなくなった夕食会はしばらくお預けかなと思ったら、お先にお食事をどうぞ、とのドルグさんの伝言を家令が伝えてきて、メイドさんが給仕を始めて夕食が始まった。
「本当はね、ドルグさんが養子を視野にジューダ君を預かりたいと言ってくれていたの。」
「え? 養子ですか。」
ジューダ君の方を見ると、ジューダ君はよく分からないといった感じでお肉をぱくついている。
「ジューダ君は魔法の才能があるでしょう?
ドルグさんのお子さんは頭は良いのだけど、強さにも魔法の才能にもあまり恵まれていなくてね、ジューダ君が兄弟として補佐してくれるならって、そう思ったみたい。」
ドルグさん、母様の推薦もあって子爵に任じられて領主代行に就任することがほぼ決まっているみたいだから、今後のことを考えたらそう思うだろうな。
「ジューダ君、あなた、ここで貴族になるつもりはない?
ガルテム王国は異民族には寛容だから、残ってくれればきっと良い将来が開けるわよ。」
しかし、ジューダ君は首を横に振った。
「僕は魔族だもの、やはりいつかは国へ帰りたい。
吟遊詩人だった父さんは、詳しいことはよく分からないけれど、今は国にいると危ないからって、国から出ようとして死んでしまった。
僕は危ないことを止めさせたくて、ダゲルアのおじちゃんに助けてもらうつもりでここに来たんだ。」
「ならなぜ、私を殺してテルガを占領するなんて言ったの。」
私の疑問に、ジューダ君は頭を掻きながら謝った。
「ごめんなさい。テルガに着いたらおじちゃんが殺されてて、みんながおじちゃんたちのことを悪く言うから、つい頭に来たんだ。」
「そう。良くしてもらった人たちが悪く言われるのは辛いよね。
でも、良く頑張って分かってくれたわ。」
この子は心が強いだけでなくて、頭も良い。
俺はついジューダ君の頭を撫でながら微笑む。
「でもね、私たちがこれから向かう国は魔族と戦っているの。
私たちは仲の良かった国を助けるために魔族と戦うことになるわ。
だから、ジューダ君が一緒に行くと、魔族同士で戦うことになる、かもしれない。
ねえ、ここに残って戦いが終わるのを待った方が良いと思わない? 」
俺の説得に、ジューダ君は考え込んだ。
「それなら、やっぱり僕も一緒に行く。
ダゲルアおじちゃんみたいに争いで死ぬ人たちがいるし、父さんみたいに争いから逃げようとして死ぬ人たちもいる。
なぜなのか、どうすれば良いのかを知らないと、僕はいつまでも帰れないもん。」
(やっぱりこの子は強くて賢いな。)
だが、ジューダ君自身が戦いに巻き込みたくはない。
俺と母様でジューダ君を説得して思い止まらせようとしたけれど、その晩、とうとうジューダ君は首を縦には振らなかった。
フェンリルの子の名前、最初はフェルにしてましたが、有名な作品に同じ名前のフェンリルがいる気がしてググったら、一行目に出てきたので変更しました。
フェンも安易な命名なのできっとあるのでしょうが、ググって1ページ目に出てこなかったので良しとしました。
子どもの名付けですから、凝った名前を付けると説明ばかりが長くなるので。




