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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第1章魔王妃になんかなりたくない
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第59話 正直、主婦の生活には興味があります

 ティルクと町へ出掛けようとしたのは、やがて来る秋に向けて服を買い増ししておくためだった。

 ただ、俺の場合、単なる買い増しに留まっていない。

 アスリーさんの体を使っていることでアスリーさんから恨みを買わないための対策を母様と相談した結果、どうしようもないとの結論に達したのだが、体型を変えて、アスリーさんが戻ってきたときにアスリーさんの体感とは違うものにする努力はしていますよと示すのがせめてもの誠意ではないかということになったのだ。


 元々、ダイカルの意向もあって母様と王都を脱出する前の俺の体型は胸が控えめなスレンダーなもので、俺としても馴染んだ体型で動きやすかったのだが、王都を脱出する際に母様が用意した衣類がアスリーさんの物だったために、仕方なしにアスリーさんの体型を維持してきた経緯がある。

 アスモダへ同行する冒険者たちのうちの12人もが俺を推す大きな要因にアスリーさんの魅惑的な姿態があるだろうことは想像に難くないので、その意味でもむしろ都合が良い。

 事実、体型をメイドの時のものに変更して城にあった衣類を借りて応接間に入って、こちらが本来の体型だと言ったときのゲイズさんの顔は明らかに落胆していた。

 胸なんか、将来に期待できる分ティルクの方がマシかというレベルになってるし?

 動きやすいし、男どもが寄ってこないのなら、これで全然問題はない。


◇◆◇◆


「おじさん、めちゃくちゃ高いよ。ほら、ここ。

 ちょっと生地の織りが雑になってるから縫うのに困って縫い目も乱れちゃってるのが誤魔化しきれてないでしょ。幾ら程度の良い古着と言ってもこれで銀貨1枚はないって。500ジル。」

「……じゃあ800。」

(あれ、おじさん、弱気。さては若いからと甘く見て、最初にぼろうとしたね。それじゃあ── )

「550ジル。決まりだね。決まりだよね?」

 最初は難しいと思った値切り交渉もすぐに慣れて、向こうが望む着地点を読んでそれより安めでサクサクと買い物を進めていく。

 一度値切り勝って次にしてくる小細工を看破すると、それからは向こうも諦めるし。

「いやあ、嬢ちゃん、強いなあ。

 そうは見えないが、もう嫁に行ってるのかい。

 あんたなら良いカミさんになりそうだ。もしまだなら、いい人を紹介するよ。」

 店の主人にそんなことを言われて、ここは素直に、ありがとう、と(にこ)やかにお礼を言って、少し離れた次の店へと向かう。


「姉様、すごい。ずっとここで生活したら、来月くらいには誰かの奥さんになって楽しく暮らしてそう。」

 ティルクが嫌な感想を言うので、理由を聞いた。

「だって姉様、馴染んでて楽しそうなんだもん。

 毎日、こんなふうに買い物をして、ご飯を作って、誰か好きな人と一緒に生活するのって嫌ですか。」

 別に嫌じゃないけど、と言いかけて気が付いた。

(確かに楽しいんだけど、毎日買い物をしてご飯を作ってって、それ、主婦の生活じゃん。

 俺、男になるんだから、稼ぐ方を考えなくちゃいけない……んだけど、何ができるのかなあ。)

 そんなことを考えていたら、不意の攻撃を察するのが遅れた。


 ぶわっと白と薄桃色のグラデーションが立ち上がって突然飛んできた炎を反射させて弾けさせ、炎に巻かれた襲撃者をとっさに風魔法で吹き飛ばした。

 火に包まれながら飛ばされていくのが子どもだと気付いて、俺は慌てて駆け寄って手で火を叩いて消して、怪我の状態を調べる。

 倒れていたのは10歳くらいの男の子で、火傷で皮膚が(ただ)れて気絶しているのが分かって、俺はすぐに光魔法で治癒をしながら、その身なりを確認した。

 今の出来事で服のあちこちが焼け焦げているが、男の子は一目で町の住民ではないと分かる毛皮が主体の服を着ていて、ティルクが見たことのない部族の服だと言うところから、テルガの町の東側、アスモダ方面にいる部族なのだろう。

 取りあえず光魔法による治癒を継続して、男の子の気が付くのを促進する。


 程なくして男の子が目を覚ます頃には周りに人が集まっていて、先ほど魔王の加護が立ち上がったために俺の正体も気付かれていた。

 俺は周りから向けられる視線を意識しながら男の子を介抱していたのだが、男の子が目を明けたときに、俺は慌てて闇魔法で幻覚を放って、周りの人たちには男の子の目を誤認するように、男の子には俺を別の女性と誤認するようにした。


 なぜなら、男の子のカメラのレンズを思わせる目の煌めきは忘れもしない、ダゲルアさんが俺に向けたのと同じ目で、この子が魔族なのは間違いがなかったし、魔族の男の子が俺を襲ったということは、俺が誰か分かっていて狙ったのだろうからだ。

 ここで男の子が再度俺を見たときに言うだろう台詞を町の人たちに聞かせる訳にはいかないと、俺はティルクに目配せして男の子を抱き上げると周りに親らしい人影がないかを探したが、こんな目立つ状況にいる俺から親が見つけられるはずもない。

 取りあえず男の子を城まで連れて行くことにした。



◇◆◇◆


「おい、下ろしてくれよ。放せってんだ。」

 男の子の抗議には取り合わずに暴れられないようにしっかりと抱き抱えて城へと直行して、応接間で男の子を放す。

「セイラ、その子は誰なの。」

 母様が尋ねるのを聞いて、男の子は俺に向き直ってきた。


「お前がこの城でおじちゃんを殺したのか! 」

 俺はこの城では何人かの魔族を殺したが、俺が殺したと知れ渡っている魔族といえば、ダゲルアさんしかいない。


「君はダゲルアさんの知り合い?

 どうしてあんなところに1人でいたの? 」

 しゃがみ込んで目線の高さを合わせて話す俺を男の子が掴みかかってきて突き倒そうとするが、魔法の補助もしてびくとも揺るがない俺に悔しそうに男の子が叫ぶ。

「おじちゃんを殺した奴が、おじちゃんのことをさん付けするなっ。

 そうだっ。仲間は100人もいるんだからな、お前なんかすぐに殺してやるっ。」


 仲間が1人か2人はいるかもしれないが、100人もいる訳がない。

 ダゲルアさんのことは戦ったときに会っただけだが、何となく子どもを1人で町に放って置くような人ではないと思うので、他にも誰かいるんだろうか。

 というか、あの人ならそもそも戦場に子どもを連れてこないだろう。

(ひょっとして、この子は町に1人でいたのかな。)


「ダゲルアさんは、子連れで戦いに来るような人じゃないでしょ。

 君はどうして町にいたの。」

「ど、どうして敵のお前がそんなことが分かるんだよ。」

「ダゲルアさんとの命の遣り取りを通じて、私はダゲルアさんに戦いの心構えを教えてもらったわ。

 ダゲルアさんは敵だったけれど、ちゃんとした大人だった。

 だから、あの人は君を町に1人残して戦争を始めるような人じゃないと感じるの。

 なぜ、君はここにいるの。」


 急に慌てだした男の子を誘導しながら問い詰めて、彼がここにいる経過が分かった。

 男の子の名前はジューダといって、父子で旅をしている途中で魔獣に襲われているところをテルガの町に来る途中のダゲルアさんたちに助けられたのだそうだ。

 父子はアスモダで魔族が拠点を作った町の近くまでダゲルアさんたちに同行してもらって別れたのだが、そのすぐ後に運悪く再び魔獣に襲われて父親が相打ちで命を落とし、森の中で1人になったジューダ君は、たまたま次に襲ってきたのが自分より弱い魔獣だったことで魔獣を魔力で屈服させて同化し、頼れると分かっているただ1人の知り合いであるダゲルアさんの臭いを追ってここまで来たということだった。

 辿り着いてみると、もう魔族の侵略は失敗に終わっていて、町の人たちの会話からセイラという女性が魔族の指揮官を殺したことを知った。

 ジューダ君が世話になったダゲルアさんの仇を討ちたいと考えているところへ、町の人たちに比べて異常に戦闘力が高い俺たちが通りかかって、町の人たちが話していたセイラの髪の色や顔と俺が一致していたので襲ったということらしい。


「ジューダ君。君、魔力がすごく高いのね。」

「ああ。僕は魔力が7割?、とからしいからな。」

(自慢そうに言っているが、この子、理解してないな。)

 でも、俺がこれまでに知ったこの世界の常識でも、魔力が9割以上だったアスリーさんの体は別として、7割というのはかなり珍しい。

(この子、一流の魔法使いになる素質があるんだ。)

 ならば、なおさら中途半端に対応をしてここで敵の一族として殺されたり、将来の敵にする訳にはいかない。


 俺はダゲルアさんのやったことを肯定する気にはなれないが、心根の優しい人だったことは間違いないと思っている。

 ジューダ君は俺を敵視しているが、ダゲルアさんが護り、今はもう仲間の元に帰ることができない彼が、できることならば俺たち魔人族を敵視することなくこの町で生きて欲しいと思った。



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