第56話 夜更けにユニコーンと戯れる乙女の実演? 絶対にセクハラだと思います
「というわけで、ユニコーンのところへ行くのだけれど、ティルクも協力してくれますか。」
え、私?、と言うティルクにミシュルが微笑む。
「私の読みが外れて、セイラが生娘──は殿方たちの耳に入ると生々しいので乙女と言い直しましょうか──でない可能性もあります。
そのとき、誰か代わりの者がいないとユニコーンは荒れますからね。」
あ、いえ、私……、と口ごもるティルクにミシュルが、あら、乙女じゃなかったの?、と返す。
(それ、言っちゃだめなヤツだから。地球でなら訴えられちゃうからっ。)
俺はミシュル(本体:ミッシュ、♂)のセクハラ発言に慌てたが、ティルクはムッとした顔で返してきた。
「姉様のためだもの、当然行くわよ。
私が聞きたかったのは、もう夜更けも過ぎているのに、今から森になんて、どうやって行くのかってことっ。」
「セイラに続いてティリカも母様の身代わりとしてダゲルアの男女レベル平均化の法を受けたでしょう?
神聖魔法の属性が付いていますよね。
力が上のセイラの同意と協力が必要だけど、神聖魔法があればセイラの体に同化できます。
そしてセイラは風魔法で宙に浮いてもらう。それを私が引っ張って空を飛んでいきます。」
ミシュルの説明にティルクが目をぱちくりとさせている。
(あ、ティルクは完全に寝てたみたいだから、ひょっとして母様の身代わりにされた件を知らないんじゃないかな。)
「あー。ティルク、ごめんなさいね。
セイラと私が6,000台のレベルだと誤解していたトールドとそれに同化した魔族が、今夜、男女レベル平均化の法を使って力を奪いに来るのが分かっていたの。
それで、逆に魔族の力を奪って強くする良い機会だと思って、ミシュルと相談してティルクには私の身代わりになってもらったのよ。」
(やっぱり母様とミシュルはグルだったのか。この2人、悪巧みをさらっと実行に移すところがウマが合いすぎて恐いな。)
俺が非難の眼差しを2人に向けているのを見て、ティルクも被害者が誰と誰かを悟ったようだ。
膨れっ面でステータスを開いて、悲鳴をあげる。
「なに、これ!
レベル1,640になっちゃってるし、スキルの経験値とか全部変わっちゃってて……
あっ。強さと魔力の比率も魔法の属性も、全部変わってる! 」
(やっぱりそう思うよね。俺も自分のステータスを見てびっくりした。)
たぶん、ダゲルアさんは剣士9割くらいの比率だったんだと思う。
それが剣士6割くらいだった俺と全てのステータスを平均化して、俺の強さ関連のステータスが上がったのと引き換えに魔法関連のステータスががた落ちになっている。
ティルクは強さと魔法の比率が7対3くらいだったから、たぶんステータスが少し剣士寄りになっちゃったんじゃないかな。
「ステータスの比率に関しては、セイラが同意してくれるなら、元に戻るくらいまでの間は私がティルクと二重契約をして、新たに取得する経験値を魔法へ振り直すサポートをしても良いわ。」
ティルクの困り顔にミシュルが提案して、おい、そんなことができるのかよ、と俺が内心で突っ込んだところで、ティルクが、魔法が使いづらいと思うのでお願いします、と頭を下げた。
◇◆◇◆
ティルクがミッシュの使役(?)契約を終えて神聖魔法の使い方を教わって、俺に同化してくる。
極力ティルクの同化に抵抗しないよう、俺の方では力を抜いたのだが、ティルクが同化してくるに従ってぞわぞわとした悪寒が走って、他人の思考の意識の強い部分が直にこちらに伝わってきて気持ちが悪い。
”あ、姉様、今日初めて人を殺したんだ。辛かったね”って、”こら、人の思考を読むの禁止! ”と慌てて念じたら、頭の中にティルクの鈴の音を転がすような笑い声が響く。
(心配してくれてるのかな。)
そう考えたら、”えへへ、ちょっとね”って、”ティルク、禁止だってば”。
『さあ、じゃあセイラは風魔法で浮いててくれ。』
ミシュルを仕舞って黒豹に戻ったのミッシュの指示で、俺が風魔法を発動すると、ミッシュも風魔法で浮かび上がり、俺の襟首を銜えて王都とアスモダへの方向から左30度くらいの方向へと飛び始めた。
ずっと真っ暗な中を速度も分からないまま飛んでいると、ほかにやることがない所為だろう、またティルクが俺の思考を読んでくる。
ちょこちょことティルクの他愛のないちょっかいが入り、俺の秘密がバレないようにティルクへ禁止を連呼するのだが、少しずつ思考が漏れてまたティルクのちょっかいのネタを作ったりしているうちに20分くらい経っただろうか、高度が下がり始めた。
湖畔の側に着地をして、ティルクが同化を解いて横に現れる。
「ティルクー? 」
なんとか秘密を守りきった俺がティルクのほっぺたを引っ張っていると、ミッシュから注意が入る。
「セイラ、ティルク。ここはもうユニコーンの縄張りだ。静かにするように。」
俺たちが大人しくなったのを確認して、ミッシュが説明を始める。
「ユニコーンは湖畔のどこかで草を食んでいるだろうが、乙女がいると寄ってくる。
攻撃しない限りは手荒なことはしないから、その点は安心して良い。」
ただ、と言った後にミッシュがニヤニヤと笑う。
(黒豹が笑っても見慣れてないと分からないし可愛くないぞ。何を隠してるのか早く言え。)
俺の心の言葉が届いたのだろう、ミッシュが続ける。
「ユニコーンは乙女との親密な触れ合いを喜ぶんだ。
本当は裸が一番なんだが、それだと草の葉が当たっただけで皮膚を切ったりするからな、この薄手の服に着替えてくれ。」
ミッシュが出してきたのは白い清楚な感じの服だが、薄手の生地で作られているのでどちらかというとセクシーなネグリジェのような、満月の月明かりで向こうが透けてしまうシロモノだった。
(いやいやいや。確かに地球でこんな服を着てユニコーンと乙女が寄り添ってるイラストを見た覚えがあるけれど、マジでこれを着るのか。)
思わずミッシュを見ると、頷いている。
(これを乙女が着てると喜んで寄ってくるユニコーンって、ひょっとしてセクハラ生物。)
思うことはあるが仕方がない。
俺が意を決して着替え始めるとティルクも顔を赤らめながら着替えている。
透けて月明かりで体の線が見えている白い薄衣を纏って2人で湖畔に立っていると、ミッシュが、では後で迎えに来る、と言ってどこかへ行ってしまった。
大分強くなったとはいえ、武器もなく下穿きと薄衣だけの姿でティルクと二人きりになるのは相当に心細い。
2人で身を寄せ合って周りを窺っていると、ヒーンという甲高い鳴き声が聞こえて、背の高い草の向こうから真っ白い馬体が現れた。
ユニコーンは距離を置いて草を食みながら、警戒するようにじっとこちらを見ている。
ユニコーンと親密になれるか、その資格に疑問のある俺が動けずにいると、それを察したティルクが静かにユニコーンの方へと近寄って行き、ユニコーンがティルクの肩に頭を擦りつけるのが見えた。
真夏の夜半に薄衣の少女が角の生えた真っ白な馬と佇んでいる光景は確かに絵になる。
ティルクはユニコーンの頭をこちらへ向かせて、一緒にこちらへ来るよう誘導しようとするがユニコーンはその場でティルクにすり寄るばかりでこちらへは来ようとしなかった。
──やっぱりミッシュが言うようには都合良くいかないか。
自分が乙女ではない烙印を押されたと感じた俺がユニコーンの様子に気落ちしていると、お尻の辺りをちょんちょんと何かが突いていて、振り返るとそこにもう一頭のユニコーンがいた。
ユニコーンが俺の頬に顔を擦りつけてくる。
(良かった! 魔王妃の判定は間違いだったんだ!
ダイカルの第2婦人とか言われずに、自由に生きて良いんだ!! )
俺は嬉しくなってユニコーンの首に抱き付いて頬摺りを繰り返しながら、クスクス笑いが漏れるのを抑えられなかった。
ユニコーンはしばらくの間俺に頬摺りを繰り返して、額から生えた一本の角がぼうと光を漏らし始めて眩く光り──それから先は、俺は何も覚えていない。
◇◆◇◆
ユニコーンが私にすり寄ってきて、姉様の方へ誘導しようとするのに姉様を見ようともしないし、私の側から離れてくれない。
(やっぱり姉様はもう乙女じゃないということなのかしら。)
姉様が魔王妃の称号を得た経緯は、よく分からないとしか聞いていないし、このことは内密にと言われたのをカウスさんは忠実に守ったようで、キューダさんたち冒険者の人たちは魔王の加護が発動するのを見て、姉様が王妃だと、当然の結論として受け容れていたようだ。
(ミッシュの今日の言い回しだと、キューダさんたちが正しい可能性があるんだわ。)
姉様が国王様と臥所を共にした可能性があるのは私にはショックだったけれど、そこのところの事情がよく分からない。
(国王様のお加減が悪くて記憶がはっきりしていなくて、姉様が気を失うかして意識がない間の出来事だというのなら、魔王妃の加護が付いている事実が全ての証拠になる筈なのに……。何だかもやもやする。)
そう思いながら姉様の方を見ると、姉様の後ろから一頭のユニコーンが近づいていて、姉様の腰に頭を擦りつけた。
姉様が振り返って、ユニコーンの首に手を回して頬摺りして嬉しそうに笑っている。
(姉様と国王様の間で何があったか分からないけれど、姉様は乙女だった! )
私も嬉しくなって側のユニコーンの首に抱き付いていると、2頭のユニコーンの角が光り始めて眩く輝いて、私と姉様の胸の中央、喉の少し下のところにうっすらと光る玉が半分体に埋まり込むように現れて、そこからバニラとミント系の清涼な匂いが入り混じったような独特の香りが周囲に漂い始めた。
(これがユニコーンが与えてくれる乙女の印。姉様、成功したよ! )
そう思って振り返ると、姉様はユニコーンの首に腕を回したまま、虚ろな目をして倒れそうになっていた。
「姉様! 」
私が姉様の元へと駆け付けて倒れる前に体を受け止めて地面に寝かせたけれど、姉様からは何の反応もなくて、半眼の眼はどこにも焦点が合っていない。
ユニコーンを追い払おうとしたけれど、心配そうに姉様の頬に顔を擦りつけるユニコーンを邪険にもできず、私はミッシュが来てくれるのを待って、ただ姉様の側にいることしかできなかった。
夜が白み始めて日が昇る前にユニコーンは去って行って、姉様と私だけが残された湖畔にミッシュが帰ってきたのは、日が昇ってからだった。
「ミッシュの馬鹿っ! 姉様が死んじゃう! 早く助けて! 」
泣きじゃくって叫ぶ私に構わずにミッシュは姉様を看て、私に向かって頭を下げた。
「すまん。セイラに影響があるだろうと思ってはいたが、ここまでの影響は想定していなかった。」
謝ってないで姉様を助けて!、と叫ぶ私に、ミッシュはセイラはおそらく数日はこのままだと告げて、その理由となった姉様の秘密を私に教えてくれた。
それは、私にとって驚天動地の事実だった。




