第54話 私の前に道がある。とっても行きたくない道が
修正前の段階で公表されてしまいました。
ご免なさい、修正は次のとおりです。
誤:魔人 → 正:魔族
魔人族はダイカルやケイアナの種族です。
あれ、どっちだっけと思って書きかけで放置(居眠り)したまま公開されてしまいました。
申し訳ありません。
あと、サブタイトルも付けました。
ヴァイバーンを仕留めて周りを見回すと、他の2頭の討伐も終わっていた。
「母様、みんな。何とか全部やっつけられましたね。」
俺は他の人たちに大した被害もなさそうなのを確認して皆に手を振っていると、それが野次馬の人たちに対する挨拶と取られたようだ。
そこら中から、うおーっ!、と歓声が上がったのに驚いて母様の方を見ると、仕方ないわよ、とでも言うような表情をして周りに手を振り始めたので、俺も同調して町の人たちに手を振った。
と、ヴァルスさんがこちらへ両手を振りながら報告をしてくれる。
(あれ? ヴァルスさん、カクカクしてて、何かぎこちないかな? )
緊張した感じのヴァルスさんを気に掛けていると、ヴァルスさんが改まった様子で片膝を付いて跪くと大声を出した。
「王太后様、王妃様、お二人のお陰で、俺たちもやりました!
王太后ケイアナ様、万歳! 王妃セイラ様、万歳ーっ! 」
(は? 王太后様に王妃様?
ぶっ、”王妃セイラ様万歳”って、この人、何言っちゃってくれてんだーっ! )
俺は慌ててヴァルスさんに止めるように両腕でバッテンを作ってみせたがもう遅い。
周りでは、そこここで、”王妃様?”、”ああ、そういえば、俺、さっきあの方が魔王の加護を使うところを見た”、”アスリー様の他にも王妃様がおられたのか”、というような会話がひそひそと交わされるのが漏れ聞こえる。
ヴァルスさんには俺の意図が伝わっていないみたいでなおも万歳を連呼していて、だんだんと他の人たちがそれに唱和し始めて、万歳の声がだんだんと大きくなる。
「「「「王太后ケイアナ様、万歳! 王妃セイラ様、万歳!」」」」
(ど、ど、ど、ど、どうするっ。
これ、どうやって止めればいいのっ。)
周りをキョロキョロと見回してどうしていいか分からずに立ち竦んでいると、母様が商家の屋根から俺の側へと飛び移ってきた。
くるくると回転して俺の側に着地したが、ヴァイバーンの頭はそんなに平らな部分が広い訳ではなくて、ぐらりと傾いだ母様へ俺が手を差し伸べると、実はよろけたのは演技だったのだろう、母様は俺の手を引き寄せた反動で近づきすぎた振りをしながら耳元へ囁いてきた。
「考えるのは後。取りあえずは笑顔で手を振って応えなさい。」
(で、でも、これに応えたら、自分が王妃だって認めたことになるんじゃ…… )
俺の考えが顔に出ていたのだろう、母様は町の人に笑顔で手を振りながらさりげなくこちらへ身を寄せてきてまた囁いた。
「取りあえず、もうこの場は諦めなさい。後で考えましょ。」
(…………………。)
俺は、とんでもない間違いを犯している気分になりながら、笑顔を作って町の人たちに手を振る。
わあっ、と歓声が上がって一層万歳の声が大きくなって、王妃様という言葉が大きくなるにつれて、俺はあの妊娠騒動で引き籠もった辛い日々を思い出していた。
(俺、ひょっとして、今、この人達に人生を終わらせられているところなんじゃないだろうか。)
将来、自分が納得して女を選ぶのならそれはまあ仕方ない、その上でダイカルと結婚したいと思ったのなら、今の俺には到底考えられないが、それも自分の選択として受け容れる。
だけど、世間が俺が王妃だと認定したせいで女から逃げられなくなって、なし崩しでダイカルと結婚するのなんかは絶対にご免だ。
そう思うと涙が零れてきて、表面で顔は笑顔を作りながらも惨憺たる気分だった。
◇◆◇◆
町の人たちの万歳は、ドルグさんたちがゲイズさんと一緒に到着するまで続いた。
ゲイズさんとドルグさんは周りの人々が母様と俺に万歳を唱和している様子を見て何か相談をして、ドルグさんが前に進み出た。
「テルガの町の皆に告げる。
本日、テルガを侵略せんとする何者かの襲撃があったが、王太后様と王妃様の指揮の下、冒険者やここにいる皆の協力もあって、これらが全て討伐されたのは皆が見てのとおりである。」
俺は心が折れそうになっていて上の空だったが、そんなことには関係なく周り中から歓声が上がる。
「本日はもう夜も遅いし、これから討伐状況の調査と片付けも必要となる。
明日正午より改めて王太后様と王妃様の謁見の場を設ける故、本日はこれを持って解散せよ! 」
(あ、いや待って。そこで王妃の謁見とか確定させないで。
改めて大勢に王妃として謁見しちゃったら、もう俺の逃げ場がないから。)
明日改めて謁見するという言葉に抗議しようとした俺だったが、母様にぎゅっと手を握られ首を振られて黙り込んだ。
項垂れる俺に、母様が耳元で囁く。
「心配しないで。最悪、どうしてもというときは、私が責任を持って逃がしてあげるから。」
俺は母様の言葉に頷いてから考える。
(そんなことになったときには、俺はやっぱり女のままなんだろうな。)
自分の将来に大きな広い道路が敷かれてしまった気がして、俺はうじうじと悩んでいた。
◇◆◇◆
テルガ城へと戻って、俺は今夜の俺に対する皆の対処のあれこれを問いただしたいと思っていたのだが、まずはそれより先にやるべきことがある。
今回の侵入者に関する情報を整理して、何が起こったのかを把握すること、それからトールド サングル子爵に対する処分だ。
俺の体や身分のことなんかは、さすがにその後の話になる。
城の会議室に母様と俺たち3人、それからサングル子爵代理としてゲイズさんと兵士長のドルグさん、カウスさんとキューダたち4人の 冒険者のパーティリーダーが集まって会議をすることになった。
時間は深夜だが、ドルグさんは夕食どころか昼食もほとんど摂っていないので、食べ物と飲み物を出してもらって会食しながらの会議になった。
「まずは敵のことについて話しましょう。」
そう切り出したのは母様で、ミシュルがそれを受けて説明を始める。
「彼らは自らを魔族と名乗る種族で、獣人の国アスモダの先にあるガズヴァル大陸で、アスモダとは反対側の一角で暮らしているほとんど知る者のない種族です。
種族の性格としては、僻地に暮らしているから戦闘能力はそれなりにありますが、どちらかというと人見知りする温厚で気の良い者が多い性質で、他種族との交流を避けて穏やかに暮らすことを好みます。
本来ならこんな侵略をするような連中じゃないんです。
それが、彼らの指導者が現れてから方向性が変わっているようなんです。」
俺は、ミシュルの”温厚で気の良い性質”という言葉に、俺に戦闘の心構えを教えてくれ、自分の死に俺を巻き込まないように城から身を投げて亡くなったダゲルアさんのことを思い出した。
「その指導者が、ミシュルの言っていた因縁の相手なのかい? 」
「どういう因縁なのか、少なくともこの場では勘弁してください。」
母様がミシュルに訊くと、ミシュルがドルグさんたちの方をちらりと見ながら答え、母様は了承する。
「私が魔族の侵略に気付いたのは王都に魔族が潜入してからのことで、その背後の指導者の存在に気付いたのは、ダイカル王が王都で自ら魔族狩りを始めて、セイラが牢獄で襲われてからのことです。
王都の襲撃とテルガの町の襲撃のほかに、アスモダの森の異変にも魔族が絡んでいると私は考えています。」
「アスモダも侵略を受けていると言うのね。」
「ここまでヴァイバーンが逃げてくる事態になっているんです、間違いないでしょう。」
ミシュルの説明に一同は黙り込んだ。
「その魔族とやらは、今回、全部討伐してしまったのかしら。」
「そうですね。」
母様の質問に、ゲイズが答え、キューダら冒険者が頷く。
「彼らが口を割るようならば、もう王都で事情が分かっていたはずです。
指導者から魔族たちに何らかの制限が課されていると考えた方が良いでしょう。」
手詰まり感に俺たちが黙っていると、ゲイズさんが話題を変えて母様に尋ねた。
「ところで、ケイアナさん。ヴァルスとソルグが、ケイアナさんが魔王の加護を発動するところを見たと言っているんですが、魔王妃が受けたダメージを肩代わりするべき魔王の死を以て魔王の加護は発動しなくなるという話は誤りなんですか。」
「本当のことよ。」
母様の返事に俺とミシュルを除いた全員が息を呑む。
「それでは、ザカール先王はまだご存命なのですか。一体なぜ…。」
ドルグが口を挟み、母様が顎に皺の瘤を作って唇を引き絞る。
「それを探しに行くのが、今回の旅の目的の1つよ。
ザカールが勇者に刺されてしばらくの間、私は何度も魔王の加護を発動させようとしたけれど発動はしなかった。
それが、王都でセイラが襲われて助けに入ったときに、魔王の加護が発動したの。」
母様は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと話を進める、
「ザカールは胸の左側、心臓の位置の真上に剣を柄まで埋めて刺された、本当なら助かるはずはないわ。
でもね、この旅に出てティルクやセイラと同じテントで一緒に寝るようになって、気が付いたことがあるの。
ザカールの心臓の鼓動は左側からじゃなくて右側から聞こえていたわ。」
皆はそんなことがあるのかという顔をしていたが、俺は思い出したことがあった。
真偽のほどは知らないが、地球にいた頃に漫画かアニメで見た話だ。
「私がいたところでは、ごく稀に、体の構造が左右反対で生まれる人がいるという話を聞いたことがあります。
ザカールさんもそういう珍しい体だったのかもしれませんね。」
俺の話に母様がにんまりと笑うと、ああ、そういう例があるのなら、なおさら心強いわ、と頷いた。
「ザカールの魔王としての得意技は反射といってね、相手の攻撃を鏡写しで跳ね返すものだったの。
このことに気が付いてから、自身が鏡なら、人と反対の体の構造をしていてもおかしくないかもしれないと思っていたのよ。」
”地球にいた頃に漫画かアニメで見た話”は、かの有名はBlack ○ackをイメージしています。
確か、主人公が体の臓器が左右反対になっている患者の手術の難しさに手を焼いて、解決策として鏡に映った正常な状態を見ながら手術をするお話でした。




