第52話 街中で恐竜と戦闘……私の変形する戦闘機はどこ
用心棒にレベルの高い人がいたことだけではなく商店主とその奥方に何人も強い人がいたことにヴァルスは驚いた。
いつもペコペコと腰が低くて愛想の良い雑貨屋の主人とその奥方は侵入者と互角に戦っていたが、主人が冒険者だったことはないはずだ。
奥方のほうは、これまで髪型と化粧で気付かなかったが、髪を結わえて戦っている素ッピンにはどことなく見覚えがある。
確か、冒険者に憧れてギルドを彷徨いていた子どもの頃によく相手をしてくれた、C級の冒険者だった人じゃないかと気が付いて、2人の息の合った戦闘に馴れ初めを垣間見た気がして、金持ちのおじさんと玉の輿に乗った人くらいに思っていた認識を大いに改めた。
商業区では敵の半数がすでに倒されていて、ヴァルスも強い人たちに戦闘を譲って、周囲に集まってきた野次馬の対処をするくらいまで気持ちに余裕ができていた。
(用心棒たちの素早い対処のお陰で、今のところこちらの被害は怪我人だけで、侵入者たちの討伐は間もなく終わりそうだ。)
そう思って周りを見回していて、背景の月を何かが過ったのに気付いて視線をやって……
「ヴァイバーンだ! みんな伏せろーっ!! 」
月にくっきりと浮き上がった姿はいつかは狩ってみたいと思っていたヴァイバーンに間違いがない。
それが3頭群れていて、そのうちの1頭がこちらへ向けて突っ込んでくる。
ヴァルスがヴァイバーンの進路を見ると、野次馬の男がヴァイバーンを見詰めて棒立ちになっていて、ええい、くそっ!、とダッシュして男のところまで行き、身を屈め気味にしながら足払いをして男を引き倒したが、肩口にヴァイバーンの顎が激突して吹き飛ばされた。
倒れたまま周りを見ると、もう一頭が誰かを銜えて上昇に移っていて、さらにもう一頭が突っ込んできていている。
商店街の通路がヴァイバーンの狩り場の様相を呈し、周囲は人々が逃げ惑うパニックになった。
どうする、と周りを見回すと、この隙に逃げようとした侵入者を引き倒して馬乗りで攻撃している雑貨屋の主人の隣で奥方が立ち上がった。
「あんた! 私が引きつけるから、そいつをやっちまいな! 」
奥方──確かミューダさん──は通りの真ん中に立ち上がると普段とはがらりと変わった言葉使いで主人に指示を出し、こっちだ!、とヴァイバーンの注意を引きながら構え、真正面から来るヴァイバーンの口へ目掛けて魔法で氷柱を打ち込んだ。
氷柱は派手にヴァイバーンの口中で砕けたが、衝撃はさほどでもなかったのかヴァイバーンは頭を少し引いた程度でミューダさん目掛けて顎を突き出してくる。
ミューダさんが剣で払おうとするが質量に負けて倒れた空間へ、雑貨屋の主人が侵入者の首をヴァイバーンの口に放り込んだ。
ヴァイバーンの注意が逸れて雑貨屋の主人へと向かう背中へ用心棒たちが殺到してヴァイバーンを飛び立たせまいと翼に斬りつけ始め、囲まれつつある情勢に気付いたヴァイバーンが飛び立とうと走り始めた後ろから用心棒たちが追い縋る。
それを目掛けて、次のヴァイバーンがやって来た。
ヴァイバーンは用心棒たちの密集した場所の真ん中へと地面すれすれの超低空で飛んできて、ヴァルスが被害が避けられないと思ったその時に、誰かが高速で走り込んできてヴァイバーンに真正面からぶつかった。
ヴァイバーンが衝撃で体勢を崩しながらも空へとよたよたと上っていき、ぶつかった衝撃でくるくると宙を舞う女性の周りには白と黒のグラデーションに黒い花柄が浮き上がっていた。
「ヴァルス! ヴァイバーンを監視して皆に状況を伝えて!
町の人たちは即座に避難! 戦える人は侵入者の残りを倒して! 」
ケイアナさんが建物の屋根に着地すると、すぐに指示をし始めた。
先ほど通りにいたヴァイバーンは、飛んできたヴァイバーンに用心棒たちが浮き足立った隙に逃げ出していて、短く”キエッ、キエッ”と鳴きながら空へと飛び立っていた。
(ヴァイバーンのレベルは確か3,000くらい。一対一ならば、戦姫さんなら楽勝の相手だが、3頭もいてみんなを守り切れるのか。)
ヴァルスがヴァイバーンの状況を大声で叫びながら、ケイアナの手数が足りるのかの心配をしていると、向こうは討伐が終わったのだろう、冒険者ギルドの方から冒険者たちが掛けてくるのが見えた。
(今は護衛の繁忙期で人がいない時期だが、あの中にレベル2,000台のB級の冒険者が何人かいてくれれば── )
期待をしながらやって来た冒険者たちを見回したが、B級はいない。
ヴァルスが落胆していると、ヴァイバーンの一頭が旋回して高度を下げようと翼を引くのが見えた。
「あちらから一頭、冒険者ギルドから来た冒険者の方に行きます! 」
ヴァルスがヴァイバーンを指さしてケイアナが向かおうとしてすぐに、もう一頭が通り目掛けて滑空を始めた。
「それからもう一頭が通りを狙ってます! 」
戦姫さんは1人しかいないのに、とヴァルスが心配したとき、ケイアナが冒険者ギルド方面へ向かったヴァイバーンに雷を落とした。
閃光と同時にズガンッ!、という衝撃音が響いてヴァイバーンがよろけ、しかし体勢を立て直して空へ上っていく間にケイアナがもう一頭の下へと駆け込んで剣を構える。
それを見たヴァイバーンは滑空を止めて空へと上がり、その間にもう一頭が滑空の準備を始める。
「ああ、もう。誰かもう1人くらいいてくれないと手が回らないじゃない! 」
ケイアナは不満を口にしながら駆け出すと、向かいの商店の壁へ頭の高さほどまで飛び、壁を蹴って反対側の商店の壁へ飛び、さらに自分の身長くらいの高さを稼ぐと、次にヴァイバーンの方へと向きを変えて壁を蹴る。
瞬く間に高さを上げてヴァイバーンへと襲いかかったケイアナの剣は、ケイアナに気付いて高度を上げ始めたヴァイバーンの顎の下を切り裂いたが、深手ではなかったようで、ヴァイバーンは空へと逃げていった。
通りでは侵入者の排除が終わり、死体はヴァイバーンをおびき寄せる餌として放置され、野次馬や力の足りない冒険者が路地へと避難して、2人の用心棒が残っていた。
「王太后様、俺たちはB級だったフガムとデストです! 」
「フガム、デスト、協力を頼むわ! それから、私のことはケイアナでいいから! 」
ケイアナの身元に気付いた用心棒たちの呼びかけにケイアナが叫んで応えると、通りの真ん中で構えて次のヴァイバーンを待ち受けたが、ヴァイバーンは通りに強者がいると知って戦法を変えてきた。
一頭が商店の屋根に止まると壁を壊しながら路地へと頭を突っ込んで避難した人たちを襲おうとし始め、路地に隠れた人たちが通りへと駆け出してきたところへ空中のヴァイバーンが頭を向ける。
フガムとデストが駆け寄る前に1人がヴァイバーンに掠われた。
◇◆◇◆
「待て、セイラ。俺が乗せていこう。」
俺が兵舎から町へ向けて駆けていると、後ろからミッシュの呼びかけが聞こえた。
振り返ると黒豹バージョンのミッシュが駆け寄ってきた。
俺の扱いでいろいろと文句はあるが、今はそれを言っているときではない。頷くと黙ってミッシュの背中に跨がると、ミッシュはセイラを乗せて屋根へと駆け上がって、屋根の上を一直線に走って行く。
「わあっ! 恐い、恐いってば! 」
ミッシュは俺の抗議はいつもどおりに無視して走るものだから、振り落とされそうになって仕方なしに剣を手にしたままミッシュの首筋に抱き付いて、ようやく体を安定させる。
と、セイラ、前!、とミッシュに注意喚起された。
ミッシュの首の横から体を前に傾けて前を覗き込むと、ヴァイバーンが滑空してきて女性を銜え、そのまま高度を上げようとしているところだった。
「セイラ、いけるか? 」
ミシュルに訊かれて、はい、と応えて急いでミッシュの首筋に凭れて膝を締めて腰を上げ、首に手を添えながら背中に膝立ちの体勢にして足を掛けて飛び出そうとしたら毛並みで蹴り足が滑った。
「ひょえ? きぃーー……やぁあああああっ!! 」
屋根の間から真っ逆さまに落ちるのを風魔法で横へと押して、ヴァイバーンの頭の斜め上まで移動してからは眉間目掛けて風魔法を加えて突進し、間の抜けた声と悲鳴を途中から雄叫びに変えながら、ぶつかる寸前に剣を振り上げて眉間を突き貫く。
「キエーッ! 」
ヴァイバーンは頭を仰け反らせて商家に半身が激突して通りに落ちゴロゴロと転がった。
効果はあったようだが脳への損傷が不十分だったか、絶命には至らずのそりと起き上がったが、右側の翼が中ほどで変な方向に曲がっていて、もう飛び立ちことはできそうにない。
「今だっ!! そいつを逃がすなーっ! 」
物陰から出てきて叫んだヴァルスの指示に、おうっ!、と雄叫びを上げて、避難していた冒険者と用心棒たちがが剣を振り上げて押し寄せる。
俺は何とか着地して周りを見回すと、ミッシュがヴァイバーンに銜えられていた女性の襟を銜えて地面に下ろすところだった。
女性は大きな怪我はしていなかったようで、地面に下ろされてから誰が自分を助けてくれたのかを確認して、大きな黒豹に顔を青くしてお尻を地面に突いたまま両手両脚で後退っている。
「ミッシュ、母様は? 」
彼は私の使い魔だから大丈夫ですよ、と女性に声を掛けてからミッシュに訊き、首で示された方を見ると、ヴァイバーンが商家の壁を崩して路地に頭を突っ込んでいて、路地から点滅するように反射している光が見える。
あそこで母様が路地の人たちを庇いながら応戦しているのだろう。
路地からはすでに何人もが通りへ駆け出してきていて、それを狙って空からもう一頭が滑空を開始した。
ヴァイバーンを撃退するために俺も狙われている人たちの元へ行きたいが、ヴァイバーンと俺が同じ方向に向かうことになるため、ヴァイバーンを迎え撃つということが難しい。
なので、振り返るようにしてヴァイバーンを見ながら魔法を起動し、特大の土魔法で弾を作って風魔法で撃ち出した。
弾はヴァイバーンをかすめて飛んでいったが、それだけでも効果はあったようで、空中でバランスを崩したヴァイバーンが勢いを殺せずに錐揉み状に回転しながら転がって方向が変わり、こちらへとまともに突っ込んできた。
ヴァイバーンを飛んで躱そうとして間に合わなくて高さが取れず、ヴァイバーンの体を蹴る俺の周りに白から黒のグラデーションができて黒い花柄が現れ、ヴァイバーンの勢いに弾かれて俺はくるくると回転しながら飛ばされて、通りで立ち尽くす人たちの前で着地する。
「母様、こっちは私が相手します! 」
俺が母様に声を掛けると、路地の中から、任せたーっ、という母様のくぐもった声が聞こえた。




