第50話 美人と言われると嬉しい今日この頃。いや、まだ希望は捨ててません
「俺が、弱くなった、だと。」
ダゲルアは、ケイアナの言うことが信じられなかった。
セイラの力を奪って、あれほど良質の魔力が大量に流れ込んできたではないか。
ケイアナから力を奪ったときに何も感じなかったのは、力の差があまりないから当然だったのではないのか?
ダゲルアはそんな馬鹿な、とステータスを開き、その答えを確かめる。
”レベル1,640”
その数値を見た瞬間、ダゲルアは自分の世界が崩壊する衝撃に呆然として、あ、レベル2,565になってる、というセイラの声は彼の耳には入らなかった。
これまで必死に積み上げてきたものが僅かな間に失われて、ダゲルアは自分は終わりだと思った。
終わりならば、せめて死に花を咲かせてやる。
レベルに4倍の差があっては厳しいかもしれないが、ケイアナに一太刀なりと浴びせて、後は……
ダゲルアが覚悟を決めようとしたときに、ついとセイラが前に進み出た。
「知らない間にあなたから強さをもらってしまったのは申し訳ないけれど、まだ戦いが途中です。最後まで続けましょうか。」
(こいつは自分が止められる状況になっても、俺に付き合ってくれるんだな。)
よし、こいつを道連れにしよう、とダゲルアは決めた。
(本当の女でないのは残念だが、一部分のことは忘れて、まあ、女と考えて良いだろう。一緒に死ぬのには不満のない美人だ。
俺がエスコートしてやる。仲良く手を繋いで死出の旅に出ようぜ。)
ダゲルアはセイラに爽やかな笑顔を見せると相対した。
(死ぬ覚悟を決めた男を煽ったりして、ホントにこの娘は馬鹿だね。)
側でケイアナが呆れ顔をしていることにセイラは気付かなかったのだが、ケイアナは、でもこの娘は佳い女になる、と目を細めた。
ダゲルアはゆるりと剣を構えると、上段からと見せてセイラを目掛けて突進しながら、周りに土魔法による石礫を数十も展開して放ち、素早く剣を戻して脇に固めて狙いをセイラの腹に定めた。
上からの剣に注意を向けて剣の後ろに張られた石礫の弾幕を見せ、石礫への対策にセイラの意識を集中させて結界魔法を張らせ、その結界を剣での一点突破で突き破る。
剣は間違いなくセイラの腹を突き抜けるはずだった。
だが、石礫が着弾する前に右脇を一陣の風が吹き、気が付くと剣を構えた肘下で脇から腹を切り裂かれていた。
腹筋のバランスが崩れて体が傾ぎ、振り返ることが出来ずに気配で石槍で後方に一面の針山を築くが、右手の視界の端からこちらを向いて横歩きにゆっくりと相対してくるセイラの姿が見える。
(ああ、レベルが1,000ほども違えばこうなるか。)
内臓が溢れて垂れ下がっている気配に、もう助からねえな、と悟りながら向き合うセイラを見ると、こちらへ斬りかかる構えを見せながらも青い顔をして切っ先を震わせている。
(そうか。俺が殺しの最初の相手という訳か。)
セイラの気丈な様子を見せながらも怯えているその原因に思い当たって、先ほど死出の道連れにしようと共感してしまった所為だろう、ダゲルアはセイラに愛情に近いほどの親近感を覚えた。
(よし、俺が初めてをもらってやる。しっかり熟せよ。 )
ダゲルアは垂れ下がる内臓を切り捨て、完治しないレベルの損傷と知りながらセイラから得た光属性で腹に治癒魔法を発動して腹筋を修復する。
それから体の軸がブレないように身を沈め、セイラ目掛けて突進した。
「うあああああああっ! 」
肩の高さで構えた剣で気合いと共にセイラの心臓目掛けて直進し、唇を震わせたセイラの瞳が恐怖に満たされ、すぐさまそれを生存の意思で押しのけて煌めかせ、上段を打ち込んでくるまでのセイラの心の変化の一切をダゲルアは見極めた。
(おお、美しいねえ。……できたじゃねえか。)
首の付け根から心臓までを裂かれたダゲルアは奇妙な達成感に満たされていたが、裂かれた心臓の側から、ズクンッ、という脈動を感じて我に返った。
指導者から施された、自分が倒されたときのための計画開始の予備の合図が起動する──
ダゲルアは蒼白の顔で自分を見詰めるセイラに視線をやると、剣を杖に風魔法で補助しながら死力を振り絞って窓を突き破って外へと飛び出した。
(ひゃははっ。俺が惚れた女に甘えのは、死ぬまで治らな<<ドンッ!! >>)
城のテラスの外で轟音と共にダゲルアの体が弾け、眩い光が夜の闇を切り裂いて、それを合図に街中で襲撃が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルドでは、城の方向から大きな音が聞こえると同時に3人の男たちが酒場から出てきて、ギルドの受付カウンターの周囲にいる人間たちへ向けて火弾や風弾を展開し始めた。
「かかれっ!! 」
カウンターにたむろしていたマイスたち4人は、マイスの号令で振り向きざまに3人へ斬りかかった。
マイスたちの迎撃は不意打ちを迎え撃つ不意打ちとなって優位に切り込めたものの、元のレベル差が4倍から5倍の差がある、有効打だとなるような手傷を負わせることができなかったのだが、そこへ壁際に2人ずつに分かれて待機していた落雷の轟きのメンバーの前衛3人が戦闘に加わって相手の反撃の芽を摘んで、一方的になりかねない戦闘を乱戦へと持ち込み、リーラはマイスたち4人とカウスたち3人に支援魔法で戦力を補強した。
そして、彼らが今戦闘を行っている場所は冒険者ギルドだけあって、敵の攻撃を凌ぎ続けられれば戦闘に加担する者は他にもいる。
「襲撃だ! 敵のレベルは1,000から1,500! 加勢できる者だけ来てくれ!! 」
ギルドに顔なじみの多いマイスの警告に対する冒険者の反応は早い。
何人かは参加を取り止めたが、酒場やカウンター内から、続々と剣を持って冒険者が駆け寄り、ときおり敵を目掛けて魔法が炸裂する。
「マイス! 敵は3人だけか! 」
副ギルド長のウォーガルが叫びながらマイスの横合いから斬りつけていく。
「同時攻撃だ! 町にはヴァルスとソルグ、兵士のとこにはキューダが行ってる! 」
「分かった!! お前ら、この仕事はギルドが仕切る! たんまり城からふんだくってやるから、きっちり働けえっ!! 」
おおーっ!、と鬨の声が上がって、冒険者の戦闘に熱が入る。
だんだんと戦況が互角になって、やがて押し始めた。
◇◆◇◆
城で閃光と爆音がして、町の商業区の中程に散らばって10人ほどの男たちが商店を襲い始めた。
ヴァルスとソルグは町の商人出身の新人冒険者の伝手で商店に分散して待機していたが、元が裕福な商店の子弟ではないため、敵が襲撃を始めた時にすぐに対応を取ることができず、城の合図を聞いてから駆け付けたために少し対応が遅れた。
通りの端に立って、相手の人数が自分たちとほぼ同じであることにも気が付き、ヴァルスは大店の用心棒たちの協力を得ることに決め、その声を聞いたソルグもそれに習う。
「襲撃だーっ! 侵入者が商店街を襲撃している! 」
仲間が手分けして同じ触れをして周り、まずは用心棒たちの注意を引いてそれから敵の人数とレベルを告げると、店から三々五々に用心棒が出てきたが、その頃にはヴァルスたち冒険者は襲撃者との戦闘に入っていた。
店の用心棒たちは安定を求めて引退した冒険者たちだが、そのほとんどはレベル500のD級以上の実力を持っている。
敵はすでに何軒かの商家の扉を破っていたが、中から用心棒の反撃に加えて外からの他の店の用心棒の襲撃を受けて、挟撃される形になった。
外にいる用心棒たちは店にいる用心棒たちにヴァルスが教えた情報を伝えて、協力して敵を削っていく。
「おう、ヴァルス! お前ら、戦姫さんたちと面白いことを始めたらしいな! 」
声を掛けてきたのは武器屋のタンガだった。
「タンガさん、耳が早いっすね。内緒話が筒抜けだ。」
「冒険者は情報が命だったからな。それより、これ、持っていけ。
俺からの餞別だ。」
タンガが渡してきたのは、ミスリル製の指輪だった。
(これ、確か戦闘値を50パーセントも上げるタンガさんの宝じゃ…… )
「俺はもう年だからな。お前ら、新しい世界を見て来い! 」
タンガはそう言うと敵の1人に突っ込んでいき、盛大に跳ね飛ばされていた。
(戦闘中にいきなり戦力値が50パーセントも減ったらやられるだろ! )
ヴァルスはパーティの魔法使いチュアルに指示してタンガの回復を頼みながら、タンガを跳ね飛ばした敵へと切り込んでいった。
◇◆◇◆
ミシュルはドルグたちと合流してテルガの町へと急いでいた。
兵士たちには怪我人が10人ほどいたがミシュルが全て回復魔法で回復し、ドルグが兵士たちにテルガの町の状況と間もなく敵襲があることを説明して、町へと急行していたのだった。
暗い森の中をミシュルが照らして走り、森を抜けようとしたところで、”キェーッ”と甲高い声が上空から聞こえて、何かが襲ってきた。
ミシュルが結界を張って撃退して、何が、と上空を見ると、トカゲに羽を付けたような巨体が浮かび上がった。
ドラゴン?、と緊張して問うドルグにミシュルは、いいえ、と答える。
「あれはヴァイバーンだわ。おそらくレベルは3,000前後。
気を付けて、3頭いるわ!
あんなものまで、アスモダの森から逃げ出しているの? 」
ミシュルが兵士たちに情報を伝えている間に、襲ってきたヴァイバーンは結界に何度か体当たりしていたが、城の方から閃光とドンッという音が聞こえるとミシュルたちを相手にするのを止めて、城の方へと向きを変え、暗闇からぬうっと現れた仲間たちと共に飛び去っていった。
「みんな! 城がヴァイバーンに襲われるわ!! 急いで!」
ミシュルの激を受けて、兵士たちは息を切らせながら走る速度を上げたが、敵やヴァイバーンの襲撃の、少なくとも最初の部分に間に合わないことはもはや明らかだった。
「私は先に行く! 皆は後から来て! 」
もはや目立たないようになどと言っていられなくなったミシュルは、ドルグにそう伝えると、走る速度を上げた。




