第43話 た、た、大変だ。俺、思ってた以上に女になってた!
年内、まだ明日の日付変更前まで慌ただしくて年内の投稿はこれが最後になると思います。
気持ちは先の話に走っているのですが、体が付いてこないもので、すみません。
第4話、第5話でたくさんの誤字報告を頂きました。
自分で気が付いたのは訂正していましたが、まだこんなにあるとは……
ご報告、ありがとうございました。
「ねえ。あれ以来、トールド子爵が何も言ってこないの、不思議ですよねえ。」
俺の質問に母様が、そうなのよねえ、と答えながら肉の煮込みを口へと運ぶ。
そう、トールド子爵は初日に挨拶して以来姿を見せない。
城の中には居る様子であるのだが、俺たちのところへは姿を現さなかった。
代わりに来ているのが二代目変態剣士ことゲイズで、俺たちの朝食の席に並んでご飯を食べている。
「そうなんですよね。腹心の兵士や部下を呼んで何かしきりに打ち合わせをしている様子なんですが話が進展しないようで、父が大分憔悴している様に見えましたね。」
お前、見えましたじゃなくて探ってこいよ、と言いたいところなのだが、こいつが父親に説得負けして取り込まれたりすると、今度はこちらの内情が向こうに漏れてしまうので、あんまり邪険にもできないのが辛いところだ。
ときおりこちらの胸に視線を走らせて手をにぎにぎしている姿が見えて何の感触を反芻しているか分かって無性に腹が立つので、見つけたら少し視線に殺気を込めるくらいで我慢している。
あ、びくっとしてこちらに気が付いたので、そのまま微笑んでみたらゲイズの顔色が変わって慌てて手をテーブルの下に下ろした。
随分とあのときの感触を楽しんでくれているみたいだが、お前、普通は王妃の胸を揉んだなんてことがバレたら、国王様からどんな沙汰が下るか分かってるんだろうな。俺に限って、下ることはまずないけど。
「セイラ。食休みが終わったら、魔法の修行を始めますよ。」
ミシュル、女教師が嵌まり役になってきたな。最近、言葉だけでなくて態度まで先生然としてきて、半年前まで高校の生徒だった俺としては、はい、先生、と言ってしまいそうで、使い魔なのに1つも使われてくれる様子が全然なくて、引率の先生みたいな役どころになっちゃっている。
まあ、俺はアスリーが戻ってくるまでの繋ぎだから仕方ないんだろうが。
そんなことを考えながら、はい、と返事をすると、よろしい、と言ってにっこりと頷かれた。
「あの、セイラさん。僕にも魔法を教えて欲しいんですが、無理でしょうか。」
ゲイズがステータスを提示しながら俺に頼んでくる。
魔法属性はないけれど少しだけ魔法関連のステータスが高くて、ああ、微妙だけれど、確かに魔法を覚えると何かの役に立ちそうではあるな。
「ゲイズさん。今はセイラの訓練中なので、また今度の機会にしてください。」
ミシュル、ありがと、と感謝の視線を向けるつもりだったが、その前に俺はミシュルに腕を掴まれて立ち上がらされて、訓練室へと連行された。
◇◆◇◆
魔法の訓練に使っている大きめの部屋に入ると、ミシュルが俺に忠告をしてくれた。
「セイラ、自分の望みとはと関係ない内容の他人の向上志向にいちいち関わっていると、自分の望みを叶える時間がなくなるわよ。できるときにできるなら聞いてやる、くらいのつもりで良いの。」
うん? 何だか随分と実感がこもっていて説得力があるな、使い魔に何か人の願いを叶えることがあったりしたのかな、と思ったが、アスリーさんとの間のことだろうと、すぐに思考を放棄した。
部屋の中央に置かれたテーブルセットの椅子に座ると、さて、と切り替えて魔法の修行に取りかかる。
今日は光魔法の訓練からだ。
光の特性を考えながら、身体や周囲に向けて汚れや澱んだものを浄化していくイメージを思い浮かべながら発動していくのだが、対象とするものをどう定義するかで思い浮かぶ汚れが変わっていくのが興味深い。
「セイラ。対象を変えることで見つかるものが変わってきていると思いますが、特に人の思いの場合、中には浄化しない方が良いものもあります。
何もかもを浄化すると情熱やこだわりが抜けて、熱の籠もらない人形のような人物になってしまうから気をつけてください。」
(え、浄化しない方が良いものがある? )
俺の訝しげな視線を受けて、ミシュルが微笑んで解説してくれる。
「そうね、その最たるものがセイラの中にあるから、確かめてみれば良いわ。」
ミシュルの指示に従い、自分の心の中にフィルターを幾つもかけて着色して対象を絞り、今の自分の身体や精神状態に抵抗する汚れを探してみると、かなり大きな汚れが見つかった。
圧倒的な清い流れの中で、少しずつ表面が剥がれてはいるものの、明らかな異物が黒い嫌な感じの粘る固まりとなって流れに止めようとそびえるように立ちはだかって、流れを取り込んでは吹き出して周囲を汚染して元のきれいな流れが広まるのを阻止している。
「何、あの気持ちの悪いの。ものすごい嫌悪と違和感を感じるし、さくっと浄化して捨ててしまいたいんだけど、あれを消去しちゃダメな理由は何なの? 」
俺の問いにミシュルが笑って答える。
「やっぱり相当な違和感があるのね。
それはね、セイラが男でいたいという執着心よ。
見て分かるように、女性の身体に影響されて女性化しようとしている霊体の抗いがたい流れに必死で抵抗しているの。
それを浄化して捨ててしまったら、きっとセイラはもう男性になりたいとは思わないわ。」
(おっと、それを捨てるなんてとんでもない! )
汚らしい、捨てちまえと考えていた思考を慌てて放棄して、思わずどこかで聞いたような台詞を吐きながら、その固まりをじっと見詰める。
「ねえ、ひょっとして、随分と小さくなってる? 」
黒い固まりがエリアの半分もないのを見て、思わず声が震えた。
「そうね。最初はそのエリアの全てがそれでできていたものね。」
「違和感が強いっていうことは、今の私の意識は女の方に寄っていってる? 」
「そういうことになるわね。汚れの固まりの中へ大きなパイプのようなものが通って、そこから出てきた時にはパイプの中を流れるものの色が変わっているでしょう?
あれがセイラが体や心から伝わってきた刺激や反応に男の反応を混ぜてフィードバックしているのだけれど、以前に比べると、色合いが随分と薄くなっているわね。
あのパイプがなくなれば、体や心から受けた女性としての反応が素直にセイラに顕れて、女性化は一気に加速するでしょうね。」
ずきりとした痛みが胸に刺さる。
(急がなきゃ。男の部分にこんなに違和感があるということは、もう随分と女性化が進んでる。早く男の身体を手に入れないと、大変なことになっちゃう。)
「ほら、集中して。セイラが早く今の身体から抜け出すためにも、魔法の修行を急ぐわよ。」
俺はミシュルの言葉に頷くと、魔法修行にこれまで以上の集中力を投じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
謁見の間でトールドは憔悴し疲れ切っていた。
ドルグ以外のレベル3,000を超える兵士2人を呼んで、ケイアナの婿にならないかと話を持ちかけたのだが、予想に反して2人とも恐れ多いと固辞した。
それならばと他の信頼している部下にも話をしてみたが、ケイアナの名前を聞いただけで顔色を青くして、ご容赦くださいと言うばかりだった。
トールドの中で、祖先がタールモアを王として戴くと言う誓いは不動のものだったので、王をケイアナとすれば、その配偶者である王配に誰がなろうが関係のない話だったのだが、部下たちはそうは取らずに謀反人と名指しされることを恐れた。
こんな状況ではケイアナを手籠めにしろと話を持ちかけることなどとてもできない。
他の貴族などにも声を掛けて、じっくりと探せば、俺が王配になっても良いと、誰か勇気のあるものが名乗り出てくるかもしれないが、それはケイアナが説得に応じたことを前提にしているだろう。
手籠めによってケイアナを屈服させることが前提となった話など、とてもではないが持ち掛けられる筋のものではない。
ケイアナを説得して、他の貴族にも念入りに根回しをする必要がある。
(だが、急がないとあの女が俺の手から逃げてしまうのだ。)
ついでの筈だったセイラへの対応が、今やトールドの中で一番の柱となっている。
セイラを確実に己のものとするために、ケイアナも手中にしなければならない。
(手中……? 手中というなら、俺がケイアナを直接手に入れれば良い。)
疲れ果てて一段高い領主の椅子に代理として座って、目を瞑って対策を練る箍の緩んだ思考の中で、トールドは思いつく。
(要はケイアナを王とすれば良いのだ、いっそケイアナも俺の妻としたらどうだろう。
王母に王妃を手に入れて己の妻とすれば、国から許されるものではない、俺が国王に取って代わる必要が出てくる。
戦争に夢中の国王の背後を突いて俺のものとなったケイアナとセイラとともに国を奪い、ダイカルを追撃して世界の王となり、世界の王たる俺がケイアナをテルガの王に任命する──
なんだ、できるじゃないか。)
疲れた頭が苦し紛れに生み出した、熱にうなされた妄想というべきものだが、それを後押しするものがあった。
「良い夢を見ているな。どれ、俺が力を貸してやろう。」
低いが、誑し込むような甘い男の声が響いて、目の前に暗色の外套を頭から被った男が空から滲み出るように現れた。
周囲の景色は妙にぼんやりとして現実感がない。
「お前の夢は面白い。どうだ、俺が力を与えてやるから、その夢を実現してみないか。」
(ああ、夢だ。どうも俺は疲れて寝てしまったらしい。)
夢を見ていると思ったトールドは、大胆な望みを口にする。
「力を貸す? お前にそんな力があるのならばやってみろ。
セイラとケイアナを俺の妻として、俺をこの国を簒奪する王にしてみせろ。」
「その願い、しかと受け取った! 」
男が外套のフードを外して、人ならざる骨格を所々晒しながら大雑把に覆う肉が生き物と言い難く、そこに埋もれている目の異質な禍々しさにトールドは悲鳴をあげたが、もう遅かった。
男はトールドのところまで駆け寄ると上から押さえ込み、椅子から立ち上がれないでいるトールドの身体へとじわじわと浸食を始めて同化していく。
異質なものが肉に同化していくおぞましい感覚にトールドは全力で抵抗したが、精々椅子がガタガタと揺れるだけの結果にしかならずに、中身のなくなった外套がだんだんとトールドの上で縮んでいき、そしてへたりと膝の上に外套が落ちる。
トールドはしばらくの間、合わない焦点を虚空へと向けていたが、やがて俯き、くぐもった笑いを響かせて唇を曲げた。
「よし。教会の司祭を幻術で操って、まずはケイアナとセイラの力を我が物としよう。
そしてこの国を手始めに、世界を切り取ってやる。」
窓の外で黒い影がそれを見守り、城の訓練室ではミシュルがぴくりと身じろぎして、来たか、と小さく呟いたが、それ以外に態度に出すことはせずに、変わることなくセイラへの魔法の訓練を継続した。
それでは皆様、良い年をお過ごしください。




