第4話 魔王妃の儀式会場へとドナドナされた
俺は10人にフルボッコされると青くなったが、考えてみたらアスリーさんは勇者でレベル7,000いくらと言っていた。かなり強いはずだ。魔王の加護なんか必要なかったんじゃないだろうか。
「あの、本人の強さと魔王の加護の関係って、どうなっているんですか。」
「ああ、アスリーは強いからね、アスリーが本能的に防御してしまったら魔王の加護は発動しない。そのこともあって、アスリーの強さを上回って魔王の加護を発動させてみせるって、今回の代表達は意気込んでいるんだ。」
(──その情報、今聞きたくなかったな。)
俺が難しい顔をしていると、ケイアナさんから援護の言葉が掛けられた。
「ダイカル、セイラさんを脅すんじゃありません。
あのね、私の夫のザカールはレベル4,351で、ダイカルの半分ほどしかなかったの。それでも私の魔王妃の儀式の時には大丈夫だったんだから、心配は要りませんよ。」
「お母様のお言葉を聞いて安心しました。レベル1なんて、生まれたての赤ん坊と一緒ですものね。」
「セイラさん、ボク、知ってるよ。赤ん坊は出産のときにお産の苦難を乗り越えて生まれてくるでしょ、生まれたときにはレベルを上げてて、大抵はレベル3くらいあるんです。
だから、この世界でレベル1はセイラさんだけだと思います。」
(──ジャガル君。だから、その情報、今要らないから。)
この世界では俺が最弱だと聞いて、世界一弱い人間になんてことをさせるんだと魔王を睨むと、ケイアナさんが溜め息を吐いた。
「ダイカル、ジャガル。もうちょっと優しくしてあげないと、セイラさんが愛想を尽かして逃げてしまうわよ。」
(いや、元から無理だから! )
俺は心の中で断言する。
それはそうと、とケイアナさんが話題を変える。
「これから魔王妃の儀式を迎えようというのに、セイラさんとダイカル様ではおかしいし、2人とも固いわね。
ダイカルは当然アスリーと呼ぶのでしょうが、セイラさんはダイカルのことをどう呼ぶのかしら。」
アスリーさんはどう呼んでいたかなと思い魔王を見ると、魔王は首を横に振った。
「アスリーは、魔王、と呼び捨てから始まりましたからね。今もそのままですよ。」
「あら、それは興醒めね。セイラさん、儀式でダイカルのことを呼ぶ何か良い呼び名はないかしら。」
俺に振るな、と言う思いを込めてケイアナさんへ、お母様はなんとお呼びになっていたのですか、と話を振ってみる。
「愛しい人。どう、セイラさん。ダイカルのこと、そう呼んでくださる? 」
俺は勢いよく首を横に振った。でも、何か必要と言われれば仕方がない。俺は自分が習った中から仲睦まじそうに聞こえる言葉を探し、自分に実感がない言葉だから良いかな、くらいのつもりで選ぶ。
「それなら、我が君、とでも。」
「──まあ素敵。これからはダイカルのことはそう呼んであげてね。」
俺の答えにケイアナさんが頬をうっすらと染めて喜び、魔王が真っ赤になった。
(──あれ、何かやっちゃったか? )
嫌な感じがしたが、口に出しちゃったものは仕方ない。
◇◆◇◆
胃もたれしそうな朝食会が終わり、俺はティムニアさんに連れられて、魔王妃の儀式のために衣装替えをすることになった。
そして、そこで始めて自分の姿を見ることになる。
「……アスリーさん、凄い美人ですね。」
アスリーさんは、はっきりした金髪に頬骨のややしっかりとした丸顔が理知的な雰囲気を醸している。
切れ長の目には濃いサファイアのような緑がかったブルーの瞳とすっと通ってやや丸みを帯びた鼻が可愛らしく、口は小さく薄い。眉毛はやや上がり目に弧を描いて、知性的な印象を更に高いものにしている。
そして、体格はすらりとしているが、胸の膨らみは見蕩れるほど豊かで、8頭身か9頭身はありそうなモデル体型をしている。
「体は同じなのに不思議ですね、アスリー様の時は、凜々しい美人という感じだったのに、セイラ様になってから、ふんわりと優しい面差しになられて。人って、幽体が違うとこんなにも印象が変わるんですね。」
アスリーさんは勇者だから凜々しいのは仕方がない。でも、自分がふんわりと優しいと言われて、それって優柔不断な世間知らずってことだよなー、と俺は凹んだ。
まあ、世間知らずなのも流されてるのも事実なんだけど……。
考えていると、ふと視界に黒いものが映った。
黒い、猫。この世界にも猫はいるんだ。思わず笑顔になるが、猫はすぐにどこかへ行ってしまった。
その間にもティムニアさんとあと2人のメイドさんに着替えをさせられている。
話に聞いたことがあるコルセットのようなものはなかったが、それでも晴れの日の正装だ、体型を強調するための少し窮屈な下着もあって、締め付けられて何度かぐえっと声が漏れた。
着替えが終わって自分の姿を見る。
純白のドレスのスカート部分から胴に掛けて黒い大きな縁取りが花の模様のように縫い付けられていて、その所々から赤い色が顔を出して、胸元から袖に掛けては細かい赤いレースが覆っている。
豪華なドレスから覗くアスリーさんの顔は初々しい花嫁そのものだ。
(こんな綺麗な人を妻にもらうって、羨ましいなー。)
そう考えた後に、その綺麗な人が自分で、これから大勢の前で魔王と新婚夫婦の振りをするいう事実にまた落ち込む。
(ええい、くそっ。もうオートモードに丸投げする。俺は知らんっ。)
オートモードで取った行動の全ては自分に返ってくる以上、もちろん知らないなんて訳にいかないと思い知るのは、このすぐ後のことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
魔王の居城──ガルテム城というそうだ──のバルコニーへと出ると一面の人で埋まっていた。国王様ーっ、ダイカル様万歳、などと声が飛び交う中、ファンファーレが鳴る。
「国王夫妻のお出ましであるっ! 」
大きな声にしんと周りが静まる中、俺は魔王の肘へ手を掛けてバルコニーに設えられた謁見所から見下ろす。
人の波に俺はビビっていたが、オートモードをオンにして、意識の焦点を魔王に向けると、俺の体はびくともせず、魔王がこうあって欲しいという希望に沿って、微笑みを浮かべてゆったりと左手で国民へと手を振っている。
「我が民よ! 昨日の結婚式に続き、今日はアスリーに魔王妃の称号が与えられたことを皆に披露する。」
魔王が声を張り挨拶をすると、俺が手を掛けた左肘から俺の手を取って国民の前へと誘った。
俺は微笑みを浮かべると1人国民の前に立ち、魔王妃としての挨拶をする。
「ガルテム王国の皆さん、私は我が君ダイカルと結婚して魔王妃の称号を無事に得ることとなりました。これからは愛する我が君とともにガルテム王国の繁栄に尽くしたいと思います。」
俺の心臓はバクバクと早鐘のように打ち続け、自分が何を話しているのかも理解していない有様だったが、オートモードはお構いなしだ。
ついと右腕を魔王へと伸ばすと魔王が手を取って横に並び、俺の胴へと腕を回す。俺は魔王の腕の中で向きを変えると魔王に抱き寄せられ、顔を上向きにして目を瞑り……待った、ちょっと待てっ、と叫ぶ俺の心を無視して、衆人環視の中で俺は魔王とキスをした。
魔王の胸に体を預けて幸せそうに微笑むアスリーさんは絵になるだろう。
しかし、アスリーさんを演じている俺の心はボロボロだった。
(逃げてやる、絶対にここから逃げてやる。)
涙目で俺は誓うが、国民からは喜びに感極まったとしか見えておらず、後々まで語り継がれてしまったことを後日に知って、俺は愕然とすることになる。
◇◆◇◆
一頻りの歓声が収まると、俺たちは儀式の会場へと移動した。
俺たちを中心に割れる人混みの中を魔王と腕を組んで周りににこやかに手を振りながら進み、会場が近づくにつれ、俺はもう止めて帰りたくなっていた。
土盛りをして一段高くなった魔王妃の儀式の会場には、すでに10人の人間が並んで待っているのだが、皆、明らかに普通の人よりも一回りも二回りも大きい。
「あの、あの方達って魔王妃の儀式のために選ばれた方々ですわよね。どういう仕事をしている方達なんでしょうか。」
俺が魔王に身を寄せて囁くと、魔王が耳元で囁き返す。
「魔王妃の検証役として、城から選ばれた5人は近衛や騎士、民間から選ばれた5人は冒険者、いずれも我が国の選り抜きです。」
俺はパクパクと口を開くが驚きで声が出ない。騎士や冒険者って、ドラゴンや魔王を討伐したりする人達なのでは。
(あ、魔王はここにいるか、ならば俺は魔王前の中ボス? 魔王討伐の直前に邪魔な一手間を掛けさせる存在感だけの、一方的にやられるやつだ。嫌な役回りだなー。)
現実逃避をしている間にも会場は近づいてくる。だんだんと観衆との距離が狭まって、ついに会場へと到達した。ひときわ観衆の声が高くなる。
(アスリーさんの身長はどれくらいなんだろう。160センチと考えて、全員、2メートル以上あるんじゃないか、この人達。)
身長差から来る威圧感がすごい。
「では、これより魔王妃の議を執り行う! 」
会場の一角から声が掛かり、観衆が沸く。
俺は魔王から手を離して、10人の検証役へ微笑んでみせる。
あー、オートモードをオフにして、もう今すぐ逃げ出したい。