第36話 舞台の裏側。お手っ! わんっ!
投稿時間ですが、18時を基本としつつ、しばらく不定期にします。
理由は先日この欄もちらと書きましたが、定時の投稿を終えると義務を果たした気になって、次話の取りかかりが遅くなるものですから。
ご迷惑をおかけします。
「ウォーガルさん、あなたこの結果、最初から予想してましたよね? 」
ウォーガルさんは、俺の質問にたじろいだ。
視線を泳がせて、あーあー、としばらく唸った後、頭を下げた。
「すみません!
初日、新人冒険者たちがあなたたちに狼藉を働いて、半殺しにされて帰ってくると思ってました。
ところが、事件が起こりもせずに新人冒険者たちがあなたたちに懐いてしまったので、今度はあなたたちを外せなくなって、無理じゃないかと思いながら他の冒険者を護衛に充てたんです。」
狼藉って……ああ。
バレットウルフが襲ってくる前のねっとりとした変な空気、それだったのか。
襲ってきてたら……まあ、俺と母様は魔王の加護が立ち上がるだろうが、ティルクが危ない。半殺しか局部的に全殺しだな、潰してやる。
でも、なんでそれを止めて、あんなに親切になったんだろう。
率直に聞いてみた。
「冒険者にも少ないけれど、美人はいるんです。でも、冒険者ですから、荒くれ者ばかりで、ヘタなことをすると殺されます。
でも、あなたたちは上流階級の匂いがして、言わば高嶺の花なんですよ。その高嶺の花が嫌なそぶりも見せずに一緒に居てくれて、自分達より圧倒的に強いのに優しくしてくれる。
で、野犬が飼い犬になっちゃったと、私は思っています。」
酷い言い分だが、言わんとすることは何となく分かる。
年は14、15歳くらいで若い割に随分と可愛くないのばかりだが。
ティルクはと見ると、真っ赤になってあわあわとしている。まあ、森から出てきて高嶺の花と言われて、まさかと照れているのだろう。
でもまあ、新人冒険者たちが懐いてくれているのなら仕方が無い、不承不承頷いて、分かりました、これからここに居る間は新人冒険者の面倒を見れば良いんですね、と相づちを打った。
それから、ふと思いついて提案をしてみる。
「”落雷の轟き”の人たちなら手伝ってくれると思いますが、彼らはまだ来ませんか。」
「まだです。私も彼らのことは調べてみましたが、彼らも新人冒険者でしょう? 役に立たないでしょう。」
ウォーガルさんの言葉で、彼らが森に入ったときにはレベルが120くらいだったことを思い出した。
「彼ら、今はレベル600くらいありますよ。」
俺の説明をウォーガルさんは初めは信じなかったのだが、一緒に訓練をして、別れるときにはレベル600くらいになっていたと話すと、半信半疑、分かりましたと受け容れ、彼らが到着したら新人冒険者のサポートを頼んでみると言ってくれた。
これで落ち着いて護衛ができる。
俺はティルクと顔を見合わせてほっとして、ウォーガルさんに暇を告げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おう、ヴァルスじゃないか。どうした。」
俺たちが最近拠点にしている酒場にヴァルスが冴えない顔でやって来た。
「おう、キューダか。それがな、元冒険者の武器屋のタンガさんがいるだろ。
周りに聞こえないと思って俺たちが姫さんたちの話をしていたら、タンガさんに、”戦姫”とは懐かしい名前だな、と言って声を掛けられたんだ。
それで、懐かしいって何ですか、って聞いたらさ、戦姫と言ったらタールモアの姫様に決まっているだろう、って言われちゃったんだよ。」
「え? タールモアの姫様って、王太后様のことか?
うわあ、それは拙いなあ。
俺たちが勝手に付けたとは言え、アリーダさんに王太后様と同じ二つ名を付けたら、俺たちが生まれる前のことで知りませんでしたは通用しないで叱られるよなあ。
どうする? 今夜にでもみんなに説明して、アリーダさんの新しい二つ名を考えるか? 」
ヴァルスと2人でそれしかないか、と落ち込んでいるところへ、今度はマイスが慌てた様子で飛び込んできた。
「キューダ、大変だ。さっき、ウォーガルさんが窓口の担当と話をしているのを横で聞いていたんだが、姫さんたちの知り合いとかいう奴らが間もなく来るらしい。
しかも、そいつらレベル600を超えているらしいんだが、つい数週間前まで俺たちと同じ黄札だったらしいんだ。」
「何だって! 」
俺は思わず立ち上がっていた。
姫さんたちの知り合いというのは堪らなく羨ましいし悔しいが、そいつらが数週間前まで俺たちと同じF級だったというのは聞き捨てがならない。
数週間でそんなにレベルが上げられて、俺たちが今みたいな護衛対象じゃなくて姫さんたちと並んで行動ができるんなら、きっと姫さんたちも俺たちのことを単なる顔見知り以上の位置で認めてくれる。
まあ、あり得ない話だが、姫さんたちの知り合いだというだけで、そいつらのことはチェックしておく必要がある。
「おい、みんなに声を掛けて、冒険者ギルドで張り込もう。」
俺たちはアリーダさんの二つ名のことは取りあえず置いて、早速冒険者ギルドで交代で張り込みを始めた。
◇◆◇◆
「おい、見えたぞ、テルガの町だ。」
俺は魔獣の血に塗れた腕を上げて町を指さして、仲間に知らせた。
10日ほど前にケイアナさんたちと別れて、自分達だけで戦ってみて、これまでケイアナさんたちが陰からどれだけ支援をしてくれていたのかが、身に染みて分かった。
まず、魔獣が来たと知らせてくれる者がいない。
絶えず緊張して周りを見回して、襲ってくるヤツがいないのかを確かめる日常は、精神を確実に磨り潰した。
その緊張は物がよく見えない夜に最高潮に達して、魔獣に寝込みを襲われないよう順番に2人ずつで夜番に付いたが、非番の者も大丈夫だろうかと不安で夜も眠れない日が続いた。
日中は誰かにゆっくりと食事を作ってもらう余裕もなく、粗く解体した魔獣に手早く塩を塗した生煮えの肉に齧り付く。
それでもケイアナさんのお陰で実力だけは間違いなく付いていて、襲いかかる魔獣たちと戦いながらここまで辿り着くことができた。
テルガが近くなってから手持ちの金がほとんどないことを思い出して、倒した魔獣の何体かから慌てて魔石を穿り出して、町で金に換えようと血や脂まみれのまま袋に突っ込んで、僅か20個ほどだが集めた。
早く町に入ってこれを換金して、たらふく食って、屋根と風呂のあるところでゆっくりと眠りたい。
そんな俺たちの気の焦りを見透かしてあざ笑うかの様に、また魔獣の群れが襲ってきた。
俺たちがテルガの町に辿り着いたのは、日も傾いてからだった。
リーラがケイアナさんから回復魔法の訓練を受けていなかったら、テルガの手前で力尽きていただろう。俺たちは体は五体満足だが、着ている物や防具の類いはもう汚れてボロボロだった。
ケイアナさんたち、なんで防具も着けてないのにいつも清潔な服を着ていたんだろう、それが実力の差かと笑いがこみ上げながら歩く。
ふと気付くと、冒険者ギルドの前で数人の男達に囲まれていた。
「君たちなんだい。退いてくれないかな。」
男達は全員が黄札だ。俺たちも黄札だが、冒険者ギルドでステータスを見せれば赤札になる。2ランクの差は天と地の差がある。こいつらは俺たちの敵にはなれない。
「あんたたち、”落雷の轟き”だな。」
俺は首を傾げた。
俺たちは黄札だった。こんなところに俺たちのパーティ名を知っているヤツなんかいない筈なんだが。
「あんたたちが姫さんたちの知り合いだというのは本当か。」
(ああ、ケイアナさんがもう来ているのか。
だけど、姫さん? あの人、身元がバレると拙いと言っていたはずなのに、なんでこんなやつがケイアナさんの身元を知っているんだ? )
「ま、舞姫さんとは、どんな関係だっ。」
(舞姫……セイラさんか。こいつ、セイラさんに相当惚れているな、やっかいな。)
横から口を挟んだ男を見て、思わず哀れみの笑いが出た。
セイラさんは魔王妃の称号を持っている。形の上では国王様の妻なのだ。
「何だてめえ、その薄ら笑いは。お前みたいなヤツが舞姫さんと……。」
待て、と先頭の男が周りを止めた。
「あんたら、黄札を下げているが、今、レベル600だっていうのは本当か。」
ああ、と答えると、目に力を込めて、どうやってレベルを上げた、と聞いてきた。
その目に籠もる羨望の光は俺にはよく分かる。森の中で、ケイアナさんやセイラさんに対して俺たちが何度も向けた光だからだ。
「あの人たちの指導を死ぬ気で受けたからだ。」
だから俺は正直に答えた。
「なら、なんで途中で別れた。」
「俺たちが勝手な夢を見て、見放されたからだ。」
こいつらの目は真剣だ。俺は話せる範囲で嘘を吐かなかった。
男達はじっとこちらを見詰めて、やがて頭を下げて帰って行った。
(あいつら、何か必死に足掻いているな。)
何を考えてのことかは分からないが、彼らが必死で強さを求めていることは分かった。
真剣な眼差しに真正面から答えてしまって、何故か彼らとは長い付き合いになる様な気がした。
それから踵を返して冒険者ギルドヘと入り、まず依頼窓口の受付カウンターへ行った俺たちは、頼まれ物がある、と窓口の担当者から聞いて首を傾げた。
そして、毛皮や牙やたくさんの魔石とメモを渡されて固まった。
メモには、”これは森でのあなたたちの取り分だ”と書いてあり、渡し主のパーティ名”母娘の絆”4人の名前が列挙してあり、ティルクさん以外の他の3人について、誰が誰だか大体の推測が付いた。
ケイアナさん改めアリーダさんの配慮と優しさに涙汲みながら換金と口座作成をお願いしているところへ、話を聞きたいと副ギルド長という人が来て個室に呼び込まれることになった。
初めてのギルドの偉い人との対面に俺たちは緊張しながらもケイアナさんたちの身元と目的については隠し通し、新しい赤い認識票と翌日からのセイラさんたちとの共同依頼を引き受けて、なんとか宿に辿り着いて一息を付けることになったのは、夜も大分更けてからのことだった、




