第32話 違う、そうじゃない
落雷の轟きの人達が何故あんなに目をキラキラさせていたのか、その理由は翌朝の朝食のときに分かった。
「セイラさん。神使でありながら、我が国の国王様に降嫁してくださり、本当にありがとうございます。」
(は? 紳士で校歌? )
何のことか分からずにきょとんとしている俺に、カウスさんは感激した表情でなおも言う。
「神の使いが国王様の妻ともなれば、ガルテム王国の行動の正当性が誰に対しても主張できる。
それだけじゃなくて、セイラさんに鍛えてもらって神の力の一端を手に入れれば、俺たちも神軍の中核を担う一員として思う存分活躍することができるんだ! 」
カウスさんの考えていることに俺は唖然とした。
俺が神の使いでアスリーさんの体に転移したのは、ガルテム王国の国王であるダイカルの妻になるためだ。
それは、ガルテム王国が神によって行動の正当性を認められているからだ。
そして神の使いである俺から技を教われば、神の力を分けてもらったことになって、カウスさんたちは神の寵愛を受けた者として中核的な立場で行動できる。
カウスさんたちの考えは、非常に分かり易くかつ説得力があって、自分達に都合が良いものだ。
しかしその前提において俺を神の使いで国王の妻でもあると決めつけて、俺に全ての義務と責任を負わせている。
「違います。女神様の説明でも……」
女神様は何と言った?
女神様が俺に関わったために使命を負った?
うぐ、使命を負ってしまったのは否定できないが、神の使いとは言われていない。
しかもアスリーさんの体に転移したことについては、女性の体に転移させることしかできなかった、としか言わなかったはずだ。
「私がアスリーさんの体に転移したことに必然性があるような説明は受けていません。たまたまアスリーさんの幽体が抜けた直後だったタイミングだけの問題の筈です。
あのまま転移すると私をこの世界に案内する女神様の役割が果たせないので、やむを得ず女神様が人の世界に干渉したことから、今起こっている問題に関わる使命を負うことになったとは説明されたのは事実ですが、何らかの方向性や具体的な任務・指示を受けた訳でもありません。
私が神使であるという説明も受けていないのですから、女神様の意向を自分達の都合の良いように過大に喧伝するのは良くないと思います。」
俺のたどたどしい主張に対して、カウスさんは、いや、同じ事でしょ、誰でもそう考えますよ、と受け流して取り合おうとしない。
尚も俺が向きになって説明しようとしていると、母様が俺と落雷の轟きのメンバーの間へと割り込んできた。
「あなたたちはもう実力も付いたでしょう。ここからゴルラなり王都なりへと好きなところへ行きなさい。ただし、セイラのことや今回のことについて口外することは禁止します。
もし、口外するというのなら……。」
母様から殺気が溢れ出す。
カウスさんは慌てて母様を宥めに掛かった。
「王太后様。俺たちは国や人間全体に降り懸かる戦いの役に立ちたいと思っているのにそれは酷い。俺たちはただ「自分達が英雄になるためにセイラを売って利用したい。違うかい。」」
母様の語調は厳しかった。カウスさんが黙り込む。
「聞こえの良い大義名分を作って、セイラをその生け贄にして自分達が良い思いをしたい。あんたが言っているのはそういうことだ。
それならば、私はセイラに害が及ばないように、あんたたちをここで始末する必要がある。
さっきの台詞と遣り取りを聞いた以上、もう元へは戻れないよ。
さあ、ここで死ぬか、黙っていることを誓ってどこかへ行くか、自分達で選ぶんだ。」
カウスさんは許しを請おうと何度も頭を下げて母様に頼み込んだが、母様の怒りは膨れ上がるばかりだった。とうとう耐えられないまでの殺気をぶつけられて、カウスさんは膝を付いて誓った。
「だ、誰にも今回のことを口外することはないと誓います。
俺たちは王都に行かずに獣人の国へ行って、王太后様たちの何かの役に立つ方法を模索します。
そして重要な何かを掴んだ場合には王太后様たちを探してご報告に上がりますから。
そ、その際の面会だけは許可してください、良いですよね。」
母様は尚もカウスさんを睨み付けていたが、必死でそれだけを言うと母様の前でひれ伏したままそれ以上を口にしないカウスさんに、母様はようやく殺気を鎮めると、良いだろう、とひと言を言い、さあ、行きな、と落雷の轟きの4人へ出発を促した。
のろのろと立ち上がった落雷の轟きのメンバーたちは、荷物の片付けを始め、やがて出発準備が整うと勢揃いしてぺこりと頭を下げて去って行った。
女神様から、せっかく新しい力をもらったのに、むしろそのせいで、ともに戦う仲間が減ってしまった。
がっくりと肩を落とす俺に対して母様は俺の頭を撫でながら励ましてくれる。
「気にする必要はないわ。むしろ今回のことを切っ掛けに目が覚めて、彼らの利己的な心が納まるのなら、回り回って大きな力になるわよ。
彼らの精神鍛錬のために必要な別れなんだと思いましょう。」
立身出世がしたいという気持ちは誰もが持つもので、それを抑えて地道に必要な役割を果たすなんて、すごく難しいことだろう。
俺だって、女の体になってしまって男に戻る邪魔になると思わなければ、活躍することを考えたかもしれない。
落雷の轟きの人たちについても、母様の言うとおりなのかもしれない、そうなれば良いなと願いながら頷くと、ティルクが横から顔を出して、まだ私がいますよ、と笑いかけてくれる。
そうだ、まだ始まったばかりだし、戦力が減って一番辛いのは母様の筈なんだし、むしろ俺が慰めなくちゃ、と笑顔を作って2人に笑いかけると、母様が今日初めて本当に嬉しそうな顔をした。
◇◆◇◆
落雷の轟きの人たちが去って、残った3人で女神リーアから聞いた話を検討していて、女神様が去った後に女神像を拭いた話をして布を取り出してみると、キラキラと輝いていた。
「うわあ、きれい。」
ティルクが思わず声を漏らし、母様が俺の背中をバン、と叩いて褒めてきた。
「女神様が顕現された後の女神像で聖水を浄化して布に染み込ませるなんて、やるじゃない!
聖布と言ってね、少々の怪我ならこれで拭うだけで回復するのよ。」
え?、聖水?、といって水筒を出して水を手に溢してみると、確かに水もキラキラと輝いていた。
途中で1回飲んで疲れが取れたような気がしたのは、気のせいじゃなかったんだ。
「それは腐らないから、大事に取っておくとして……え?、口を付けたの? 」
とたんに母様が難しい顔をした。
「水は口を付けると痛むのが早くなるからね。仕方がない、今日の訓練の途中にでもみんなで分けて飲もうか。」
了解して、ティルクに、必要ならいつでも言ってね、と言うと、ティルクが何だか頬をうっすらと染めている。
姉様と間接キス……という台詞が聞こえたので、可愛いことを言ってるなと思って、
「毎晩のように私の胸に顔を埋めながら抱き付いて寝てるくせに。間接キスとか、今さらよ。」
と茶化すと、ティルクが真っ赤になった。
「あ、あれは、その、無意識で、姉様のはボリュームがあるから、えっと、た、たぶん母さんと間違えて……」
あわあわと言っているのが純情で可愛い。純情で思い出して、さらに揶揄ってみた。
「そんな純情だと、ゴブリンに全裸で囲まれたら逃げられなくてお嫁さんにされちゃうんだから。」
「セイラちゃん、ゴブリン族なんかよく知ってた……ああ、さては今日、ゴブリンに会ったわね。」
母様の突っ込みに、あ、バレた?、と笑うと、ティルクが喰い付いた。
「姉様、ゴブリンにプロポーズされたの?
ねえ、ゴブリンのプロポーズって、噂どおりなの? 大きかった? 」
ティルクの目がキラキラと輝いている。
(こらこら、年頃の女の子が…ああ、今、ここにいるのは女だけなのか。)
改めて気が付いた。どうやら俺はガールズトーク赤裸々版の扉を自分で開いてしまったようだ。
肩を落とす俺に、母様が含み笑いをしながら追撃を掛ける。
「まあ、嫁入り前の娘があんまり直に見ることもないし、セイラちゃん、詳しく説明して上げたら? 」
母様の援護射撃を受けて、目を一層キラキラと輝かせるティルクに俺は絶句した。
少女に詳しく話せって、母様、それ、犯罪ですよ。
ゴブリンを相手にするより辛いんだけど。
それでも何とか、プロポーズの形式や、問題箇所の大きさやそれをさらに大きくされたこと、どうやって断ったかなどを、ティルクへとひととおり説明し終わると、最後にティルクに止めを刺された。
「姉様、すごく良く観察してる。私だったら動揺してそこまで詳しく観察できないもの、姉様はお年頃だけあって、やっぱり興味があるのね。」
違う、そうじゃない!
ティルク、その、分かっちゃったという納得顔、止めて。
母様、笑いを堪えてすごい顔になってます。
長い朝の団らんが終わって、ティルクと2人で食後の洗い物をしていたら、ティルクが頬を紅潮させてキラキラと潤んだ瞳を向けてきて、姉様。今度、色々と教えてね、そう囁くと、きゃっと言って走って逃げていった。
ほら見ろ、ティルクにすっかりえっちな人と思われちゃってるじゃないか。
あそこでゴブリンのことを詳しく説明するよう煽った母様のせいだからね。




