第30話 1人で初めてのお使い。出た、ゴブリン!!
遅くなりました。
第28話で、”ユルア”の名前の半数ほどが間違えて”ユリア”となっていたので訂正しました。
第29話で、ヴォルテックスベアを”両断した”としていましたが、”腹を一気に切り裂いた”に訂正しました。
森を魔法の訓練をしながら歩いていると、ティルクがちょっと待って、と制止の声を掛けてきて、どうしたのかと見ると、ティルクの指さす方に鬼人族の中年の男性が立っているのが見えた。
ティルクによると、恐らくこの辺りを住処にしている鬼人族だというので、何か情報が聞けるかもしれないと男性が近寄ってくるのを待った。
男性は武器を持ち替えて下へ下ろし、右手を上げて敵意のないことを示しながらやってきて挨拶をし、母様が代表で挨拶を返した。
相手はざっくばらんな態度で、シャザだと自分の名前を名乗った後に、興味深げに旅の目的を聞いてきたので、母様もそれぞれのメンバーの紹介をして、テルガへ向けて移動している途中だと説明して、追加でティルクが自分の目的を説明する。
「私は獣人の国の森の様子を調べてくるよう父さんに言われて、この人たちに同行させてもらっているんです。
この辺の魔獣が少し前より随分強くなっていると、仲間からさっき聞いたんですけど、この辺りでは獣人の国の影響が出ているということなんでしょうか。」
「それはご苦労だな。そうなんだよ、つい半月ほど前からこれまでいなかった魔獣が現れるようになった。まだ俺の手に負える範囲だが、近隣にはそうでもない家もあってな、被害が出る前に何か対策をしなくちゃならんと思っていたところなんだ。」
半月、とティルクが繰り返して呟き、シャザさんに尋ねる。
「半月でどれくらいの魔獣が来たんでしょう。」
「それがなあ、少なくとも数百匹規模できている。俺たちも最初は戦って撃退していたんだが、明らかにこの辺りを縄張りにして住み着くには多すぎる数が来ているからな、通り過ぎる奴らは放っておいて居着こうとする奴らだけを狩っているのが現状なんだ。」
広がっているんだ、とティルクが呟いて考え込んでいる。この状況が半月前から続いているのなら、間もなくティルクの家の辺りまでやってくると考えているのだろう。近隣は小さい子どもが多いと言っていたから、兄弟や子どもの心配をしているのかな、と俺はティルクがどうするのか見ていた。
「ティルクちゃん、だったか。魔獣が来ている最新情報は、鬼人族の連絡網で家の方には伝わっているはずだ。家や近隣の安全性に心配がないなら、このこと自体を伝えに戻る必要はないと思うぞ。」
ティルクはほっとした様子で、そうですか、なら旅を続けます、と答える。
「おう、気をつけてな。もし魔獣の移動が落ち着いて、その気があれば今度は見合いに来い。この辺は年頃の男が多くて、連れ合いを探し始めているんだ。」
ティルクが顔を赤くして、あはは、と照れているのを嬉しそうに見た後で、シャザさんは母様に向き直った。
「ケイアナさん、あなたの強さを見るに、聞いてもらえるかもしれないと思って頼むんだが、進行方向とは少しズレるが、この方向に少し大きな祠があるんだ。今の教会の原宗教の時代に建てられたものらしいんだが、この地域の信仰の中心でな。人は住んでいないので大丈夫だと思うが、魔獣のねぐらにでもされると拙い。様子を見ておいてもらえないだろうか。」
私?、と問う母様に、ああ、ケイアナさんだろ?、とシャザさんがにこりとする。
ああ、鬼人族の人達、みんな母様がどういう人か知ってるんだ、と母様の結婚以前のことを聞いてみたくなった。
「セイラ、行けるね? 」
「は、はいっ! 」
だが、俺の心は母様に読まれていたようだ。
うーん、これは正面から聞かないとダメかなあ、と思いながら、母様の指示を聞く。
「私たちはこのまま行くから、1人で行っておいで。」
え? 俺が首を傾げていると、母様が意味ありげな笑いを浮かべて言う。
「その祠はね、本来1人でいくものなの。強さを確かめるちょうど良い機会だから、セイラ1人で行っておいで。」
よく分からないが、母様の言いつけ従ってシャザさんから行き方を聞いて、母様と合流の仕方──それらしい方向に行けばミッシュが見つける──を聞いて、1人で行くことにした。
◇◆◇◆
祠への道中は、けっこう魔獣がでた。
やはり1人だと狙われやすいのだろう、アギラオオカミを3,4割大きくした狼がでて、これがアギラオオカミと一緒で一頭が仲間を呼んで延々と襲ってくる。
5頭に囲まれようとしている最中に10頭近くの集団が新たに来るのが見えて、頭に来て特大の風魔法をぶっ放した。
それからはだんだんと集まる数が減って、名前も知らない狼を80頭ほども倒したときには疲れ果てて、丁度あった倒木に座って一息を付いていた。
水筒を出して水を飲んでいると、どこからか人の話し声がする。
やがて、おおーい、いたぞ、こっちだ、という声に呼ばれて、合計で5人ほどの若い男が集まってきた。
みんな身長が高くて、恐らく一番小さい人で185センチは超えているんじゃないだろうか、その5人がニコニコとしながら近寄ってくる。
「おお、これは別嬪さんだ。いやあ、女の人がこんなところでお一人で心細かったでしょう、無事で良かった。」
後ろでゴロゴロと転がっている狼の死体が彼らは目に入っていないのかな。
不思議に思っていると、では、と言って、男達が服を脱ぎ始める。
女(の体)一人を取り囲んで、いきなり全裸になる男達に、すわ事件か、と身構えていると、先頭にいた男がにこやかに自己紹介をする。
「いや、お嬢さん、身構えなくても大丈夫。俺たちゴブリンだから。
え、知らない?
女性には紳士的に肉体を吟味してもらって、納得尽くで多夫一婦制で結婚するのが俺たち種族の特性なんだ。」
(こ、この世界でゴブリンって、人間枠! )
ゴブリンって、小さくて醜悪な魔物のイメージだったので、そのことに驚いたが、やっていることは変わらないように見える。
どうでも良いから、目の前で筋肉を俺に誇示するな。
そして貴様ら、その揃いも揃って立派なものを俺に見せるな。
大きくするんじゃないっ!
「どうだい。5人もいると、顔も体格も性格もいろいろだから、きっと君の気に入るタイプがいると思うよ。
浮気もしないで君だけをいつでも愛で満たしてあげるし、子だくさんで充実した人生が送れることは保証する。俺たちと結婚してよ。」
おい、お前。
すごい良い笑顔だけど、見せつけるなと言ってるだろうがっ!!
手が触れるほどの距離でぐるりと囲まれて見せつけられた俺が、怒りで顔を真っ赤にしているのを、もう、純情だな、恥ずかしがっちゃって、可愛い、とか言っているので、
「今すぐに服を着ないと、それ、切り落とします! 」
と俺が剣に手を当てたのを見て、男達は残念そうな顔ですんなりと引き下がった。
「あなたとだったら良い人生が送れそうだったのに、残念です。」
男達は服を着ると、先ほどのことが普通の行為だったように爽やかに笑顔を見せて帰って行った。
た、確かに結果だけを見れば紳士的ではあった。
だが、人気のない森の中で女1人を大勢の男が取り囲んで全裸で結婚を迫るのは犯罪だと思う。
後で聞いたところだと、彼らは多夫一婦制であることと特殊なプロポーズの仕方以外は、至極真っ当な種族らしい。
その特殊なプロポーズに呑まれて呆然と頷いてしまう女性もいるらしいが、結婚式までに女性の家族等も交えて話し合いをするので、後できちんとフォローされて、無理矢理なことはしないそうだ。
そして、彼らは妻と家族を大事にして甲斐甲斐しいらしい。
”ゴブリンのように尽くす”とは、女性から言われる場合は大体が夫への賛辞だとも聞いた。
でも、あの全裸で男達に囲まれる光景……。
トラウマになる女性もいたり、ゴブリンの立派なものと比較されて不幸な境遇に陥る旦那さんも時々いるので、一部からは強い恨みを抱かれているのだとか。
だが、彼らは数少ない結婚の機会を多夫一婦制によって配偶者を得るチャンスを増やし、そして多産で数を揃えるため、数を減らすことがないんだとか。
まあ、俺には関係な……男に戻ったときに、サイズの問題でコンプレックスに陥ったりしないだろうな。
心配になってきた。
◇◆◇◆
呆然とするひとときが過ぎて、俺は祠への訪問を再開した。
シャザさんの話だと、祠は相当に昔の古跡のようなものな存在らしいが、今も崩れることもなく森の中に建ち続けているそうで、今の教会──世界の大宗である宗教であるために、単に教会と呼称するらしい──の元になる宗教の時代の遺跡で、この周辺の住人は現在の宗教と区別することなく信仰しているのだそうだ。
祠に行くに当たって俺が教えてもらったのは、祠の歴史的な位置づけともう一つ、教義が今の宗教になる前の神話を伝えていて、女神リーアの他にもう一柱、男神がいたという話を伝えているということだった。
祠へ進むにつれて何故か魔獣の姿が少なくなり、30分ほど前から魔獣どころか中型以上の動物の気配も感じなくなり、閑と静まりかえった一角にその祠はあった。
小鳥の声が響く静寂な空間に石を積み上げられて作られた祠は苔むしてはいるが荒れてはおらず、いつからあるのか分からない落ち着いた存在感を醸してそこにあった。
俺は深呼吸をして祠に目礼して扉に手を掛け、祠の中へと入っていった。




