第26話 チート? 流す汗と涙の量を見てから言ってよね
遅くなりました。
なお、前話で昼食が2回出てきます。
2回目は当然ながら夕食に変更させていただきました。
今晩からはテントの中では母様とティルクと俺との3人が寝ることになった。並ぶ順番は昨日のとおり、母様、ティルク、俺の順で川の字。
この辺りではミッシュの結界を破れるような魔獣はいないということで、一応は火の側でミッシュが夜番をしてくれている体裁になっているが、何かを感じれば起きるというだけで、事実上夜番はいない。
だが、もう少し進むと強い魔獣が増え始めて交代で夜番が必要になるそうで、ちょうど全員のレベルが150を超えそうな頃合いなので、その時には持ち回りでやることになっている。
カウスさんは、王太后様に夜番なんて、と固辞していたが、そこは全員対等の立場だと母様が主張して押し切った。
ティルクはこれまで近隣の子どもたちのお姉さん役を務めてきたせいで、お姉さん振るのには慣れていても妹扱いされるのは初めてで、母様と俺から可愛がられるのに戸惑いを隠せないようだ。
今も寝床で母様と俺の両側から体を寄せられ撫でられて、あわあわと言いながら眠りに就いた。
◇◆◇◆
夜が明けて、今日は落雷の轟きの面々が元気だ。
今日中にカウスさんがレベル130に達し、マライさんもほぼ130になる見込みということで、母様から、明日からは俺たちと同じように魔獣狩りをメインにするという話になったからだ。
すると、現金なもので、マライさんなどは今日中にレベル130になりたいと、自分から寸暇を惜しんで訓練をしている。
そんな平和な雰囲気の中、ついやらかしてしまったのが俺だ。
リーラが魔法を打つ練習をしているのを見て、俺も魔力は高いのに何とかならないかな、とついオートモードで焦点をリーラに合わせて動作を真似ていたら、リーラが風魔法を打ったタイミングで、フヒュッと微かな風が巻き起こった。
母様が目敏く見つけて、セイラ、ステータスを立ち上げてもう一回、と指示をしてくる。
もう一度やると、魔法属性に微かに”風”の文字が浮かび上がって消えた。
母様のにまりと笑う顔を見たときには、ある予感に誰もが引き攣っていた。
「セイラ。魔法属性が付けられるかもしれないわよ。
どうせMPは使う予定がないんだもの、これから戦うとき以外は風魔法を可能な限り使うこと、いいわね。」
こそりとリーラが俺のMPが幾つあるのか聞いてきたので、33,000、と答えたら目を丸くしていた。リーラの5倍以上あるとのことだ。
魔法というのは、幾つもの属性を複合させる特別なものや術式を使う者以外は詠唱など必要とせず、体を動かすように意識を向けただけで使えるのが常識らしい。
つまり、意識を向けるだけなので、一秒に一度は撃てる。
リーラが使っていた風弾は基本的な技だ。一秒に一度撃っても消費するMPは2なので、俺の場合は魔力を使い切るまでに4時間半かかるし、そもそも1時間もあればMPはほとんど回復する。
理屈の上では風弾ならば永遠に撃てる訳で……考えただけで目眩がしてきた。
撃つ。休まず撃つ。とにかく撃つ。
戦っていないときは、一秒と言わず、一秒を半分に分けてタタタタタタタタ、と連拍するイメージで魔法を打ち続ける。
手から魔法を打つといろいろと行動に差し障るので、頭の天辺から魔法を撃っていたら、器用だ、普通そんなことはできないと言われた。
一時間を超えたところで精神集中のレベルを下げても撃てるようになり、その頃には半ば無意識でやるまでになっていた。
俺の頭上でヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ……という微かな音が常に鳴り続け、ステータスの文字の浮かび方がある時を境に強くなって、ピュピュピュピュピュピュピュピュという音に変わったところで昼になった。
食事を作る間は俯く度に魔法が人に向かって飛んで危ないので、取りあえず魔法を撃つのを止めた。
リーラとティルクの視線が痛い。
その化け物を見るような視線、止めてくれませんかね。
魔力とMPが異常に高いのはアスリーさんの体のせいで、俺の責任じゃないんだから。むしろミッシュのお陰で7割削ってて、本当だったらMPは10万あるはずだったから。
「しかし、セイラさんはすごいな。あれだけ連続して魔法を撃って魔力切れもいないし、疲れてもいない。」
昼食後にカウスさんが感心したように声を掛けてくる。
「いえ、魔法属性がないのに魔力とMPが高くて、全くの死にスキルだったので、活用する道が開けたら嬉しいんですけど。」
「それで、属性がない魔法を強制的に使って属性を付けようとしているようだけど、それはどうやっているんだい。」
ああ、それが本題か。魔法が使えない人なら気になって当然だよな。
母様をちらりと見ると、微かに首を横に振っていた。
「これ、私の体質みたいなものなので、どうやっているか説明するのは難しいです。」
カウスさんはしばらく考えていたが、あ、と言うと、分かったぞ、という調子で聞いてきた。
「セイラさん、魔王妃の称号もそうやって取得できたんじゃないのか。」
俺はカウスさんの言葉の意味を考えて、魔王妃をどうやって模倣するかの方法に行き当たった瞬間、頭から噴き出すような熱で耳まで真っ赤になって、カウスさんの頬を思い切り引っ叩いていた。
パーン!!、という良い音が響き、周りが何ごとかとこちらを振り向く中、俺は叫んでいた。
「わ、わ、私が、魔王妃の称号が付くまでいかがわしい行為を繰り返したって、そう言いたいんですかっ!! 」
カウスさんは俺に言われて初めて、自分が口にした言葉の意味するところに気が付いたようで、俺と同じく真っ赤になって土下座すると、
「すまない! 自分が言ったことの意味を考えてなかった! お詫びする、この通りだ! 」
と何度も頭を下げてきたが、俺は許す気になれずに、ふいと席を立つと魔法の練習を始めた。
たまたまそのタイミングだったのだろう、怒りで力を注ぎすぎた風弾が、ドヒュ!、ドヒュ!、ドヒュ!、ドヒュウ!、と轟音を立てて特大の影を残して空へと飛んでいき、俺のステータスに”風”の属性が現れた。
風弾の衝撃音が止んで閑と静まりかえった中、木の枝にいた鳥やリスなどの小動物が衝撃でバサ、バサッとまばらに落ちて来る音に被せるように、マライさんの、あーあ、姫様に嫌われた、という呟きが響いた。
いや、姫様って、と俺は否定したかったが、今の流れでカウスさんのところへは行き辛くて、結局そのまま放置して、何か違うというもやもやを抱え込むしかなかった。
◇◆◇◆
午後からも魔法の訓練は続き、慣れてきたのか、ティルクから水と土の二つの属性を教えてもらって覚えることができた。
「セイラ、すごいわ。こう言っては何だけれど、これは一種のズルだね。」
母様がそう言ってきたので、カウスさんを睨みながら、魔王妃も取れるって言われました、と俺が言うと、母様がくすくすと笑いながら、適当なところで許してお上げ、とアドバイスをしてきたので、生返事をして、
「それより母様、この方法を使うと、魔獣や魔物の固有スキルも覚えられそうですよね。」
と話を逸らしたら、母様がはっと何かに気付いたようだった。
「セイラ、トリックフォックスよ!
トリックフォックスは、目に見えるものを偽装して獲物を騙して狩りをしたり敵から逃げるの。
私達は国宝の魔法道具で一般的なステータスと詳細情報とを入れ替えてきたけれど、名前や種族を架空のものにできる訳じゃないから、ダイカルから通知も行っているだろうし、町にどうやって入ろうかと思っていたのよ。
トリックフォックスの魔法をコピーしたら、ステータスを誤魔化して身元偽装ができるわ。」
母様の発想は正にそのとおりなのだが、トリックフォックスは見つけるのが難しい。
翌日は全員で一日がかりで探して、ようやくオートモードで魔法が使われる瞬間を捉えることができ、魔法を覚えるにはその翌日一日が掛かった。
結局、俺は母様から火、光、木、金、雷、変化(小)を、ティルクからは水と土を、リーラからは風と支援(攻撃と防御)を、ミッシュからは闇、結界、変化(大)と空間を教わることになった。
『セイラ。アスリーよりもいろいろな魔法が使えるようになるぜ。』
ミッシュが面白がって揶揄ってくるが、それは全部覚えたらの話だ。
ランクアップ時の魔力と強さの配分割合は4対6に変更することにして、これから毎日一日3つを目標に頑張ることになった。
少しずつ、落雷の轟きのメンバーの視線が尊敬に変わっていっている気がするが……。
うん。目標に向かって直向きに頑張ると母様と約束もしたし、やろうじゃないのさ、コンチクショー!!




