第25話 口は災いの元。バレました
昼になって、蹲っている男性3人と目の焦点が合わない女性1人を横目に、ティルクと母様と俺とは拾い集めた食材を使って昼食を作り始めた。
アグチの実がまた見つかり、今度は母様も中身をよく確認して実を拾うのに協力してくれた。
ティルクは森で育っただけあって、食材の採取には抜群の情報量があり、山菜や香草、果実などのバリエーションが出てきて、食卓は豊かになってきている。
母様も少しずつ慣れてきていて、もうしばらくすれば何か簡単な一品を自分で作ることができるようになるかもしれない。
食事が終わり、落雷の轟きのメンバーも生き返ったような落ち着きを取り戻して、リーラも会話をしながら後片付けに参加してくれている。
ふと気が付くとカウスさんがこちらへ来て、俺に相談があると言ってリーラの後ろで待っていた。何ごとかと2人に付いて行くと、他の落雷の轟きのメンバーが揃って待機していた。
カウスさんが代表で話し始めて、母様の訓練を軽くするように頼んで欲しいということだった。
「カウスさんたち、ご自分で母様に指導をお願いしたのでしょう? ご自分でお話をされたらどうでしょうか。」
「それはもちろんするさ。だけど、娘の君からも今の訓練が度を超していると口添えしてもらいたい。」
(辛いのは分かるけど、俺を巻き込むな。)
俺が消極的な雰囲気が伝わったのだろう、カウスさんはさらに説得をしてきた。
「ずっとケイアナさんの訓練を受けてきた君からすると、そうじゃないのかもしれないけれどね、今、レベル120前後のメンバーが一日にレベルが6も上がりそうなペースでやっているんだ。これは異常だよ。」
「普通のペースだと思いますけど?
私、9日前に森に入ったときのレベルは88でした。
辛いのは分かりますけれど、私もカウスさんたちと同じ訓練をして、レベルを上げたんです。」
俺がそう言うと、カウスさんは少し考えていた。
「セイラさん、昨日会ったときにレベル170だといっていましたよね。
今より倍のペースまでレベル上げが厳しくなるということですか。」
あ、しまった、と思ったが、一日当たりのレベルアップを計算するとそうなる。
「いえ。カウスさんと同じペースでしたよ。
ただ、最後の日に一日でレベルを40上げさせられて死にそうになったんですけど。」
俺の台詞を聞いた落雷の轟きのメンバーの顔は、皆が劇画調のオカルト漫画みたいな表情になっていて、俺は、ああ、しばらく漫画を読んでないな、とつい連想してしまった。
「そ、その最後のレベル上げというのは、卒業試験的な何かだろうか。」
カウスさんの声が震えている。
「いえ。私の場合、体質に合った特別な訓練方法があったみたいで、15分くらいの訓練でレベルが10以上も上がった代わりに、1時間くらいも目が開いたまま意識が飛んでいたそうです。
それを一日に3回やらされたので、私も切れたんです。」
落雷の轟きの4人のゴクリと唾を飲む音が揃った。
「……それは、我々もやる可能性があるのだろうか。」
恐る恐るカウスさんが聞いてきたので、珍しい体質だといっていたので、ないと思います、と言うと目に見えてほっとしていた。
「しかし、こんな厳しい訓練、噂に聞く魔……。
え? ”ケイアナ”さん? 」
カウスさんはそこではっとして、俺を見て、押し黙った。
しげしげと角のない俺の頭を見て訝しげにしているが、俺に何かを聞くことはなく、ただ、分かった、ありがとう、と言うだけだった。
(んー。母様の身元がバレたかな。)
取りあえず、母様の耳には入れておくことにした。
◇◆◇◆
午後からの落雷の轟きのメンバーの張り切り様は午前中とは全く違っていて、母様を見る度に、大丈夫ですっ!、頑張りますっ!、と気合いの入った返事が返ってくる。
(ああ、完全にバレてら。)
落雷の轟きの面々は魔人族なので、信頼関係が結べるならば味方になる。
こちらに好意的である限り問題はないのだが、”はい、喜んで!”とか言いそうな彼らの雰囲気に、母様と信頼関係を築けば魔王の眷属の加護を得る機会があるかもしれないと考えているのだろうと、俺と母様が顔を見合わせて苦笑していたら、ティルクが不思議そうな顔をした。
「母様、落雷の皆さん、どうしたんでしょうか? 」
母様が、さあ、と答えているのを聞きながら、ティルクも俺に倣ってケイアナさんのことを母様と呼んでいるのに気付いた。
ティルクが俺のことを姉様と呼んでいるのを聞いて、母様が自分のことをそう呼ぶように伝えたところ、ティルクも嬉しそうに、はい、と従ったのだそうだ。
母様の娘、増殖中だな。
魔人族の母と人族と鬼人族の娘。どんな関係だと考えていて、ふと、ティルクの体の輪郭が微かに陰影が強いのに気が付いた。
「あれ? ねえティルク。ひょっとして、お母さんに魔人族の血が入ってる? 」
ガーダさんの輪郭は普通だったので、もし魔族の血が入っているとすれば、母方しか考えられないと思っての質問だったのだが──。
「え? 姉様、よく分かりましたね。お母さんのひいおじいさんがハーフだったんです。
お父さんは、もしかしたら母様が気が付くかも知れないって言っていたんですけど、私の体のどこかに分かる場所があるんでしょうか。」
完全な藪蛇だった。
母様の視線が、馬鹿だねこの子は、と言っているのが痛いほど分かる。
母様はしばらく考えていたが、ティルクに後で説明する、と答えて俺に聞いてきた。
「セイラ。落雷の轟きにも私の身元が分かったみたいだし、打ち明けるよ。大丈夫、セイラについている加護のことは、何とか説明するから。」
何とかって。
魔王妃の称号が付く条件を考えると、母様が話をしたときに皆が思い浮かべるだろう内容が恥ずかしくて身悶えしそうになるが、仕方ないので諦めて母様に頷いた。
◇◆◇◆
夕食が終わって、皆へ向けて母様が話し始めた。
「落雷の轟きの皆さんが薄々お気付きのとおり、私は王太后のケイアナです。」
母様が話し出すと、落雷の轟きの皆の瞳がキラキラと輝きだし、ティルクが驚いている。
「先般、ダイカルがアトルガイア王国との対立を鮮明にした件で意見の相違が生じて、現時点での骨肉の争いはしたくないと、私とジャガルは別々に王都を抜け出しました。
私はジャガルと別れて、この先にある獣人の国アスモダでその意見の相違の原因を確認するつもりですが、たぶんそこで我が国としての正しい対応を決定づける証拠が見つかると考えています。
落雷の轟きの皆さん、できることならば私に力を貸してもらえないでしょうか。」
カウスさんが片膝を付いて最敬礼し、後ろに落雷の轟きの3人が続く。
「俺たちは王都で戦があると聞いて手柄を立てるのが目的でした。
しかし、実力が足りないことを思い知ってゴルラの町へ戻ろうと考えていたんです。
俺たちの思慮が足りないことも、今回思い知りました。
テルガの先までも同行しますので、俺たちで力になれることがあれば何でも申しつけてください。」
「思った通りに事が運ばなければ、手柄にも名誉にもならないかもしれないわよ。」
母様がそう言うと、カウスさんは首を振った。
「俺たちに力と知恵を付けてくれる、それだけで過分な報酬だと思います。
王太后様に直に訓練を付けていただいて、こんなぽっと出の実力の微妙なパーティが何とか形になりつつあるんですから、これに勝るものはありません。」
どうやらカウスさんは、上辺だけかもしれないが思ったより分別があるみたいだ。
母様は落雷の轟きの4人を見渡して頷いた。
「それからこの際です、セイラについても少し話をしておきます。
皆さんも息子の嫁になったアスリーのことは知っていると思いますが、アスリーに何が起こったのかは、正直、よく分かっていません。
ただ、アスリーがおかしくなったときに何の影響か、この娘に魔王妃の称号が付いてしまったことが分かりました。」
カウスさんが戸惑っている。
「あの、失礼ですが、それはセイラさんが国王様のお手付きになられたということですか? 」
お手付き。やっぱりそう考えるよな。
偶発的、瞬間的だっただけで、事実もそう変わらないことに頬が赤くなるのを感じていると、母様が否定するような説明をした。
「それが可能か、この娘のレベルを考えてくださればお分かりですよね。
ただ、魔王妃の称号がステータスに現れている以上は放っておけないし、魔王妃の称号があるとなれば私にとっては娘のようなものですから、セイラには私を母様と呼ばせて、今回の一連の出来事の解決を手伝ってもらっています。」
母様は周りの顔を確かめながら、ティルクに話し掛けた。
「お父様がティルクに、私がティルクに魔人族の血が入っていることに気付くだろうと仰ったのは、お父様が私が誰だか分かっていて、魔王妃が魔人族の血を引く者が分かるのをご存じだったからよ。
だからセイラにも分かったの。」
ティルクが納得した表情で俺を見た。
「皆さん、今お話ししたことは、くれぐれも内密にお願いしますね。」
母様がそう締めくくると、みんなが頷いた。
落雷の轟きの4人は目的意識に燃えていて、もう訓練の辛さに愚痴を零すことはなさそうだった。




