第23話 俺たちにも訓練付けてくださいとか、広げないで。泣きますよ?
「あの、私、家に帰って急いで旅支度をしてきます。すぐに済ませて合流しますので、ごめんなさいっ。」
食後の片付けをしていると、ティルクはそう言って森の奥へと駆けて行った。
まあ、いきなり今から旅行と言われれば、女の子だし、いろいろと準備も必要だろうなあ、そう思いながら片付けをして、残ったゲイルボアの肉の3分の1をガーダさんへ分け、残りをミッシュが触ると消え失せて、空間だかどこかへ仕舞う。
(あ、異空間収納? この世界にもあるんだ。)
魔法が使えない俺には望むこともできないが、ちょっと羨ましく思ったが、考えてみれば自分の使い魔が持っているのだ、俺、そもそも荷物を持って歩く必要がないんじゃ……。
そう思ったら、ここに来るまでも何人もに目撃されているんだそうで、そういう人達に対する説得力として荷物を持った旅人の格好は必要なんだそうだ。
旅支度が整い、ガーダさんと一緒に森を進み始めてしばらく、ティルクが荷物を背負ってやって来た。何だか少し目の周りが赤い。
「お待たせしました。ちょっと母さんや妹や弟と挨拶してたら時間が掛かっちゃって……。」
ああ、大事な家族─娘やお姉ちゃん─の突然の旅立ちだものな、と納得して頷く。
ティルクが来ると、ガーダさんがティルクに声を掛け、少し話をすると、こちらに向かって、では皆さん、娘のこと、よろしく頼みます、と挨拶して頭を下げた。
ガーダさんは立ち止まり、ティルクが視線で父親を追いながら小さく手を振って歩き続ける。父親が見えなくなると前を向き、そっと目を擦っているのを気が付かない振りをして、俺は周囲を索敵する。
母様が先頭で次に”落雷の轟き”の4人、最後尾に俺とティルクが並んで歩き、周りをミッシュが護衛しながら進む。
(あ、訓練がなくなった? )
食後に移動が始まって、母様から何も指示がなくなったことに気付いてそう思った途端、母様から声が飛んだ。
「セイラ! みんなは私とミッシュが護衛するから、歩きながら訓練続行するわよ! ミッシュ、結界を解いて、魔獣を追い込んできて! 」
『了解! 』
やはり母様は甘くなかった。
◇◆◇◆
ミッシュが追い込んできたのは、ヴォルテックスベアだった。
体長が3メートルほどもあって気性が荒い上に風の魔法を使う。
「セイラ。ヴォルテックスベアは風の魔法を使うわ。セーブして私を意識して! 」
外の皆には分からないだろう言葉使いに頷いてオートモードセーブで母様に意識の焦点を合わせる。
ヴォルテックスベアが立ち上がって俺を睨むと、何かの気配が生まれて飛んでくるのを感じ、母様のイメージに合わせて避けると、鋭くうねる風が側を通り過ぎる感触と地面が抉れるのが分かる。
二発、三発、五発と渦巻く風が飛んでくるのが分かったところで右手の剣で風の中心を切り裂くとズワッという音とともに風が弾けた。
ブレスレットの効果だろう、体に羽が生えたみたいで意識が高揚する。
分かった?、と言う母様に、もうちょっと、と返して、あと2発を受けて、分かった!、と返してセーブを切る。
俺は高揚した気分に後押しされてヴォルテックスベアへと一気に突っ込み、俺の動きに慌てて打ち込まれた風弾の一発を躱し一発を切り、以前に3手で倒れた時の3手目をイメージして、ヴォルテックスベアへと剣を振り下ろす。
シウッと微かな音がしてヴォルテックスベアの腹が縦に一文字に裂けて内臓がどろりと飛び出し、ふらりと上半身が落ちて前足を付いたベアの目から脳へと剣を突き入れた。
「「「…凄え! 」」」
落雷の轟きの男3人が感嘆の声を漏らし、リーラがごくりと喉を鳴らす側で、ティルクがはしゃいで駆け寄ってくる。
「セイラさん、すごいっ! あんなに軽やかに風弾を躱して切って、一撃で仕留めるなんて、カッコ良すぎですっ!! 」
俺の腕に両腕を絡ませて一気に感想を言うと、抱き付いてぴょんぴょんと跳ね、スミレ色の髪が舞う。
んー。ティルクちゃん?
可愛いし嬉しいけど、ちょっと離れてくれないかな。
俺が戸惑っていると、ティルクは体を離して俺の手を握ったまま、母様に向かって手を上げて飛び跳ねる。
「ケイアナさん、ケイアナさんっ。私もっ、私もやるっ!
父さんから、レベルを150以上に上げて帰りは1人で帰ってこいって言われてるのっ! 」
良いわよ、と母様が答えるのを聞いて、落雷の轟きの面々が顔を見合わせて相談し始めた。彼らの意図に気が付いて、あ、馬鹿、止めろ、と思ったときには、もうカウスさんが手を上げて母様に申し入れていた。
「そういうことなら、俺たちもお願いします! 」
ヴォルテックスベアの血抜きを指示しながら母様がにまりと笑い、
「よーし、じゃあ全員で戦闘訓練ね。」
と宣言して、阿鼻叫喚のケイアナズキャンプが始まった。
◇◆◇◆
セイッ、という気合いとともにカウスさんとトーガさんが母様に指示された型で剣を振りながら歩き、マライさんも同様に型に沿って槍を振るう。その後ろではリーラが魔力操作の練習をして時々起動直前まで魔法を立ち上げては母様に修正点を指示されている。
その後ろの俺とティルクは実力を認められて魔獣が追い込まれてくるまで待機をしている。
『セイラ、行ったぞ。カレントフォックス、こいつはティルク用だ。』
カレントフォックスは水の魔法を使うそうだ。
ティルクに伝えてすぐにカレントフォックスが駆けて来て、ティルクが前に立ち塞がると、カレントフォックスからティルクに向けて鋭く水滴が何発も飛んでいく。
ティルクは敵が作った物よりも少し大きい水玉を作ってそれを飛ばして1カ所に隙を作ると、そこからカレントフォックスに駆け寄って剣を振るうと躱された。
なおも追撃しようとするところを新たな水滴に襲われて2カ所に被弾して後退すると、カレントフォックスが飛びかかってきて咬み付こうとするのを何とか躱して水玉をカレントフォックスに打ち込んで弾き飛ばす。
一進一退の攻防を繰り広げて、ティルクがカレントフォックスを倒したのは、10分くらいの後だった。
俺はその間、ティルクが戦う様子を見学して、魔法の発動する様子と種類、性格が分からないかと感覚を研ぎ澄ましていた。
「はあ、はあ、姉様、勝ちましたっ! 」
ティルクがそう言って俺に振り向いてから、あ、と照れたように笑って弁解する。
「私、森では最年長だったので、近所の子たちから姉さんと言われることばかりで、姉さんと呼べる人が欲しいなっていつも思ってたんですよね。
セイラさん、姉様って呼んで良いですか。」
ああ、そういうことか。呼び方が”姉さん”でなくて”姉様”なのは、俺がケイアナさんを”母様”と呼ぶのに引っ張られてるのかな、と思いながら笑みを浮かべて頷く。
カレントフォックスは良い毛皮が取れるが肉は臭くて食べられないそうで、手伝って血抜きと皮剥をして取った皮を袋に入れて後は埋めた。
カレントフォックスの処理が終わってしばらく前を追いかけると、男性3人が蹲り、リーラが石の上に焦点が合わない状態で座り込んだ側で母様が待っていた。
「こちらの4人は今日はもう無理だね。今夜はこの辺で泊まろうか。」
男性3人に俺たちとティルクの分を含めたテントの設営を指示して、母様が水浴びと洗濯に皆を誘い、川の少し広いところへと向かった。
いつもは川に良いところがあれば水浴び、なければ水に濡らした布で拭くだけなのだが、今日はちょうど良い場所がある。
ただ──
「待ちなさい。何か中にいるわね。」
母様が水魔法で槍のようなものを10本ほど作って水の中へ打ち込むと、5,6メートルはある大きな蛇が二つに千切れて浮かび上がってきた。
(あ、危なっ! )
あんなものに水中で巻き付かれたら、どうしようもない。ぞっとしながら水に浸かって体を洗う。
「うわあ、セイラさん、胸があるのに細いわね。」
リーラさん、ありがと。でもこの体、借り物だから。
声に出せない説明をしながら、リーラさんの体を褒めようとする。
あー、どちらかというと小ぶりだな。褒め方が……
「わあ、そういうリーラさんこそ、柔らかくて気持ちよさそう。」
「ティルクはスタイルのバランスが良いし、これからがきっと楽しみよ。」
見たか、お城で鍛えたこの女子力。俺は密かに拳を握った後で、じっとこちらを見ている母様に気が付いて、慌てて視線を逸らした。
……母様、今見たこと、忘れてください。
水浴びを終えて、男性たちが水浴びと洗濯をしている間に3人で料理を始めたのだが、母様がおずおずと参加してきた。
リーラとティルクには、母様が料理など何も知らないことをそれとなく告げて、初心者でもできそうなことをお願いしていく。
ケイアナズキャンプはハードだが、料理教室はソフトだ。
きっと2人とも、厳しくして恨まれたら、明日の訓練では死ぬかもしれないとか考えている。
そんなことする人ではありませんからね、とそっと伝えておく。
……そんなことしなくても死ぬほど厳しいです、とは言わなかったが、いずれ分かるのさ、ふふっ。




