第22話 同行者激増中。はいはい、引率しますよーっ
誤字報告を頂きました。
ありがとうございます。
俺がアギラオオカミが人を襲っている現場に到着してみると、そこは大混乱だった。
男3人と女1人の冒険者と思われる魔族の人達が襲われていて、ミッシュが4人に近づいて結界を張って母様が狼と対峙しようとしているのだが、後ろからミッシュと母様に向かって襲ってきている。
4人のうち1人の男が倒れていて、残りの3人ともがパニックになっているようで、目に付くものから攻撃しているせいで、アギラオオカミより何周りも大きいミッシュと近くにいる母様は前後両面の敵から攻撃されているような状況になっていたのだ。
「何をやっているの! 私達はあなたたちを助けに来たって言っているでしょ! 」
母様が抗議しているが先頭にいるリーダーらしい男は、強ばった顔で視線を泳がせて母様の言うことが耳に入っていないようで、母様やミッシュを指差して攻撃を指示し続けている。
俺は頭にきて、アギラオオカミを倒しながらミッシュの結界の中に入り、あわあわとミッシュと母様に攻撃を指示している男の頬を張り飛ばした。
「助けに来た味方の認識もできないようなら、もう帰るけど、文句ないよね!! 」
吹っ飛んだ男はきょとんとして俺を見ていたが、はっと我に返ると俺の腰に抱き付いてきて、頼む、助けてくれ!、と哀願をし始めた。
俺が母様とミッシュへと振り返り、頷いたときだった、ごおっと突風が吹き荒れ、煌めく白いものが無数に現れたと思うと、アギラオオカミへ向けて飛んでいきそれぞれに突き刺さる。
あっという間に周囲はアギラオオカミの死体だらけとなり、これ、誰がやったの?、とミッシュと母様を見遣ったが、2人とも首を横に振る。
「魔獣に襲われて仲間割れしているような奴らをこの森に入れる訳にはいかんなあ。出て行ってもらおうか。」
周りを見回すと、少し高く盛り上がったところに角が額から生えた壮年の男が立っており、13、14歳くらいの女の子を連れてこちらを見下ろしていた。
「仲間? 冗談でしょ。襲われている人がいるのに気付いて助けに来たのに、この人達が見境なしに攻撃してきたのよ。」
俺が抗議すると、壮年の男は完全武装して荷物を周囲に置いている4人組と剣一本だけを持ち身軽な格好の俺たちをしげしげと検分して、納得した表情を浮かべた。
「なら、そこの4人は出て行ってもらおう。怪我人の様子はどうだ? 」
倒れていた男がのそのそと身を起こすのを見て、壮年の男は様子を尋ねる。
「アギラオオカミに引き倒されて咬み傷が少しあるけれど、命に別状はないみたい。でも私、回復がヘタだから……。」
女の子が容態を説明すると、母様が、どれ、と回復魔法を掛けた。
「あ、あのっ! 俺たち、大丈夫だと思って森に入ったんですけど、運良くここまで進んで来て、さっきの狼に襲われて、まだ実力が足りないことを思い知りました。
帰れと言われても、またあいつらに襲われたらもう助からないと思います。一緒に連れて行ってくれませんか! 」
リーダーと思われる男が俺の方を向いて懇願してくる。母様を見ると、溜め息を吐いて、行き先と各人のレベルを聞いた。
「俺たち、ゴルラの町から王都に向かう途中で……」
「なら無理だわ。私達はテルガへ行くの。」
リーダーらしき男はぐっと詰まって考え込んでいたが、やがて仲間と相談を終えるとこちらへ向き直った。
「出発地点より後退することになるけど、命には代えられないのでそれでいいです。連れて行ってください。
それと、俺は”落雷の轟き”のリーダーでカウス、剣士でレベルは122、あちらの倒れていた大きいのがマライ、槍使いでレベル116、もう1人の細身の男がトーガ、剣士でレベル108、女性がリーラで魔法使いでレベル98です。」
「分かったわ。こちらは私がケイアナで魔法主体で剣士もやる、レベルは内緒。彼女がセイラでレベルは…「170になったわ」、剣士。それからあそこにいるのがセイラの使い魔のミッシュよ。」
お互いに自己紹介が終わり、母様は壮年の男へ向き直る。
「という訳で、この人達も私たちと一緒に行動することになったわ。
すぐにも出て行きたいんだけど、テントを放り出して来たから、戻って荷造りから始めないといけないの。それぐらいは待ってもらえるでしょ? 」
「いやあ、事情は分かった。まあ仕方ないだろう。
戦いの最中に内輪もめするような奴らなら、森で騒動を引き起こす前に出て行ってもらおうと思っただけだからな。」
男は打ち解けた表情になって、女の子を呼び寄せた。
「儂は鬼人族のガーダ、こちらは娘でティルクだ。ケイアナさん、ここの4人は儂が面倒を見ておるから、荷物を作ってくれば良い。」
初めて魔族以外の人を見て、母様が言っていた”魔王の血を引かない人はすぐに分かる”ということを理解した。体の輪郭を強調するような陰影が感じられない。でもよく考えると、地球でも普通に見ていた人の姿はこっちだ。
俺はガーダさんの申し出を聞いて、ゲイルボアのことを思い出して提案した。
「あの、他の獣に取られていなかったらですけれど、ゲイルボアを1頭仕留めて水に漬けてあるんです。あれをここまで引き摺ってくる訳にも行かないし、昼も近いので、向こうに行ってみんなで食べませんか。」
ガーダさん達だけでなく、カウスさん達からも歓声が上がって、みんなでテントのところまで移動することにした。
(戻ってみたら他の獣に食べられていたなんてことになりませんように。)
テントのところまで全員でぞろぞろと移動しながら、ゲイルボアの肉が無事にあることに祈る俺に、ミッシュが近寄って来てこそりと告げる。
『セイラ。あの肉な、移動の時は俺が全部持っていくことができるんだ。』
──え? だったら、川の中まで運ぶまであんなに難儀した俺の苦労は何なの?
視線を外してそそくさと前へ走っていくミッシュを見送りながら、イジメなのかとつい僻んでしまっている自分を見つけて少しショックだった。
◇◆◇◆
戻ってみると肉はまだ川にあった。ミッシュによると、血抜きのあとの処理が悪かったので臭いが漏れて、アギラオオカミはそちらを狙ってきたのだろうとのことで、確かに血抜きをして埋めたところが掘り返されて内臓などが少し散乱していた。
肉を川から引き上げるのはガーダさんがやってくれ、リーアとティルクが調理の準備に集まってきた。
3人で何を作るかと分担の相談をしながら向こうを見ると、母様がテントを片付けているのが目に入った。
ターフの上に虫が何匹も落ちてきて這っているのを、布を手に持って虫を払い、肩に落ちてきたのは指でピンと弾いている。
さっき虫を食べたことで虫に対する耐久力が付いたみたいだ。もう今さらって感じなんだろうか。
リーアが持参の鍋を使ってスープを作り、ティルクが肉を串に刺して焼き、俺がまだ残っていたアグチを使って先日と同じように焼くことにした。
ティルクは俺がアグチを茹でた後の鍋を使わないことを確認すると、肉片と草で何か他の料理も作り始め、それができあがるとリーアも空いた鍋を使って別の物を作り始める。
できあがる頃にガーダさんと母様が少し土を均して鍋や食べ物を置いて座れる広い場所を作り、みんなで丸く座る。
肉を提供した形になる母様が、では食べましょう、と軽く挨拶をして食べ始めた。
旅の森の中でアグチを主食に一汁三菜が揃うのはなかなかに贅沢かもしれない。リーアとティルクは手持ちの調味料があるみたいで、俺が持っていた香草では出せない味があり、それぞれなかなかに美味しかった。
「それで、噂で知っていると思うけれど、鬼人族は森の中で家族単位で暮らすのが習性でねえ、この辺りは俺の住処なんだよ。」
ガーダさんがこの辺に自分の家があると説明してくれた後、母様にこれからの行き先を質問してきた。
「取りあえずはテルガへ出て調べ物をして、獣人の国アスモダでも同じことをする予定ですわ。」
「ほお、アスモダへ行くのか。」
ガーダさんがティルクと視線を交わして何か目線で相談している。
「ケイアナさん、あんたは強そうだし、あの使い魔も相当な強さがあって、セイラさんも真っ直ぐでこんなところで人助けに駆け付ける情がある。
お礼はするから、もし良かったらティルクもアスモダまで連れて行ってくれないか。」
母様と俺がガーダさんの申し出に目を瞬かせていると、理由を話し始めた。
「アスモダの方の森で、見たことがない魔物や魔獣が増えているらしいと鬼人族の間で噂になっていてなあ、近隣の鬼人族と誰かを遣って確認しに行きたいという話をしているところだったんだ。
ただ、この辺りは子どもが小さい所帯が多くてなあ、ティルクが最年長なんだが、レベルが130くらいで1人で行かせるにはちょっと危なくて迷っているところだったんだよ。」
私を信用して良いの?、と母様が聞くと、ガーダさんは笑った。
「あんたの名前と大凡の強さを見れば、信用できる人だというのは分かる。」
つまり、ガーダさんは母様が何者か知っていると、ほかの4人に分からないように遠回しに言ってくれてるのが俺にも分かった。
ガーダさんは腰の袋から赤のブレスレットと黒のブレスレットを取り出すと母様に渡した。
「このブレスレットは、体力と早さを5千ほど上げる効果がある。
見たところ、こちらの嬢ちゃんは体力と早さが弱点のようだから、報酬としてこれでどうだろう。」
母様が、乗った、と答えると、ガーダさんはにんまりと笑い、ティルクと頷き合っている。向こうでも話が付いたようだ。
こちらの遣り取りを聞いていたカウスさんたちがブレスレットを見て仲間内で少し騒いでいたが、自分達は無償で連れて行ってもらう立場なのでもちろん何かを要求したりはしない。
だが、ガーダさんは、4人へ向けて指輪を4つ差し出してきた。
「こっちはまあ大したものではないが、HPを1割程度上げる効果があるぞ。テルガまではティルクと同道するんだ、ぜひティルクのことを気に掛けて助けてやってくれないかなあ。」
俺がブレスレットを、4人が指輪を受け取りそれぞれ装着して具合を確かめていると、母様が近寄って来て耳打ちしてきた。
「セイラちゃん、同行する他の人達に魔王の加護を見せないように気をつけるのよ。」
あー、それは敵と戦うときに一撃も入れられるな、と。
うわ、要求レベルが高いな。
そう考えていて、ゲイルボアと戦っていたとき、最初の一撃は魔王の加護が立ち上がることもなく、もろに食らったんじゃなかったっけ、と気が付いた。
(あれ? 魔王の加護って、何か発動条件がある? )
気が付いた事実にいきなり不安になって、俺は周りの隙を見て母様に確認しようと思った。




