第67話 獲物を狩るもの
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あけましておめでとうございますm(_ _)m
大変お待たせいたしました。
人間の靴というのは不思議だ。
意識するとあちこちに違和感があるのに、いつの間にか馴染んで意識しないようになってきて、その間は足を保護してくれるだけでなく力の伝わりを強化してくれているのを頼もしくも感じる。
(きっと服の役割もそうなのだろうな。)
自分の体を覆うたくさんの布切れに目を遣りながら、私はそう思った。
少しゆったりとした薄い緑色のブラウスにセイラたちが履いていたスパッツという、薄い紫色のものを上から履き、紫色の透けるような生地が二重になったスカートを履いている。
腰のスカートが余計な気がするけれど、ケイアナによると大きな動きをしてもまとわりつかず、年相応に落ち着いて見える良い組み合わせなのだそうだ。
人間になった私の背はシュザルグの肩までしかなく、驚いたことにフェンの背は私を軽く抜いてシュザルグよりも高い。
二人とも元々の身長よりも縮んでいるのだし、変身後のスタイルはデザインした人間の思念が色濃く反映されるらしいから驚くことではないのだろう。
「でも、変身後のあなたたちの姿に注文を付けずに、この二人に任せきりにしたのは失敗だったかもしれないわ。」
私たち四人が揃って並んでいる様子を見たケイアナが、額に指を当ててぼそりと呟く。
「シュザルグ、リルは亡くなった奥さんに面差しがよく似ているわね。」
ケイアナの問いにシュザルグが頭を掻きながら下を向く。
「その、やはり自分の好みがでますから…… 」
「あらあら。
夫から自分が理想の人と思われてたって、リアンナが知ったら喜んだでしょうね。」
耳まで赤く染めてケイアナにねじ切られでもするように首を曲げるシュザルグから視線を外すと、ケイアナがこちらに向き直った。
「ジュアナとあなたたち二人を見て親子じゃないと思う人はたぶんいないわ。
だけど、フェンとあなたたちを見て親子と思う人もほとんどいないでしょうね。」
そう言われてフェンを見る。
人間の容姿のことはよく分からないけれど、ジュアナの体型や体つきにはシュザルグと私にどこか似通ったところがあるけれど、フェンは髪の色が私と同じだけど体つきも顔つきも陰影が深くて異質な感じがする。
「いっそ若い新婚夫婦と娘の両親と説明した方が通るかもしれないわね。」
ジュアナがにんまりと輝くような笑顔を浮かべ、シュザルグが真剣な顔でまたバタバタと手を振る。
「とんでもない!
王戴后様、結婚なんて大事なこと、間違ってもこんな成り行きで決まることはないし、口にして良いことじゃないです! 」
これまでケイアナに対して言われるがままに見えていたシュザルグが初めて抗議し始めたのにちょっとびっくりしてケイアナを見ると、ケイアナが優しい笑みを浮かべながら悪かったわと詫びたのに私はまた驚いた。
子供なんて、大きくなれば巣立って連れ合いを見つけるのが当たり前なのにね。
私たちの関係は、ケイアナが折れて元の親子の設定で通すこととなった。
それを聞いたジュアナはあからさまに頬を膨らませたけれど、ケイアナとシュザルグに反論することはできないようで、あからさまな不機嫌のままその日は終わった。
だけど翌朝ジュアナの機嫌は直っていてテンションが高い。
「あれは私たちと別れて四人になったら突っ走る気かもしれないわね。」
ケイアナがそう呟いて私に何か細かなことを言おうとしたみたいだけれど、私がきょとんとしている様子にシュザルグを見て、その険しい表情にはあとため息を吐いた。
◇◆◇◆◇◆
フェンリルから人間に変化した私たちは、旅をするに当たって二種類の訓練を受けることになった。
人間としての振る舞い方の訓練と戦い方の訓練だ。
振る舞い方の方では、私とフェンとの人間に対する理解の差が露骨に出た。
フェンはジュードと共に森の中で支え合ううちに、かなり人間の考え方を身につけていたらしい。子供の方が新しい考え方を受け入れやすいのだそうで、そのせいでもあるでしょうね、とケイアナが言っていた。
で、私はというと、適齢期の子を持つ年齢の女性が身につけるべきことと取るべき態度についてケイアナから説明を受けたのだけれど、分からないこと、知らないことの多さに絶望的な気分に陥っていた。
「おやまあ、勇猛なフェンリルがまた随分と難しい顔をしているねえ。」
ケイアナが愉快そうに笑う。
「いいかい、あんたがそんな細かいことが分からないのは承知の上さ。
旅行中の設定なんだ、あんたは細かいことを自分でやる必要はない。
それなりの人生経験を積んだ女性として、ただ用事を周りに割り振ればいいのさ。」
私が首を傾げるとケイアナは言った。
「表向きのことはシュザルグに投げる。
そして女性が対応すべきことはジュアナに投げる。
そのほかのことは適当に誰かに投げればいい。
あんたはただ動じずに受け止めて、誰に投げるかを考えればいいんだ。あんたがするのは、周りに違和感なくそれをやるための練習だよ。」
(要は見かけのリーダーをシュザルグに立てて、実際には私が支配しても良いってこと? )
どうすれば良いかと困惑したけれど、私も何度も子供を育ててきたし、一時的だけれど群れを率いたこともある。
何となく見当がつく気がした。
そんな私の様子を見ながら、私が何らかの結論に落ち着くのを待つこともなく、ケイアナは私たちに戦闘の訓練を始めた。
私たちは生まれついての四足歩行から2足歩行を不足なく操ることに慣れつつある状況で、自由自在とはほど遠い。
武器などを扱えるわけもなく素の手足での戦闘になる。だけど体のサイズが元と違うこともあって、なかなか間合いの感覚が合わない。
「くあっ、うんっ! 」
自分の手足の長さは大分理解したつもりではいる。
なのに攻撃が当たらないのは、届いたと思った私の指に頼もしいフェンリルの爪がついていないことをなかなか受け入れられないから。
空振って体制が崩れたところを突かれる。
爪の分の間合いを詰めれば良いと頭では分かるけれど、長年のフェンリルとしてのアイデンティティに関わる部分なので、こればかりは中々修正がきかない。
それに人間の指は華奢でこれで直接攻撃したところで大したダメージを与えられる気がしない。
大したダメージにならないから、ケイアナもセイラも嵩張る剣をわざわざ持っていたのだろうし。
姿が変わって人間の作法を習うのは面白かった。姿の全く変わってしまった世界で、多少の不自由があっても目新しい経験が興味深かったのだ。
だけど戦闘は楽しくない。
フェンリルの強みである牙、爪、体躯。人間ではそのいずれもが攻撃で使う武器となりえない。
気合いを込めると瞬間的に身体が強化できて、力のこもった瞬間の剣先や拳を真正面から受けたりさえしなければ、生身のままでも攻撃を受けることに問題はなかった。
だけど私自身の攻撃も真正面から入った突きや蹴り以外は有効打にならず、シビアなピンポイントのタイミングをなかなか掴むことができないでいた。
そんな私の様子にケイアナは狩りに出て実践を積み重ねることを提案し、生き死にの戦いの中で研ぎ澄まされるものもあるだろうと私たちは近くの森に出掛けた。
王都の近くでは魔獣の数は少ないし、強い魔獣もいないだろうことは予想していた。
だが、その予想していた弱い魔獣に勝ちきれない。
苛つきを募らせていた私を冷静にさせたのは、フェンとジュアナの姿だった。
フェンも私と同様に苛ついている。そして無様を晒したその隙をジュアナが必死にカバーしていた。
ジュアナの実力からすればフェンの失敗をそのままに魔獣を攻撃しても2人とも何の問題もなく無傷で次の魔獣に立ち向かえるだろう。なのに小さいとはいえ傷を負ってまでしてフェンを庇っている。
「2人とも何やってんだか。」
そう思った瞬間にすっと頭が冷えた。
私も同じことをしているからだ。
そしてちらりとシュザルグを見た。
シュザルグは私に視線を走らせては魔獣と私の直線から外れたすぐ脇に位置を取る。
自分で攻撃するのではなく、私が攻撃したあとのサポートをするための位置取り。
くすりと私から笑みがこぼれた。
この雄の態度がどこからくるのかは知っている。
『人間に好感を持つ魔物たちの間で言われていることに、”幸せを実感したいなら獣人族か魔族に人間にしてもらう手がある”というのがあるんです。』
いつか白蛇のヒスムが話してくれたこと。
その内容を思い返しているうちに、戦う私の攻撃がだんだんと身体から離れた本来の体躯の位置で当たり始めた。
ちょっとアレな事情ができまして、解消するまでこちらに気が向けられなかったのです。
前回更新時から一週間後には9割できていたのに、申し訳ありません。




