第66話 ああ、人間の体が不便でもうっ。でも、ん?
予告どおり(以上?)のまったり進行。
実はスマホ入力でサクルク侵攻の中り以来です。
投稿が遅いのはスマホ入力よりブランクが長かったせいで、だんだん早くなると思います。
シュザルグは獣人寄りの魔神族で、王国で貧しい商人の四男として育ったのだそうだ。
冒険者になったばかりのシュザルグがたまたま街の外れで一人で剣の練習をしているのに行き逢った私は、シュザルグの未熟な武術の練度と近所の子たちの喧嘩の仲裁を始めた面倒見の良さそうな性格とが、まだ幼いダイカルの武術訓練の相手にぴったりだと考えて連れ帰って、王家とシュザルグとはそれ以来の縁になる。
王家に私的に近い家臣、しかし王家の事情を伝えるほどには近くない、それが王家とシュザルグ関係だった。
当然アスリーの人格がセイラと入れ替わってしまった件は、王家の秘密をシュザルグに明かしてはいなかった。
一方で、魔王妃の儀で魔王の加護を発動するために、魔王妃に攻撃を加える確認者たちを現地で統括する立場の王国代表に選ばれたシュザルグは、そんな王家の事情を知らずに確認者たちを現地で統括・管理する者として張り切っていた。
「──まずアスリー様に魔王の加護をご披露いただき、確認者が加護を打ち破ってアスリー様の実力を示していただく。
それが最善と思っていましたが、結局とても敵いませんでした。」
悄然としたシュザルグの告白だったが、ミッシュの加勢がなければセイラは危なかったという事実を告げれば別の問題が発生しかねないので口を噤む。
「確認者全員で掛かって王の力の半分にも満たない事実。
王家からの叱責はありませんでしたが、私は騎士の資格剥奪を申し入れるなり、屋敷を出て山奥で娘と二人修練を積んでいたのです。」
シュザルグの娘のジョアナは十四歳で騎士見習いをしていたのだが、ある理由から辞めさせたという。
その理由は、ジョアナ本人を見て何となく分かった。
頭の両脇から三角に垂れた黒い犬系の耳と艶やかな銀色の髪はよく梳かれてさらさらと肩まで流れ、ひらひらとした薄手の生地を重ねた薄緑のドレスは、体にまとわりついておよそ戦える格好ではない。
ジョアナは同じ年頃の女の子のように可愛い女の子であろうとして、それはかなり成功しているけれど、男ばかりの集団に同じ騎士見習として交じるのは拙いだろう。
「お恥ずかしい、王戴后様がお察しになられたとおりです。
ただ、王戴后様やアスリー様を引き合いにされますと、私としてもその…… 」
つまり、言い負けたわけね。
この子の年頃の私の素行が周りからどれだけ非難囂々だったかを思い出しながら、私はため息を抑えて続きを促した。
「王戴后様、私をニルグへと派遣していただけないでしょうか。」
アスリーが死に私が王家を出たと公表されダイカルが戦いの準備を始めた、いわゆる乱心騒ぎに動揺したシュザルグだったが、やがて魔族とシューバに関する情報が王家から公表されはじめた。
シュザルグは情報が目まぐるしく変わるのを疑い調べ始めるとともに、自分に何かできることがないかを模索していたらしい。
「そうね、思いついたことなんだけど、仲間を増やすことはできないかしら。」
ちょうどリルからニルグに行きたいと告げられたばかりだった私はそう提案していた。
初めは構わないと言っていた二人だったが、相手が母子のフェンリルでそのままでは目立つ事情を説明して、二人の獣人族としての能力を使って一度家族を装ってもらえないかを打診したところから、親子の意見は別れた。
「やりますっ。」
キラキラと目を輝かせて受け入れたのはジョアナで、父のシュザルグは後ずさった。
「お父さん。
お母さんが亡くなってもう十年以上経って、後添いにって何人も紹介されてるの、私、知ってるよ。
私ももう大きくなってものの分からない年でもないんだし、そもそもお嫁さんを貰おうって話でもないのに、術を使うだけで何恥ずかしがってるのよ。」
(あー、これはシュザルグじゃあ口では勝てないわ。)
私の提案を聞いた段階でジョアナがフェンを異性として意識しているのは丸分かりだったけれど、それを指摘しかけてシュザルグはジョアナの反撃にあった。
防戦一方になったシュザルグはジョアナが考えていることを追求するまで辿り着けず、シュザルグはほどなく言い負けて、話は決まったのだった。
◇◆◇◆
私たちの人間への変身はうまくいった。
獣人族になった魔獸の話は割と聞いていて特に問題があったとは聞いていなかったので、自分が返信して大きな問題があるとは思っていなかったのだけど、すぐにそれは間違いだったと気がついた。
体のバランスと重心が全然違う。
最初は立ち上がることもできなくて、立ち上がってもふらふらして足が定まらない。
そして、筋肉の使い方が全然違っていた。
当然、人間の体には人間としての体の使い方と必要な筋肉が備わっていて、返信直後は動き方が分からなくて驚いた私とフェンだったが、数分で一応の動きができるようになった。
私たちが武器を扱えるはずもなく、戦い方は素の手足を使っての攻防に加えて元々持っていた魔法での攻撃になる。
シュザルグたちからは特に体の動キレと反応速度が人間離れしていると称賛されたのだけれど、自分たちのイメージとはかけ離れて思うように動かない。何かがしっくりときていないのだ。
私の五感と動く体がうまく繋がっていない感じがする。
同じ違和感はフェンにもあったようで、その感覚が正しいことはシュザルグとの戦闘訓練の後の実戦訓練ですぐに証明された。
これくらいの相手なら間違いないと選んだゲイルボアと戦って苦戦した。
ゲイルボアの攻撃は自分たちの反応速度より遅く簡単にいなすことができるけれど、押し負けて自分の攻撃に繋がっていかないだけでなく、攻撃を補助すべき魔法も即座に発動できず後手に回る。
そしてこの程度の相手にと苛ついているうちに、押し負けたゲイルボアの攻撃がクリティカルヒットした。
「ぐがっ!! 」
実際のところ痛みはさほどなかったが、牙の突進をもろに腹にもらったときに、やられた、と思ってしまったことがショックだった。
(くそっ、もうやめるっ。)
そう思って、シュザルグから教わった変身を解くよう手順に入ろうとしたとき、飛び入ってきてゲイルボアの牙に盾を突き当てる者がいた。
「リルさん、こっちで抑えるから攻撃を! 」
呆れたことに自分で倒せる実力が十分あるくせに、立て役に甘んじて攻撃を促してくる者がいる。
(この私に、戦闘指導……? )
びっくりしながら周囲を見回すと、フェンも私と同様、呆然とジョアナを見つめているのが可笑しかった。
(ふふ、そう。)
私は急に楽しくなって、構え直すとゲイルボアへと突進し、気合いを込めて下から五指を曲げて爪を食い込ませるイメージで喉元へと振り上げると、指の先十センチほどのところでゲイルボアの喉が裂けた。
「リルさん、やったじゃないか。」
「ふう、なんとか、ようやくね。」
私はシュザルグに答えると、フェンがすれ違いざまにゲイルボアの首の下半分の肉をごっそりと抉り取るのを見やっていた。
「うん、少しだけ馴染んできたじゃないか。
どう、もうちょっとつづけてみないかい。」
ケイアナの問いかけにため息を吐きながら頷いた私だったが、ケイアナの言葉はさらに続いた。
「言ったように、あんた達は一家族の設定だ。
それでなくともあんたやフェンは人間を演じるところから始めているわけだから、不自然さが出やすい。
いざというときにボロが出ないように、変身中はそれぞれの役割を演じてほしいんだが。」
「い、いや、それはちょっと困る。」
しょうがないか、と了承しようとした側から反対意見が出て、見れば頬を赤くしたシュザルグがバタバタと手を振り回していた。
「それでいいよ。」
シュザルグのバタツキを見ながら私はそう答えていた。思わず口角が上がっているのを自分でも感じていたが、その人間的な反応の意味は私には分かっていなかった。
構成や表現におかしいところは後日修正します。
スマホで見通しが効いておらず、すみません(_ _)




