第21話 姑のいびりに耐える嫁。俺の立ち位置はそれなんだろうか
魔王妃として務めを果たすことに同意した俺は、これからも母様とは話を続ける約束をして、良い機会なので、姿形もお城を抜けるときの取りあえずの変身から直すことにした。
2人とも体のサイズは母様が居室から持ち出した服、特に下着が会わないと困るので、母様の体型とアスリーさんの体型になっている。これは致し方ない。
後は顔だが、母様は以前からよく使っている顔なのよ、ということで、ジョギングに出ていたときの顔──赤毛に獣耳の20歳くらいの顔──に、俺はメイドをしていたときの顔が慣れているので、魔王のリクエストされた残念感をなくして、赤髪に切れ長の目に通った鼻筋のすっきりした顔に微修正している。
母様が若作りしたし、2人とも赤髪なので、姉妹に見えなくもない。
母様に姉様と呼ばなくて良いんですね、と確認したら、大分躊躇った後で、母様で良い、と返事があった。
姿の変更も終わったところで、ステータスも確認する。
名前 セイラ アシタバ(ガルテム)
種族 人間
称号 -(魔王妃)
職業 剣士
Lv 166
経験値 20,568/40.586
HP 56,425
MP 30,821
体力 3,082
魔力 13,604
強さ 24,788
早さ 4,540
器用さ 10,426
特技 -(オートモード 魔王の加護 魔王の眷属)
魔法属性 -
※( )は詳細情報へ送って隠された項目
うん、すごく上がってる。166で5万とかの数字が見えるけれど、母様のステータスは6.014だそうで、HPとかどうなっているのか聞いたら、数百万のレベルだった。
うん、どんなに押してても削りきる前にこっちのHPがなくなるね。母様には絶対に勝てない。
まあ、母様と2人だけだから比較対象がなくて実感が湧かないけれど、前に比べれば相当強くなっているんだろう。
ただ、他との比較で体力と早さが低い。ここら辺はレベルが上がることを優先したために仕方がないとのことで、今後、母様が考えてくれるそうだ。
◇◆◇◆
ステータスの確認も終わって取りあえずは訓練を続けることにした。
『セイラ、結界を解除してもここいらは魔獣の影が薄い。
俺が魔獣を追い込んでくるから、そいつらと戦え。』
うわ、また随分と協力的だな、そこまでやらなくても……と思った俺にミッシュが答えた声に笑いが混じっている気がする。
『なに、アスリーの修行のために散々やった方法だ。慣れているから任せとけ。』
はあ、アスリーさんもやりましたか。任せることにした。
『セイラ、行ったぞ! 』
ミッシュから連絡があって、最初にやって来たのはゲイルボア、猪を大きくしたような魔獣だった。
気性が荒そうで全長3メートルはある。
『セイラ、そいつは飯用だ。倒したら血抜きな。』
え、こんなでかいの、どうやって、と思ううちにもゲイルボアは駆け寄ってくる。
こちらを見るとブギャーッ、と雄叫びを上げて頭を下げて突っ込んできた。
体高2メートルほどの魔獣が真正面から突っ込んでくる迫力には、正直圧倒されるものがあるが、母様に散々叩き込まれてきた俺にとってまだ冷静に見ることができる範囲のものだ。
正面下から真っ直ぐに攻めてくる敵は、ステップアウトして冷静に急所を……眉間を狙って剣を弾かれた。
くるりと回転する体をステップで抑えて的を見る。敵はすぐにスピードを落として小さく方向転換をしてくる。
思った以上に小回りが利いて、敵の攻撃の衝撃が大きくて、俺の攻撃が通らない。
(え? なら、どうする? )
攻め手が思いつかなくて焦った途端に、心の余裕がなくなった。
ゲイルボアが額を突き出して迫ってくる姿が視界いっぱいになって他を見る余裕がなくなる。
何とか躱して、通り過ぎてから及び腰で剣を振って、向き直られて逃げ腰になる。
側にあった木の後ろに隠れたら、ゲイルボアが木にぶつかった衝撃で木が撓んでぶつかって弾き飛ばされた。
痛った……慌てて起き上がりながら指をスライドさせてステータスを開くと、HPが千ほど削れている。
視線をステータスからゲイルボアに戻すと、もう次の攻撃が間近に迫っている。
飛び上がって両脚を開いて跳び箱のように飛び越そうとしたが、助走も何もしていないので跳ね飛ばされ、木の枝にぶつかったところを起点に体が捻れて首が衝撃で揺れ、剣が手から滑り落ちた。
腹ばいに地面に落ちて視界にゲイルボアが入らないか探すと、足の方から地響きがする。
(くっそ……! )
肘と膝を曲げて瞬間的に頭の方へと体を押し出して水平に飛ぶような形で避けると、足に微かに当たったが、逃げることができた。
ごろごろと横に転がった勢いを利用して立ち上がり、ゲイルボアを探すと方向を変えようとしているところだった。剣はと見ると、ゲイルボアの向こうに見える。
(ビビってたら何にもできない。とにかく一つずつだ! )
俺は腰に下げていた料理用のナイフを取り出すとゲイルボアに向かって駆け出す。ゲイルボアが迫って、ここ、という場所で左へステップしてスライディングすると、ナイフをゲイルボアの右目に向けて振り出す。
衝撃があって、ピギャー!、という悲鳴が上がって腕が振り抜けて、急いで立ち上がって剣へと走り、向き直るとゲイルボアは転倒していたが、前足を掻いて起き上がってこちらへと向いた。
右目が潰れて眼窩を切り裂いたのだろう、こめかみの少し上の辺りが血に塗れていた。
俺は剣を手にもう一度ゲイルボアに突進すると、ゲイルボアも突進してきた。ぶつかる寸前に右にステップして体を捻りながらスライディングし、右手に左手を添えて目から斜めに入る角度に調整して剣を構える。
衝撃があって、剣を手から離して、立ち上がるとゲイルボアは倒れて痙攣をしており、前に回ると剣は目から脳へと突き刺さっていた。
「最初バタバタしたけれど、初めての戦闘にしてはまあまあね。」
母様の批評が聞こえてきて、俺も溜め息を吐きながら頷く。
血抜きをしなければならないが、トン単位の化け物だ。母様にロープをもらって何とか大きな木の下まで引きずり、木の枝に懸けて持ち上げようとして引っ張ったら自分が持ち上がって母様に笑われた。
「どこか下にロープを回すか足で踏ん張れる場所を探さないと、単に引っ張ったって向こうの方が重いんだから無理よ。」
母様に言われて気が付いて、隣の斜めに生えた幹に足を掛け、逆さに立つようにしてロープを引っ張るとじりじりと持ち上がった。
最後は母様にも手伝ってもらってゲイルボアが宙に浮いた状態で木に括り付け、ミッシュに教わりながら頸動脈を切って血を抜く。
血抜きが終わって、肉の鮮度保持のために30メートルもある先の川へ肉を漬けろ、とミッシュに言われ、がっくりとしながらロープを解いて引き摺っていくが、先ほどと同じで木の幹にロープを巻くなどしないと体重差で簡単に引っ張ることができない。
川に辿り着き、川の深いところを探して沈めるのには、足場もなくて本当に苦労した。
川の側でヘタって用意していた水を飲んでいると、何かが多数やってくる気配がする。
『アギラオオカミだな。アギラオオカミは伝令役を仕留めない限り、仲間を延々と呼び続ける。肉は俺たちが護ってやるから、やられないように気をつけな。』
「セイラちゃん、レベルアップのチャンスだよー。」
肉を狙って狼が来たのか。
俺はがっくりと項垂れながら、狼を迎え討つ足場の良い場所に移動した。
アギラオオカミは狡猾だった。
一頭が牽制して死角から次々に来たり、周りから一斉に掛かってくる。
先ほどゲイルボアと戦っていたときに少し鋭敏になった五感をフルに動員して戦ううちにだんだんと気配が分かるようになってきた。
まだ気配に頼って動けるほどではないが、こちらから来そうだと少しでも先に気が付けば対応が早くなる。
ステップして躱して切りつけて、剣でブロックしながら避けて次の狼に切りつける。
訓練の効果が現れて、だんだんと動きが良くなっていく。
後は、あそこで仲間を呼び続けている奴を倒せれば、少しは楽になるんじゃないか……。
夢中になってアギラオオカミと戦っていたときだった。
『セイラ、アギラオオカミが何かを見つけてそちらへ移動し始めている。』
ミッシュの連絡があり、周りを見るとアギラオオカミの数が減っている。
ちょっと見てくる、とミッシュから連絡があり、アギラオオカミをあらかた片付けたところへまた連絡が入った。
『人が襲われている。俺は援護に入るから来てくれ! 』
先ほどミッシュが走って行った方向を見ながら、俺は母様にミッシュの伝言を伝えた。
「セイラ、行くわよ! ほら、早く。」
まずは水の補給をと水筒の水を飲んでいた俺は、母様に促されて、
「は、はい、母様、ただいま参ります! 」
と、姑に無理難題を急かされた嫁のような答えをして、母様が走って行った方角へダッシュした。




