第65話 フェンリル、起動
いろいろありましたが、何とか無事に戻って続きをお届けできます。
大変長らく中断して申し訳ありませんm(_'_)m
当面は本人や読者の方々のリハビリも兼ねて、少し流れを整理しながら進めたいと思います。
(ここにいるのはもう充分。)
私は息子と共にここ何週間かを過ごした王宮のフェンリル用の飼育用の小屋を見回して、最高に居心地の良い安全な環境だけど、と溜め息を吐いた。
危険な場所から逃れて今は安全な場所に居て、しかもここガルテム王宮には十数頭のフェンリルがいる。
個人主義のフェンリルには珍しいことだが王宮の飼育員の誘導でフェンリルは雄のリーダーの下で群れを作っていたが、生存環境はうまく整えられていてそのこと自体に思うところはなかった。
ここに居座れば群れのリーダー格は私と息子に代わることになるだろうが、ガルテム王宮の飼育員たちはケイアナとアスリーに従って王宮まで運んできた私たち親子を囲い込んで群れのリーダー格に据えることこそ望んでいることだった。
これまでの私だったら、飼育員たちの狙いは知りつつ環境が良く安全性が高いのを良しとして、群れの中からマシな雄を選んで番としただろう。
理想的な環境が目の前にあって、セイラが群れから離れた今、ケイアナを新たなリーダーと認めれば、たぶん私はそれを手に入れることが出来る。
でも、本当にどうしたんだろう。今の私はそれをつまらないと感じていた。
シューダに他の魔獣と共に袋小路に追い込まれてしまうことを警戒した私は、フェイントでシューダを誘き出し踵を返してほかの魔獣の向かう先とは反対側のガズヴァル大陸へと逃げたのだがその結果、私と息子はガズヴァル大陸から狩りに出てきた多数の魔獣に襲われて、息子を護りながら戦い続けることが出来なくなった私は息子を1人シューダの方向へと逃がした。
戻ればまたシューダと遭遇すると知りながら、この先にも安全はないと判断しての一か八かの選択だったが、息子は逃げた先で人間の子どもジューダと出会い、魔族の一団が近くに居たことなどの幸運が味方してか、お互いに協力して一人と一匹で生き延びたということだ。
一方で息子を安全に逃がすために身を挺して魔獣たちの進路を遮った私は、普通ならこの程度の相手なら被るはずのない深手を負ってしまい、治癒するまで安静にしているべき状態だったが、息子をシューダから護らなくてはならないという焦りから無理に息子を追いかけたために、傷口が化膿して私は死にかけていた。
体がもはや回復不能の状態にあることを悟った私は、死ぬ前にせめて息子の無事を一目確認したい思いだけで這うように前進している状況で、それも体力が尽きて終わろうとしていたが、そこに息子を連れて現れたセイラの治癒魔法によって私の命は救われたのだった。
その後、息子ともどもセイラに保護されたらしいことを知った私はセイラを自らのリーダーと定めて、私にリル、息子にはフェンの名前をセイラからもらって群れに加わることにしたのだが──
人間と協力して過酷な環境を生き抜こうとした息子と人間の治癒魔法で命拾いした私は、人間から何かの影響を受けたようだ。
再会した息子は標準的なフェンリルの成長速度を考えるともう成獣となるべき頃合いなのに分かれたときから肉体と精神が成熟することなくただ体格が大きくなっているだけだった。
人間の子どもと深く関わった魔獣の子どもの成長速度が人間と同期してしまうことがあるというのは私も聞いたことがあったので、私はそれだろうかと漠然と思っていた。
それにそんなことよりも、私自身もセイラと念話が通じるようになって、自分が感じていることを考えに纏めてどうしてもらいたいのかを繰り返し相手に伝えているうちに、自分の守ってきた世界の壁が急激に薄くなってその壁の向こうに新たに世界が広がっていくことに私は愕然としていたのだった。
世界はなんと広いことか。
「人間との深い絆ができてしまったら、儂のように人間と関り続けることをきっともう二人とも止められなくなるよ。」
セイラの知り合いであるらしいテュールというアウルベアの魔獣に出会ったときにはこうも言われたが、そのときはフェンリルとして長年生きてきた自分の生き様がそれほど変わるとは信じなかった。
だが今や、私はテュールから聞いた言葉の反芻しながら、セイラの群れに属して知った様々な出来事の意味を考えていた。
まずはここを出て行こう、それはフェンと相談してすぐに出た結論だった。
それからセイラがいなくなって、現在の群れの仮のリーダーとしているケイアナに相談をした。
「出て行くのは良いだろう。それで、どうするつもりだい。」
『ニルグには私と同じ境遇の魔獣がたくさんいると聞いた。
フェンと2人でニルグ周辺の状況を調べながらそこにいる魔獣たちに合流しようと思う。』
「そうだね、アイザルとテュールが頑張ってくれているけれど、いささか手が足りないそうだ。
助かるんだが、フェンリルが二匹で走っていたら目立ちすぎる。
私たちはまずは内緒でセイラの元に行くからね、私が乗っているはずのフェンリルだとバレたら下手をすれば討伐が懸かるよ。
で、私に考えがあるんだが、どうだろう。」
ケイアナは面白がるような表情でにやりと笑うと、ここを出て行く段取りについて説明を始めた。最初は面倒なことをと思った私だったが、だんだんと好奇心が募ってきてほどなく了承してしまったのは、やはり私たちは人間に毒されてしまっているのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私とフェンは城の前で整列して、ケイアナが出てくるのを待っていた。
ケイアナは収納を持っているのでこんな旅装はいらないのだが、対外的に自分たちが何者か分かり易く示すのが旅装の目的で、自分たちは主人ケイアナに馴致された魔獣といった役どころになっている。
ケイアナがメイドと男の子を連れて王家の居室から出てくると、整列していた兵士たちが剣を掲げた。後から国王ダイカルと妻のアスリーを伴って見送りに来ている。
「母上、どうかご無事で。」
男の子がケイアナに抱き付いてにこりと笑うのをみて、私は男の子がケイアナの次男ジャガルだと知った。
「母上、シューバ討伐の指揮をどうかよろしくお願いします。
それから──」
ダイカルがアスリーに視線をやると、アスリーが頷いてケイアナの方へと歩を向ける。
アスリーの後にはメイドが一人付き従っていて、二人ともケイアナと同様に旅装に身を包んでいる。ケイアナとアスリーはともに世界屈指の強さだし、自分と息子は二人の足としてだけでなく護衛役も兼ねている。
だが王家のトップレディ二人の身の回りのことを自分たちだけでさせるわけにはいかないというのが重臣たちや王家の家令の意向だ、ということになっているけど、実は彼女は周囲を納得させるための形式的な存在に過ぎない。
「それではタルシア、フェンリルたちと共に母上をよろしく頼む。」
予定どおりにダイカルがメイドにそう命じると、タルシアは深々と頭を下げて私の体に固定された荷物の点検を行った。
私にはケイアナが、フェンにはアスリーが乗り、道中の荷物は私の両脇に振り分けて固定されている。タルシアは獣人寄りの魔人で、駆けて私たちに併走することになっていて、メイド服はというと短めのスカートの下にスパッツを履いた軽装になっている。
ケイアナとアスリーが私たちに乗り込むのを確認してタルシアはダイカルに一礼すると踵を返した。
周囲には王国の重鎮が並んで私たちのために道を空け、通り過ぎる私たちに派手ではないが声を掛け、ケイアナたちはそれにいちいち頷いた。
城から街道に出ると国民が集まっていて、楽団を先頭に兵士たちに護衛された遠征のパレードが始まり、ケイアナとアスリーは民衆に向けて笑顔で手を振りながら郊外へと進んでいく。
◇◆◇◆
「ここで小休止するよ。」
町を出て30分ほど進み人影がなくなってから私たちは脇道に逸れてしばらく進み、ケイアナが小さな広場で休憩を告げた。
私とフェンが木陰で立ち止まると、私たちから下りたケイアナたちは森の始まりにある大きなトモグスの木へと向かう。
「母上、アスリー、それからティムニア、お疲れ様。」
「いえ、我が君こそここまでよくおいでになりました。」
木の陰に目立たぬように建てられた小さな小屋からダイカルが現れ、ケイアナによりタルシアの姿から変わりつつあるティムニアを横目にアスリーが答える。
そのままダイカルは共の者たちを置いて異空間へと消え、戻ってきたときには女性へと変わりタルシアの旅装に身を包んでいた。
ケイアナがダイカルの容姿をタルシアのものへと変えるとセイラ直伝のトリックフォックスの魔法で偽装していたティムニアのステータス表の内容をダイカルのステータス表へと貼り付けて移し替えていく。
「この魔法は便利だけど秩序を守る者にとっては悪夢だわ。セイラには人に教えないよう禁止しておいて正解だったわ。」
「母上、闇魔法と聖魔法も管理すべきだと思うのですが…… 」
ケイアナとダイカルが何やら話し込んでいたが、私にはそれに構っている暇がなかった。
「それではリルたちも準備は良いかい。」
ダイカルの後から続いて出てきた男女が私とフェンの前にそれぞれ立ち、私たちに魔法を発動させていたからだ。
男女はガルテム王国の騎士シュザルグとその娘で、2人は魔人族に身を置く獣人だった。獣人は魔獣を伴侶とすることができるが、否応なく変身させて伴侶となることを強いる訳ではない。お互いの合意があればお試しとして、異性に限り魔獣の姿を人間に変えることができるらしい。
私とフェンはまず二頭で、それからシュザルグとその娘ジョアルを交えて何度も相談して決め、これまでに何度か変身して準備をしてきた。
私の体格は標準的ながら人間としてはやや細身であるらしい。漆黒のショートボブを彩るようにレモン色に残った一房のフェンリルの毛並みに、ケイアナによれば、皮肉っぽくも見える笑顔が気の強さと懐の深さを暗示しているとか何とか、人間の表現はよく分からない。
フェンは成長期に差し掛かったところのはずだが、私と変わらないほどの長身で人間族としての姿は少し成長が進んでいるように思え、私と同じ漆黒の髪にレモン色の髪がちりばめられた面長の顔は思春期特有の憂いを帯びた藍色の瞳が印象的だ。
人間に変化するときの容姿は術を使う獣人の好みが加味されるらしいので、私と息子の姿にはシュザルグとジョアルの好みが反映されているだろうことは確実だったが、最初に変身したときのケイアナやアスリーたちの様子から、フェンの容姿に関してはジョアルが何かやらかしてしまっているのでないかと感じていた。
「おおっと、リルさん、気をつけて。」
「ああ、ありがとう。」
四つ足から二本足に変わって全裸で立ち上がろうとする私の肩にシュザルグさんは視線を逸らしながらマントを掛けてくれる。人間の体にも慣れてもうよろめくことなんかないのだけれど、問題は私が裸だというところにあるらしい。
同じようにフェンにマントを掛けながら、真っ赤な顔でちらちらと何やら覗き込んでいるジョアルを横目に、私はシュザルグに礼を言うとフェンとそれぞれ異空間を作って着替えを済ませた。
しばらくは皆で一緒に進み、それからケイアナ、アスリー、ダイカルの群れとシュザルグ、ジョアルと私とフェンの群れに分かれてそれぞれの目的地に進むことになっている。
これから経験するだろう全く新しい体験に、私の胸は弾んでいた。
この程度、いちいち控えていなくても大丈夫、と控えてなかった固有名称のど忘れが酷い。
記述カ所を大捜索したりしていまして、しばらくはゆっくり目と思います。
ぜひご容赦を。




