第64話 神曲~止めてください。ただの婚礼のBGMです
「女神リーアとガシュルさんの訪問があったと聞いて、実は愛血王がこちらへ向かわれていて、今日の昼過ぎにお見えになる予定です。
王もお疲れでしょうから本日はご挨拶だけなさって夕餉までの間はお休み頂こうと思いますので、夕食には皆様もご都合をお繰り合わせ頂ければありがたく存じます。」
フェリアスさんたちを迎えた翌朝、朝食の席でトルキア伯爵から発表があった。
女神リーア、ガズルさんたちや私たちにはすでに知らされていたことだけれど、フェリアスさんに直に伝えるのは今日が初めてになるし、コールズさんや威城のメイドといった私の他の連れたちにも公開してよいということらしい。
「それでな、セイラさん。包み隠さずに言うお願いなんじゃが…… 」
ちらりとこちらを見たトルキア伯爵の身長がくしゃくしゃと縮んだと思ったら、おじいさんの人格と入れ替わって話し掛けてきた。
何ごとと思ったら、国王に私の歌を披露してもらえないかとの頼みだった。
私もトルキア城には客分の扱いで滞在していて国王には謁見することになる。
私の歌が話題になっているのは伯爵も知っていてすでに披露もしているのだけれど、私に愛血王へも歌を披露してくれと頼むのは、公的にガルテム王国の王妃(予定)である私を芸人扱いすることになるのではと言い淀んでいたらしい。
見世物扱いは好きじゃないけれど、トルキア伯爵にはお世話になっているから仕方ないかなあと考えていたら、ガズルさんから提案があった。
「各国の目もあるから、伯爵のご心配はそのとおりだと思います。
なら、国王を超える存在に披露すれば良い。」
(ああ、神。)
にこりと笑うガズルさんの視線の先を見遣って納得がいった。
さすがは鬼人族を数百年も束ねている人、すごいなあと感心していたら、ミッシュがぼそりと仏頂面で呟く。
「ジャスダの結婚式を王の立ち会いで内々にやって、聖歌代わりに歌を披露するというのはどうだ。」
「私たちの結婚を神前で、ですか。」
ジャスダさんことトルキア伯爵の顔がぱあっと綻ぶ。
「私たちは長命ですから、女神リーアだけでなく男神ガシュミルドのことも覚えていて崇拝していて、今回王がお見えになるのも、女神と元男神が揃ってご訪問になったと聞いてのことです。
私とシュゼーダさんとの結婚はずっと昔に王に内諾をもらっていますが、正式な承認がまだなんですが、今回はむしろ良かった。
女神と元男神が揃って寿いでいただける婚礼に臨席なさるためならば、国王様も二つ返事をくださるでしょう。」
伯爵はすっかり上機嫌になってしまったのだけれど、今回はゲイズさんという私にとっての最高の伴奏者がいない。
この世界の宗教音楽って荘厳さ重視でやたらと重たいんだけど、そんな伴奏にアニソンを合わせるってどうしようかと考えていたら兄さんが気遣ってくれた。
「うん、それなら俺もセイラと一緒に歌いましょう。」
兄さんと私は当然歌唱力は同じなので、結構歌える。
でも伴奏との調整と編成をどうしようかと悩んでいたら、リーアが支援の手を差し伸べてくれた。
リーアの名前を出さないようアイリ呼びを皆に言い含めてから楽士たちのところへと行き、控え目にイントロと旋律だけを演奏するように指示し、兄さんには私の歌の装飾を指示したところでちょっと中断した。
伴奏の重たい音色と重ねると男性の声が重たく感じられて、裏声にしたら声量が落ちて声が通りにくい。
「セラム、男性の声よりも女性の声が良いわ。」
アイリの要求に兄さんが面白くなさそうな顔で引き受けて、それからティルクを引っ張り込んだ。
最近ダイカルが女性でいることが多いのには私も兄さんも気が付いていて、最初はダイカルが変な性癖に目覚めたのではと心配したけれど、母様やアスリーさんが一緒にいて昼から連続して女性になり続けていることが多いということは、政務との調整もしていて母様たちに何かの思惑があるのだと納得した。
当面の問題はダイカルが女性になっている間は兄さんが女性になれないことだけれど、兄さんが強制的に女性になってすぐに戻るのを2回ほど繰り返したら私の魔王妃の称号が明るくなって、ダイカルが自主的に男性に戻ったのが分かった。
譲ってくれるらしい。
兄さんは一度着替えて楽士の人たちに挨拶して混ざり、楽団の伴奏に載せて私が歌うのに合わせて、ティルクとハモりながらパパパ、ルルル、ティラタラタ、とハモって曲調を軽く仕上げるように練習を重ねていく。
時間もあまりないので複雑なことは避けて、アイリさんが効果的だと指定した箇所を確実に熟せるように練習をしているうちに愛血王がご到着になったと連絡があった。
私の身分の真実についてはトルキア伯爵から愛血王に報告しないようにアイリさんとガシュルから口止めがしてあって、神の要求に伯爵は一も二もなく従っている。
愛血王が旅装を解いてアイリさんたちに拝謁するために体を清めている間に私たちも身支度をして、兄さんはまた男の姿に戻っていて、兄さんのことは仲間の1人が参加したということで通すつもりだ。
◇◆◇◆
「女神リーア、我が国にご来訪を賜りこれ以上の名誉はありません。
そしてガシュル。
私たち愛血族が今日長らえてきたのはあなたのお陰です。
お捨てになった名と称号かもしれませぬが、男神ガシュミルドは私たちの中では永遠の信仰を捧げる対象なのです。」
愛血王アルジアの挨拶を受けて、微かな笑みを浮かべるアイリさんと観念したような諦めの眼差しを向けるミッシュへ愛血族一同が膝を付き祈りを捧げる様子を素早く見渡し、私たちも愛血族に従って形式を合わせた。
リーアとミッシュには親しくしてもらって気安く言葉を交わしてもいるけれど、もちろん私たちだって2人には厚情を以て言い知れない恩を受けている。
「愛血王、本日は愛血族の忠信トルキアがシュゼーを伴侶として迎え入れると聞いて、王の到着を心待ちにしておりました。
国の行事に触らぬよう、王立ち会いの下で内々の婚儀を執り行いたいのですが、問題はありませんね。」
リーアの提案に愛血王は驚いた表情でトルキア伯爵を見て破顔して満面の笑みを浮かべた。
「こやつが自分の婚儀を渋ることにはいつもイライラとしておりましたが、まさか2柱の神々が威信を発揮せねばならぬほどだとは想像もしておりませんでした。
この良き日に、ぜひこやつに引導を渡して頂きたく存じます。」
愛血王が伯爵を見る眼が温かい。
(500年以上の時代を共に生きて一族の興隆に尽力してきた間柄なんだろうし、きっと立場を超えた友情もあるんだろうな。)
ほっこりとしながら見入っていたら、兄さんに裾を引っ張られて向こうでシュゼーダさんが花嫁衣装を纏って控えているのに気付く。
見れば伯爵の衣装はそのまま新郎として使えそうだ。
ティルクの腕も引っ張って3人で慌てて下がって、兄さんも姿を変えて着替えを済ませる。
城の隣にある教会に小走りに戻ってきたときには新郎新婦が揃って周囲と歓談している。
後では楽士たちも揃っていて、これは待たせてしまったようだ。
「それではリーア様、ガシュミルド様、我ら2人の──「愛血族における女神と男神の最も敬虔な信徒であるジャスダ トルキアとその妻シュゼーダの婚礼をこれより執り行う。
本日、汝ジャスダはシュゼーダを妻と娶り艱苦と喜びを共にあることを、この世を司る2柱の神に真心より誓うか。
また夫ジャスダは…… 」」
トルキア伯爵が2柱に向けて始めた口上を途中から愛血王が引き継いぐ。
恐らく数えきれぬほどの回数、同じ口上を述べ神に捧げてきたアルジア王の言葉は滑らかで厳かなものだった。
王の口上が終わりに差し掛かり、私はリーアからアイコンタクトを受けて、控える楽士たちに手で合図を送った。
(さあ、全員が合わせて通すのはこれが初めて。
気を抜かないでいくよ。)
重厚な弦楽器と打楽器の音が教会に響く。
華やかさには欠ける荘厳な和音に兄さんとティルクがパラパ、パラパと掛け合ってワンコーラスを飾り、私が歌い始めると楽器の音量も抑えられて一時アカペラに近い状態になって、それから控え目な和音に移行する。
主旋律は私だけが歌い上げるのを所々でティルクがコーラスで彩ってくれる。
そしてゲイズさんのジャガルの代わりにメロディを縦横に走らせて副旋律を作ってくれているのは兄さんだ。
結婚式の歌だから、激しい曲調にはせずに新郎新婦がともに添い遂げたいと願う気持ちを前面に出したアレンジになっている。
そして抑えた抑揚でそっと祈りの言葉が響く曲の終わり方を生かして、兄さんが私の声が消えるのにかぶせて同じ旋律と言葉を繰り返し、さらに私がもう一度重ねる。
「2人の婚姻を我らは嘉します。」
歌の名残が消えてしんとした教会にリーアの宣言が響いて、伯爵とシュゼーダさんの結婚は神が認めるものとなった。
少し前に活動報告にかきましたが、今のところバタバタが更新の遅れる方に影響しています。
ただこのまま遅れ続けるのかというと、それもちょっと現時点では分からないです。




