第63話 悪夢の訪れ~悪夢からはまず醒めないと
「私の魔法は、私が好意を持った人の持っている能力や知識を自分のものにできるのというものなの。
この魔法はステータス表に現れなくて、リーアによると、それは元の世界から持ってきた魔法の力がこの世界の魔法体系で定義ができないためらしいわ。
だけど、私が元の世界でそんな能力を持っていたわけではなくてね、好きになった人との関係を思春期の性別決定に反映する元の世界の一般的な特徴が、この世界に来たときに私固有の魔法として変化したもののようなの。」
私は大祖母様の話を聞いて、それなら、と私は思った。
「大祖母様の魔法の力の奥には、実は性別を変える能力までが隠されていたんじゃないでしょうか。」
「……どうかしらね。
あるかもしれないけれど、魔王に覚醒していない子孫が、先祖の王が持っていた力を超えて魔法を発揮することはまずないわ。」
大祖母様は話を切ると、微笑んで私に質問をした。
「で、ティルクちゃんのご先祖は誰なのかしら。
楽園を出て行った私の子は3人。いずれも息子だから、誰かが娘になっちゃったということよね。」
途中で性別が決まる世界から来たので免疫があるのだろうか、あっけらかんと尋ねてくる大祖母様を前に、私は口ごもった。
実はご先祖の名前は伝わっていない。お母さんは知っているのかもしれないけれど、少なくとも私は聞いていなかった。
うーん、と困った私は、ふと思いついて剣を取り出した。
ちょっと貸して、と大祖母様は私から剣を受け取ると握りの根元のボタンを押して柄をスライドさせて、現れた紋章に見入る。
「ダメね、私には分からないわ。これ、借りて良いかしら。
主人が見れば微妙なできばえの差から、誰に渡した剣だか分かると思うの。」
私は剣を大祖母様に渡すことを了承した。
大祖母様の夫のギダルさんはトルキア伯爵と一緒にミッシュと女神リーアの相手をしている。
大祖母様も参加したいだろうところをお相手をお願いしているのだし、剣も元々は大祖母様のものだから仕方がない。
「それからね、性の問題で困ったらアンパーに行けとご先祖から伝えられたということだけど、私は楽園を出て行った息子たちの誰とも再会していないの。
アンパーのどこかに解決のヒントがあるんじゃないかしら。
一度、トルキア伯爵に相談してみた方がいいわ。」
分かりました、と了解した私に念話が届いた。
『おおよその話は聞いていた。明朝、セラムたちに魔法創造の説明をするときに一緒にいてくれるか。
少し説明しておきたいことがある。』
またミッシュに盗み聞きをされていたらしい。
いきなり話に割り込んでこられて少しイラついたけれど、元男神と現役の女神の2人に隠し事は無理なんだろうし、また助けてくれるんだろうから仕方がないと納得する。
しかも一緒にいたらしいセラムが念話で声を掛けてくれて、私の心臓はとくんと弾んだ。
『ティルク、今夜もセイラと一緒に休むんだろう?
フェリアスさんとの話が終わったら、その前にちょっとだけ会おうか。』
姉様のことをどうしたいかまだ整理が付いていないから、セラムと会ったらどんな顔をすれば良いのか分からないけれど、会いたいのは事実。すぐにオーケーした。
◇◆◇◆
「こうしてゆっくり話をするのは久しぶりだなあ。」
私はテーブルを挟んだセラムの向かいの椅子に座ってこくりと頷いた。
何を言おうか、どう話そうか、そんな思いが突き上げてきて言葉を口にできないでいる私に、セラムは微笑んだ。
「俺とセイラがいきなり分かれたんだ、うまく言葉にできないことだってあるだろ。
納得できるまで、無理に言葉にしなくてもいいよ。」
そんなセラムの優しい言葉が胸を突いて、私は涙が零れた。
(私はセラムを裏切ろうとしているのかもしれない。)
2人が分かれて私が姉様と一緒になるなら、当然そういうことになる。
俯いて唇を噛み締めていたら、背後に温もりを感じて、セラムが私の後ろに回っていて、肩から両手を回して緩く抱きしめていた。
「シューバの様子を見に行っただけなのに、そのシューバと戦ったり俺とセイラの心配をさせたり、ティルクには苦労を掛けているな。」
(自分こそ余所の世界からやって来て、自分には何の関わりもない戦いに巻き込まれれてるくせに…… )
セラムと姉様を私はどうすればいいんだろう、そう思うと一層涙が零れてくる。
「ティルク。今、俺とセイラの記憶は共有されていない。
もし辛いことがあって、溜め込むしかないと思ったら、俺に話してくれ。どんなことでも聞いて、相談に乗って、必要ならなかったことにして忘れてやる。」
(……言えやしない。)
そう思いながらも頷いて、その夜は後のセラムに身を凭れ掛けてしばらく泣き続けていたけれど、翌朝、私は少し気持ちが楽になった自分に気が付いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あら、叔父上、ようこそいらっしゃいました。
どうぞお入りください。」
何度もの呼び出しを受けて王城に仕方なくやって来たジアールは、出迎えた若い女性の姿に硬直していた。
髪の色は違うが、顔つきと物腰と、そして何より伝わってくる自分を凌ぐ強さ。
ジアールは若き日に姉ケイアナに徹底的にしごかれた記憶がフラッシュバックするように押し寄せて立ち竦んでいることを自覚して、ひやりと汗が垂れる。
娘の後ろに立つもう1つの強い気へと目を遣って姉のケイアナを見つけて、喉が狭まってヒューヒューと鳴るのを意識しながら、目の前にいるのは誰だと必死で記憶を探るが、思い当たる親戚はいなかった。
「お、お前は誰だ。
そうか、アスリー后だな。
姉上の魔法で姿を変えて、俺の古傷を抉って揶揄って…… 」
ジアールは相手の強さからアスリーが変化の魔法で姉の悪ふざけの片棒を担いでいるのだろうと当たりを付けたが、娘の後ろへ畳んだ布を持ってアスリーが現れたのを見て口ごもった。
娘はアスリーが恭しく差し出した布、ローブを受け取ると広げて身に纏うとジアールににこりと微笑む。
一瞬の後、娘が掻き消えて長身のダイカルが立っているのにジアールはぎょっとして身を引いた。
「叔父上、残念ながら私だよ。
事情があって、このようなことになってしまって困っている。
解決するためにしばらく王都をお任せしたいのだが、頼めないだろうか。」
それだけを言うと、ダイカルはまた娘の姿に戻ってジアールを上目遣いにじっと見詰めている。
(ああ、ローブは女の衣装のまま戻った姿を隠すためか。)
そう当たりは付いて、ジアールはまだ自分が正常な判断力を維持していることに内心ほっとしたが、次の瞬間には、いや、ダイカルが一瞬で男女を入れ替えて変身したと信じた自分に正常な判断力が残っているのかと疑った。
「ふふ。叔父上、これは紛れもなく現実ですよ。
証明をお望みですか。」
ダイカルが側に置かれた剣に手を差し伸べるのを見て、ジアールは猛烈な勢いで首を横に振った。
「いや、いい、信じる。信じるからその姿で戦わないでくれ。」
その姿で戦われて負けたら、長年掛けて克服したはずのトラウマがまたぶり返しかねない。
「ジアール、話が早くて助かるわあ。
私とダイカルは、その魔法の解決のためにしばらく王都を離れたいの。
だけど今、まだ国を出た形跡がないとはいえ、人族が勇者を押し立てて攻めてくる算段をしていることは、あなたも知っているでしょう。
私たちが留守の間、応戦能力は維持しておかなければならないの。
ぜひ協力して、ダイカルの名代を務めてくれると助かるわ。」
姉ケイアナが和やかに話を切り出してくるのを聞きながら、ジアールは大きな溜め息を吐いた。
こんな悪夢のような事態が続いては堪らない。
何だって協力しましょうと、ジアールは疲れた表情で請け負った。




