第60話 え、ダイカル……一国の王が、マジですか
翌朝、私たちはフェリアスさんに会うために集合した。
集まったのはミッシュとリーア、トルキア伯爵に私とセラムとティルクの6人で、ミッシュ、リーア、トルキア伯爵の3人は転移で向かい、残りの私たちは空を飛んで追いかけて合流する。
最初はコールズさんも一緒に行くつもりだったのが、自力で皆に付いて行くことができないので諦めたらしい。
ミッシュは頼まれれば連れて行くつもりだったんだけど、コールズさんが元とはいえ神への頼み事を畏れ多いと感じて踏み込んでこなかったんだって。
それでもコールズさんは見送りに来てくれていて、さぞかし複雑な表情をしているかと思ったら、直感が覚えられないこれまでの焦りすらも表情から綺麗に消えて、すっきりとした顔つきなのにびっくりした。
「連れて行けと言ってこなかったからな、道中でコールズに話すつもりだったことを昨夜のうちに伝えておいた。」
ミッシュが私と兄さんにそう伝えてきたので、教えてくれるか怪しみながら聞くと、ミッシュはあっけらかんと説明をしてくれた。
「コールズの勇者の力はずる賢くてな、力の内容が知れると自分の力が落ちることを知っていて、本人にすら悟られないように働いている。
だから勇者の力がどんなものかはコールズにも話していないんだが、彼がまだ直感に目覚めないのは、その方が望ましいと勇者の力が判断しているからだという推察を説明してな、コールズは自分のこれまでの経験を思い返して、大いに納得がいったようだ。」
ミッシュの説明に私が首を傾げていると、リーアが口を挟んできた。
「コールズが直感に目覚めれば、その力のバランスの変化がほかの勇者にも伝わる。
どうもコールズの力はそれを計算して、直感が目覚めるのをセーブしている節があるの。」
(へえ、コールズさんをサポートできるんだったら、その勇者の力って、かなりしっかりしてるよね。)
コールズさんの世話のためにくるくると気を回すウィーナさんを連想して、私はくすりと笑った。
本音では、本人が自制していても周囲に漏れていた暗い雰囲気はみんなに微妙に影響していたので、コールズさんが落ち着いてくれてよかったと安心もしたんだ。
「それで、俺たちにも教えてくれることがあるんだろ。」
「ああ、ある。それはまた追々な。」
私たちはシューダ討伐の作戦について何も聞かされていないし、ダイカルの魔王の力も私たちの魔王妃の力も分からないままだ。
兄さんが突っ込んだけどミッシュにはまた先送りされてしまい、私は頬を少し膨らませた。
でもまあ、拒否はしてないんだし、と自制を促してくる兄さんに頷きながら気分を切り替えてミッシュの示す方向に飛び、転移した先で待っているミッシュたちに合流するとまた次の方向を指示されて飛ぶ。
これを繰り返して2時間ほどで私たちは目的地に到着した。
山中の岩を掘るように削ってできた一本道の通路が壁に突き当たる行き止まりで、ミッシュの指示に従ってそれぞれが収納空間を使う。
すると収納空間はどこか知らない別の空間に繋がっていて、それぞれ自分の収納空間を潜ってそこに入った。
途端に強烈な光が体を貫くように迸り、目が慣れてから周りを見渡すと、そこには草原が広がっていた。
「今の光は何の害もないから心配するな。
ただの滅菌処置だよ。」
異世界の知識がある私たちになら分かると思ったのか、ミッシュにそう簡潔に伝えられて、理解できなかったティルクに滅菌処置とは何かを説明しているうちに、すぐ側に転移の揺らめきが起きて年配の男女が現れた。
男性の方は鬼人族で、族長のギダルさんだろう。
薄墨色の頭髪の間から覗く一本角は象牙色が年経た飴色の光沢を帯びているのが、物静かだがそこにいることを意識せずにいられないギダルさんの存在感とよく似合っている。
女性の方は魔人族の2本角。フェリアスさんの髪は紺色に混じる白髪によりミントグリーンへと色合いを変えていて、ダークグリーンの瞳はやはり柔和な微笑みとよく似合っていて、なぜか安心させられる。
周りを見回してギダルさんはミッシュに、フェリアスさんはミッシュに軽く会釈した後にリーアの元へと赴き、異口同音に挨拶をして再会を喜ぶ様を私たちが見守っていると、やがてミッシュが私たちへと視線を向けて手招きし、フェリアスさんたちと引き合わせてくれた。
「こちらの2人は異世界からの転移者で、リーアに君の事例に倣って魔王妃の体に幽体を入れられてな、今、幽体を分割しなければならない段階に来ている。
緊急措置として男女の意識を分けて私とリーアの使徒の体を使っているんだが、君の経験が参考になるかと思って連れてきたんだ。
それからこちらのティルクはあなたたちの玄孫だ。
彼女も2人に相談があるそうだぞ。」
フェリアスさんはちょっと驚いた顔で私とセラム、それからティルクへと視線を向け、私たち3人に微笑んだ。
「そう、あなたたちも私と同じ経験をしているの。
詳しいお話はまた伺うけれど、大変な目に遭っているわね。
でも、存在が安定すれば良いことも沢山ある。
私の経験が役に立つなら、嬉しいわ。何でも聞いてね。」
私たちが頷くとフェリアスさんは目を細めてティルクの方を向いた。
「初めまして。新しい身内に会えてとても嬉しいわ。
玄孫というと、私の何代あとになるのかしら。
ね、よく顔を見せて。」
そしてフェリアスさんがティルクを相手にし始めてからは、にこにこと笑い、ティルクを質問攻めにしてティルクを慌てさせた。
楽園を出て元の世界へと戻ったフェリアスさんとギダルさんの子どもたちはもう生きてはいない。そのことにはさらりと触れただけで、フェリアスさんはティルクがどの子どもの子孫なのかを知りたがった。
「ティルクさんは3人のうちの誰の曾孫なのかしらね。
ご先祖の名前は分かる?
そう。うーん、でもあなたのその困っている様子は、三男のジュジルの小さかった頃を思い出すわ。
ギダル、あなたもそう思わない? 」
一頻りきゃあきゃあとはしゃいだあと、フェリアスさんはふいに黙り込むとティルクの顔をまじまじと見詰めながらティルクを抱擁した。
「ティルク、お帰りなさい。
よくこの大婆に会いに来てくれたわ。」
質問攻めにタジタジだったティルクは目をまん丸にして、それからフェリアスさんの背中に手を回した。
「大祖母様、長い間、ご挨拶もしないでごめんなさい。」
ティルクの嬉しそうな顔は、ここ数日、初めて見た落ち着いた顔だった。
昼食の後、ミッシュから、今日は楽園に泊まり、明日の午後に出発する予定が告げられた。
今は楽園と外の世界との時間差は1割ほどなので、それくらいならば時間のズレも気にならないだろうとの説明にみんな納得して、午後はフェリアスさんたちに楽園の案内をしてもらうことになった。
少しの食休みの後で私たちは楽園の観光へと出掛け、外の世界との違いを色々と聞きながらギダルさんたちの転移で楽園のあちこちへと移動しながら、美しい楽園の世界を見て回った。
住んでいる人はギダルさんが率いる鬼人族を中心とした集団だけで、連絡員として交代で駐留している愛血族数人のほかに魔人族などが混じっているのは、楽園に偶然迷い込んできた旅人たちだそうで、私たちは彼らとも交流して、肌で感じる外の世界との違いなどを教わりながら1日を楽しく過ごした。
そして夕方、夕食の前に、兄さんが私にそっとステータス表を指差しているのに気が付いた。
自分のステータス表を出して、魔王妃の欄の私の名前が灰色に塗りつぶされているのに気付く。
(え? 私の名前が灰色ということは……ダイカルは今、女性の姿になってる?
なんでわざわざ── )
ないとは思うけどまさか、とあらぬことをつい想像してしまって、私は目が点になった。
◇◆◇◆
「うん、その姿ならば顔を少し変えれば、城を出るのに問題は全く無いでしょう。」
私がステータス表の配偶者を魔王妃から魔王配に変更して姿が女に変わるのを見て母上が楽しそうに笑い、私は臍を噛んだ。
「私たちは間もなくビアルヌに戻るけれど、私たちが護衛を付けずにビアルヌに行くのにさえこれだけ揉めて、護衛として最強クラスのフェンリル2頭がいるということでなんとか押し通せたんだ。
だけどそのタイミングで国王までが城を出て、しかも行き先が被るとなったら敵・味方の各方面からマークされるのは当然だよ。
ならば、正体を誤魔化す方法を考えてこっそりと抜け出るしかないだろう。
女の姿になれるというのは打って付けの隠れ蓑だよ。」
母上の言い分に私は反論ができなかった。
私が行けば宰相を始めとして皆から反対されるのは目に見えている。
理由が説明できないのだからなおさらだ。
城を抜け出したとして、セイラとセラムの行方を調査させたのだからすぐに行き先の見当はついて追っ手もかかるだろう。
母上の変化の魔法は見た目は変えられても質量は変えられないから、母上の身辺で体の大きな男を探せばすぐに私だと見当が付いてしまう。
そう考えると、どういう仕組みなのだか知らないが、性別も背格好も根本から変わってしまう魔王配の力を利用することは、とても理に適っている。
問題は、母上が何度か女に変身した際の私の姿を見て、最低限の淑女教育が必要だと考えたことだ。
教えてもらうこと自体は男の姿でもできるだろうが、今の姿の私がスカートを履き女言葉や女らしい仕草の練習をするというのは、私の自尊心が許さなかった。
いや、目の前にいるのが母上だけなら歯を食いしばってやったかもしれないが、アスリーも母上と一緒にチェックしていると考えただけで無理だった。
そこで仕方なく私は母上の望むとおり、こうして女性の姿になることを選んだわけだが……
(セイラとセラムはステータス表で私が自ら女の姿になっていることにすぐに気付くだろうな。
それを知って、私のことをなんだと思うだろう。)
私は、何か大事なものを失っているような空しさを抑えられなかった。




