第59話 私の今の有り様がバグ。面と向かって言われるこの衝撃……あれ、ずいぶんと耐性がついてた
今話最後のダイカルの節を修正しました。
できるだけ内容を変えないようにと思いましたが、ちょっとだけ追加してあります。
真魔王配の力を発現した兄さんが魔王妃になったのは、前触れもなくいきなりだった。
ちかりと光るように姿が瞬いたと思ったら、私がしていたのと同様の装備──ただし、服のグラデーションは白と黒ではなくて銀と漆黒──を纏った女性がそこにいた。
女性は私とほぼ同じ背丈で卵形の輪郭に整った和風の、ややおっとり系の顔立ちがお父さんの上の妹を連想させる。つまりは女性化した兄さんで、ついでに言うと結構な美人だ。
(一時的にでも姉さんと呼ぶべきかしら── )
そんなことを考えながら兄さんに、また女性になって大丈夫?、と聞いたら頷かれた。
「ずっと続くなら意識量がだんだんと減って耐えられなくなるだろうけれど、戦う間くらいならなんともないよ。
それに女性としての振る舞いや体捌きも充分に経験しているから問題ないし。
何よりセイラと2人で同時に戦えることの戦力的な意味合いは大きいよ。」
兄さんはそう答えながら、これまで無言で兄さんの変化に眼を瞠っていたティルクを見遣った。
兄さんに視線を向けられて、ティルクははっと我に返って、動揺も露わに視線をあちこちへと彷徨わせている。そう言えばティルクは兄さんが復活してからずっと落ち着かない様子だった。
「俺とセイラのことで何か思うことがあるんだね。
慣れる時間も必要だろう。
いつでも時間を取るから、ティルクが話せるときに話をしよう。」
兄さんが向けた笑顔におずおずと頷き返すティルクを確認すると、兄さんは私に視線で何ごとかを問うてきた。
(何? ああそうか、私も魔王妃になれるか確認しろってことね。)
ステータス表の魔王妃の表示が灰色でなくなっていることを確認して魔王妃を起動する。
(──やっぱり私のグラデーションと兄さんのとは白さも黒さも違う。兄さんの方が格が上って感じ。
あれ、ひょっとして、ダイカルが本命って認識してるのは兄さん? )
考えてみれば、私自身はダイカルとは面識がない。意識が芽生える前の記憶が兄さんと繋がっているから、ダイカルが関心を向けているのが私だと思っているだけだ。
(女の姿だった兄さんが本命で、女の私は何か違うってならないかな。)
淡い期待をかけて黒い感情がちらりと過ったけれど、ダイカルが魔王妃を持ってる2人をセットで、とか言い出したら面倒が増えるだけよね、と苦笑いをした。
私がそんなことを考えている間に兄さんは称号と各ステータスに何か仕掛けがないかや数値をチェックしていて、魔王妃の名称欄がスライドすることを発見した。
兄さんが称号欄をスライドさせて名称を”真魔王配”に変更すると、兄さんの衣装が魔王配に戻るのと同時に私の魔王妃も強制的に解除されて、やはり兄さんの権限の方が私より強い。
「元々ダイカルと因縁があるのは兄さんなんだし、やっぱり兄さんが本妻に指定されているのよ。」
「男の俺が本妻って、どうしようもないだろ。
女になってる時間が長くなったらまた女の意識が生まれるかもしれないけれど、それはたぶん2人目の妹が生まれるだけで、俺はまた同じことを繰り返すだけだぞ。」
さっき考えたことを茶化して言うと兄さんに嫌がられた。
私も姉妹が増えるのは遠慮したいかな。
兄さんはステータス表をなおもあれこれと調べて、ほかに弄れるところがないか試してみているのは、ステータス表はシンプルな作りなのに、魔王と魔王妃のところだけにこんなオプションがあるのが腑に落ちないみたいだ。
「ここだけ唐突に操作可能なんだよな。
真魔王配になるときに魔王を巻き込んでいるらしいのも理屈がよく分からない力業だし。
きっとこれ、リーアさんが後付けで何かしたんだな。」
兄さんが眉を吊り上げて、呆れたように私に言う。
(ちょっと。リーアが私をモニターしてるのを知ってて、リーアが何かしでかしたような話をわざわざ私に振るの、止めてよ。)
ふと、わざと?、と思いついたところでドアがノックされた。
「邪魔するぞ。
2人に気付かれたらには対応しておくのが筋だろうからな。」
ドアの外に立っていたのはミッシュで、やっぱりリーアも一緒だった。
2人は部屋に入って私たちのいる応接セットに座ると兄さんの方を向いた。
「セラム、ご名答よ。
セラムが魔王配になったのは、フェリオスが魔王になった後に娶った妻たちを守るために、私がステータス表を改造して柔軟性を持たせたせいよ。」
「え、フェリアスさんとフェリオスさんの体と幽体が分かれる前にフェリオスさんは結婚したんですか。」
思わず質問してしまった私にリーアが頷く。
「セラムのように、女性の体にいたフェリオスの意識量が急速に減り始めて、このままではじきに消えてしまうことが分かって、ちょうど見つかった男性の体にフェリオスたちの幽体を移したの。
元の女性の体も残して、男性と女性の体に交互に幽体を移して2人の意識量を調整しながら幽体の切り分けに取り組んだのよ。
でも、ほら、私はこういうの、苦手だから。」
ばつの悪そうなリーアの言葉に、あー、と納得する。
(魔法の扱いが下手──少し不器用なんでしたね。)
リーアがちらりと睨んできて、慌てて思考を修正する。
「それで、何年か経つうちにフェリオスには懇ろな女性ができてね、フェリアスが渋々だけど許容して納まっていたんだけれど、力のあるフェリオスに信望が集まって、魔王に目覚めちゃったのよ。
そうしたら魔王のステータス表の制限でフェリオスが出てこられなくなっちゃって、幽体を切り分けが完了する前にフェリアスの意識が消滅する危険が出てきてね。
それで突貫工事でステータス表を修正していたら、今の形でフェリオスとフェリアスの共存ができちゃったの。」
「本当なら同性で魔王と魔王妃の称号が成り立つはずがない。
要は先に発生してしまった魔王の性が男と女の両方だという矛盾と、魔王妃は魔王の異性の配偶者だという条件をむりやり整合させようとして闇雲にステータス表を弄った結果、運よく生じたバグだな。
俺なら無理、でフェリアスを切り捨てただろう。」
リーアが口を尖らせる。
「結果論でも、できたんだから良いじゃない。」
「まあ、そうだな。
異世界から来た人間が落ち着くまで面倒を見ることは、他の世界の神々との誓約だから、守れるに越したことはない。」
(私と兄さんはステータス表のバグに振り回されてるのか。)
2人の話に私はちょっとだけショックだったのだけど──
「そんな顔をするな。そのバグがなければアスリー以外の体でレベル1から始めることになっていたんだ。
その場合、リーアもサポートしただろうが、セイラたちがレベルを上げて体力が付く前に死亡してしまう確率は高かったと思うぞ。」
ミッシュの言葉に私はぎくりとした。確かに、母様の存在とあの特訓なしで、低レベルのひ弱な時期を生き残れていた気はしない。
「でだ。ステータス表は俺が作ったものだが、どこをどうしたらそんなバグが発生するかが分からないから、ステータス表本体に手を付けるわけにはいかない。
今の俺は神力が落ちてステータス表をどうこうする力もないし、リーアに弄らせるのも不安だ。
だが、ステータス表に追加して最低限の簡単な表示をする手伝いくらいはできるし問題ないだろう。
簡単な予告ができるようにするくらいしかできないが、それで良いか? 」
少しでも使い勝手が良くなるならと兄さんがミッシュに頷いて、リーアから変更は今夜中に終えられると教えてもらった。
これで真魔王配や真魔王妃の能力の確認や兄さんとの連携をするのに、多少なりともダイカルと調整ができるんじゃないかな。
◇◆◇◆
翌朝、自分が男のまま目覚めたことにほっとしてステータス表を確認してみて、私はダイカル ガルテムと私の名前が書かれた少し下、魔王妃の称号の横にステータス表の枠から飛び出す形で新しい枠ができていることに気が付いた。
(セラムには神が味方しておられるのだな。
ならばこんな不穏な今の情勢を一気に解消してくだされば良いのに。)
私は神の御心を図りかねながら、新しく付与された枠とその関連のステータス表を調べる。
新しい枠の内容は単純で、”緊急”と”予告”の2つの表示だけがあり、それぞれの表示の横に丸い枠がある。
そして、”予告”の横の丸が赤く点灯していることに気が付いて、私は眉間を指で抓んで溜め息を吐いた。
それから点灯を止める機能はないかとステータス表をつぶさにチェックしてみたが、そんなものはなさそうだった。
(予告って、いつの予告だ、まさか明日とかじゃないだろうな。)
明日ならばこんな機能はいらないだろうから、今日のうちにまた私は女性に変わるのだろう。
それを公衆の面前に晒すわけにはいかない。
私は急いで家令のホーガーデンに宰相のゴシアント ジェゴスを呼びにやらせ、すでに私が女性に変わるところを見ているジェゴスには率直に事情を打ち明けた。
ジェゴスとは長い付き合いだ。
一見変わらない表情の下に、ジェゴスが面白がるような感情を押しとどめているのが見えて癪に障るが、この状況では仕方がない。今日の全ての政務を代行するようにと申し渡すとジェゴスが引き攣るのが感じられて、せめてもの鬱憤を晴らす。
それからはいつ女性化してジェゴスにまたあの姿を見られるかとヒヤヒヤしながら打ち合わせを終えて、その後は王室で丸1日を待機して過ごしたのだが、私が女性化したのは昼前の10分ほどだけだった。
「新しい機能の動作テストのつもりかもしれないが、私の公務をなんだと思っているんだ。
ふざけてる。
セラムとセイラの居所を全力で探せ!! 」
女性化した私の様を見て、にまりと笑う母上が何かを考えついたらしいという厭な予感を抑えながら、私はすぐにでもセラムと膝詰め談判することを固く決意していた。




