第20話 これが母様の覚悟。お見それしました
「セイラちゃーん。」
ぷい。
「ねえ、セイラちゃん。」
ぷい。
「ねえってばー。」
ぷい、ぷい、ぷい。
翌朝、母様が俺に話し掛けてくるが、俺は返事をしてやらない。
昨日は、本当に死ぬと思った。
オートモードで瞬殺するか、オートモードセーブでじわじわと嬲り殺すか。
結局のところ、瞬殺コース1回、嬲り殺しコース2回。本当に死ぬような目に遭って、レベルが一日に40も上がった。
この世界に来てすでに2か月が経ったが、最初の1か月でレベルが86上がり、次の2週間は城付きメイドになって2つ、その次の1週間は地下牢にいてレベルは上がらなかった。なのに、最後の1週間でレベルが78も上がり、うち40は昨日1日だ。
レベルというものは上になるほど上がりにくくなるものなのに、いくら何でもこれは酷い。
もう母様と口なんか聞いてやるものか。
母様が首を傾げてこちらを覗き込むようにしてくるが、俺は頬を膨らませて唇を尖らせて顎に皺の影を浮かせると、むう、と眉間に皺を寄せてつんと横を向く。
「ねえ、何でもするから、お願い。」
朝食になってもまだ言ってくる母様の言葉を聞いて、俺は調理するときに取り分けた草に付いていた青虫をひとつかみ取ると母様の椀の中に入れた。絶対に許さないからね。
母様は、ひくり、として俺の顔を見詰めて、それから黙って椀にスプーンを入れる。
そして、驚く俺の目の前で、青虫がスプーンに乗っかっても動じることなく口に入れて、静かに椀を平らげた。
食べ終わるとこちらを見て、これでいい?、と聞いてくる。
俺が唖然として頷くと、母様は、そう、良かった、と言うなり白目を剥いてひっくり返った。
うう、母様、すごい。
そして、ずるい。
ここまでされたら、邪険にできないじゃないか。
◇◆◇◆
「さて、それでセイラちゃん。レベルは今、いくつになった? 」
母様と口を利くことにした俺が166と答えると、母様はにこりと微笑む。
「冒険者はレベル150を超えると一人前と見做されるらしいわ。
セイラちゃん、今日からは実戦をしましょう。」
実戦?、と聞く俺に母様はにんまりと笑う。
「そう。実戦で相手を倒したときの経験値の上がり方はすごいわ。
今はミッシュの結界で護られているからほとんどの魔獣や獣は近寄ってこないけれど、ミッシュが結界を解いたらやってくる。
私達は身を守る最低限しか倒さないから、残りは全部セイラが倒すの。」
また、俺の訓練の話。
教わったことが本当なら、ガルテム王国は俺の訓練に付き合う悠長な状況にないと思うのだが、母様は俺にそうしたことを考える時間もないくらいに、訓練漬けにしてくる。
そう、考える時間もないくらいに。
昨日、昼過ぎにレベルが思いがけず25も上がって、夕方まで体を休めていて、俺はそんなことを考えていた。
なぜ、ここまで訓練を続けなければならないのか、考えてみると疑問に思うことが幾つもある。
口を利かないのは止めたけれど、親しくするとは言っていない。
疑問に思っていることを聞き出そう。
俺は考えを纏め、母様の目を見詰めて尋ねてみた。
「ケイアナさん。私は地下牢にいたから、ケイアナさんの説明がどのくらい本当かも分かりませんが、以前に説明してくれたようにご長男の様子がおかしくなってアスリーさんが亡くなったと公表までしたなら、国は不安定になっているんですよね。
それに次男のジャガル君も1人で逃がすような事態になっているんですよね。
なのに、ケイアナさんがわざわざ私に付き合ってこんなところでレベル上げをしているのはなぜなんですか。」
母様は、俺があえて”ケイアナさん”と呼びかけたことに目を丸くしていたが、俺の質問を聞いて座り直した。
「特に、ケイアナさん、お付きもなしに外に出るのは、たぶん初めてですよね。
そんな人が森の奥深くでご子息達と国を放り出して私のレベル上げに付き合ってくれているのが、どうにも腑に落ちないんです。
ケイアナさんか私に拘る目的と理由は何ですか。」
ケイアナさんは、口をきゅっと狭めると視線を落として呟く。
「いや、参ったわね。セイラから名前で呼ばれるだけで、これほどショックを受けるとは思わなかったわ。
私がセイラに期待しているって気が付いていてるみたいだから、きちんと説明するわ。」
ケイアナさんが俺へ視線を戻すと話し始めた。口調は以前の口調に戻っている。
「まず、セイラに話したことは、全て本当だよ。
話さなかったのは、ホーガーデンとティムニアがジャガルの護衛に付いていることと、避難先のエルフの国サーフディアでダイカルの症状を相談して調べるよう指示していることと、ダイカルが勇者を迎え撃つだけでなくアトルガイア王国との戦争を決意していることくらいかな。」
前に聞いていたより状況が悪い。それなら、なおさらなぜという思いが募るのを抑えて、俺は説明を待った。
「相手が誰か知らないけれど、敵はガルテム王国に集まる戦力を排除するために、結婚後の床入りでこの世界で最強の魔王と次に強い勇者が無防備になるのを狙って仕掛けてきたと、私はそう見ているのさ。
2人がいなくなれば、ガルテム王国は戦力強化どころががた落ちになる。
残った戦力を考えると、世界で魔王の勇者の次に誰が強いかは判定が難しいけれど、その候補には間違いなく私が入っている。
ダイカルはだんだんと常軌を逸してきていて、いつまで戦力として計算できるかが分からない。ならば国力のことを考えると、私は魔王である息子と争いを起こして倒れる訳にはいかない。だから逃げたの。
こんな時にザカールが生きていると分かったのは、間違いなく朗報だよ。
この間の魔王の加護の輝きからして、ザカールは今、恐らくダイカルに並ぶくらいの強さがあるから、ザカールが王家に戻れば、状況は好転する。
私がザカールを探しに行こうとしているのも、嘘ではないのさ。」
そう言ってから、ケイアナさんは俺をちらりと見た。
「魔王妃には、魔王の加護と魔王の眷属の二つの力が与えられるのは知っているね。
私がセイラに期待しているのは、私とジャガル、それにもしかしたらザカールも含めて、互いをつないで連携が取れるように支援してくれて、私達に力を貸してくれる者達に”魔王の眷属”の称号を与えて、この国を支えてくれないかということなのさ。
セイラには悪いけれど、それが本来の魔王妃、魔王の嫁の役割だ。
この戦争が起きようという非常時だからね、セイラにその役割を果たせるように自分で動けるだけの力を付けて欲しくて、セイラに訓練を続けているんだよ。」
──魔王の嫁。
アスリーさんが亡くなったことになっても、その設定、消えてなかったのか。
「で、で、でも私、これまでに魔王の子孫なんか、見つけられたことないですよ。」
俺が慌てて嫁設定を否定しようとすると、ケイアナさんは笑った。
「魔王妃は過去の魔王の血脈が見分けられる、一応、能力としてはそうなんだけどね、魔王はもう何十代と続いている。
実はこの国で魔王の血を引かない魔族を見つけることの方が難しいくらいになっちまってるのさ。
だから、魔王の血を引かない者をセイラは未だ見ていないからその違いが分からない。
たぶんライラとサファ、それに王都を出てくるときにセイラが花束を贈ったお城のメイドたち。
彼女たちとセイラとの気持ちが本当に通じ合っていたのなら、彼女たちはもう”魔王の眷属”の称号を得ているはずだよ。」
「え!! 」
──嘘だあ。
マイナさんにノーメにシャラにユルア。みんなもう巻き込んじゃったの?
「母様、私が花屋で頼んだとき、マイナさん達に”魔王の眷属”の称号が付くだろうこと、知ってて手を貸しましたね。」
「自分達の勢力が強化されるんだもの、当然だよ。」
俺は溜め息を吐いた。
元々が王家付きのライラやサファはともかく、城付きのみんなを巻き込んでおいて、俺だけ逃げる訳にはいかない、気がすごくする。
世間から魔王の嫁と認識されて、その上で嫁の役割を果たす。
思いっきり気が向かない。絶対にイヤだ。
イヤだが、すでに親しい仲間を巻き込んでしまったのだとしたら、俺が取るべき道は──
「やればいいんですね。やりますよ、そのうち、たぶん。」
口でやると言いながら、今ひとつ腹が決まらなかった。




