第55話 結婚も出産もしないけどっ。身内が増えます
「今、魔王や各国の王たちの忘れられた能力を復活させているでしょう?
そこへ直感もまた復活させようとしていて、これまでの回復魔法に加えて肉体が簡単に修復される魔法も開発する。
この戦いの間はよくても、後でまた各国が覇を競って世界が荒れることになりませんか。」
私は気になったことを尋ねてみた。
「そうね、人間の能力の強化するという部分だけを見ればそうなる可能性はあります。
だけど、ガシュミルドが問題視して止めようとしたのは、生き物の可能性を低く見積もっていたせいで神格が上がりやすい状況になっていて、本気で目指せば比較的に簡単に神への道が開かれてしまうことだったの。
その対策のために一時的に神格の上昇に制限をかけて対応策を講じました。
今回、ガシュドと再会して確認したのですが、ガシュミルドが去った後もセキュリティは成長を続けて、もう問題が起きる可能性は低いそうよ。
だから、今回のことは一時的に制限した人間の能力を元に戻しているだけ。
大きな力が解放されて犠牲になる人間が増えることを良しとするわけではないけれど、後は人間たちの手に委ねます。」
突き放されたように感じるけれど、人間が自浄作用を働かせろということなのね。
でもそれだったら、神が直接関わって私たちを後押ししてくれている現状は何なのだろう。
ミッシュを見たけれど、軽く首を振られて教えてはくれなかった。
◇◆◇◆
話が一区切り付いて、ミッシュが私とティルクに意味ありげな視線を向けてきた。
「さて、2人とも。セラムに会いたいか。」
「「そんなこと、できるの? 」」
「2人の意識が1つの幽体に収まらない以上、少なくともセラムが復活する時点で幽体を分けるしかないんだが、俺1人では男の使徒の維持すら覚束ないからな、セラムの体が足りなくなる。
で、俺の使徒を動かすのにリーアの神力を借りることで話が纏まっている。
セラムの本格的な復活はもっと後になるから、それまでの間はセイラの幽体の記憶の共有部分と共有しない部分をうまく分離して2人の使徒を問題なく動かせるか、しばらく試してみる必要もあるんだ。
今回のリーアの依頼を熟すにはちょうど良いタイミングだと思ってな、取り敢えずの実験だよ。」
これまでの記憶は変わらないのね、と私が確認を返す間もなく、ミシュルの側の床にセラムの体が現れて、私は思わず息を止めた。
初めは作り物のようだった使徒の表情が急に弛緩して柔らかなセラムのものへと変わって胸が上下し始める。
睫毛がピクピクと震えたと思うと、セラムの目が開いた。
うつろな瞳にだんだんと光が差し、しばらくしてゆっくりと首が回ってこちらを向いた。
セラムは私と隣のティルクへと交互に視線を遣った後でがくりと天井を仰いで目を瞑り、頭をわずかに左右に揺らした。
「ああ、ちくしょう…… 」
セラムは呟くと顔を両手で覆って啜り泣きを始めて、私はセラムの突然の反応の意味に思い至った。
(セラムはシューバとの戦いから初めて目覚めたんだ! )
セラムはシューバと相打ちになって、その後の状況を知らない。
目が覚めてセラムが顔を合わせるはずがない私がいれば、死後の世界に目覚めたとでも考えるだろう。
そこにティルクもいれば、私たちが全滅したとセラムが勘違いするのも無理はない。
「セラム、セラム!
シューバは無事討伐して、私たちはみんな無事よ!!
ミッシュが、私たちが話せるようにしてくれているだけなの!
私たち、勝ったの! 」
セラムの頭を撫で胸に手を置いて話す私の言葉にびくりと動きを止めて、セラムはしばらく動かずにいたけれど、やがて顔を覆う手をどけて顔をこちらに向けた。
「うん、今、セイラの記憶を手繰った。
だけどいきなりセイラとティルクがいて、あり得ないと思ったら、誤解するだろ? 」
セラムの濡れた目に怒りが閃いて、ぐるりと視線が翻ってミッシュを捉えるのに私も同意して、威力を殺した2条の水魔法が同時にミッシュへと飛び、ミッシュに当たって盛大に水が飛び散った。
「……悪い。
事前にセラムに説明しておくべきだったが、セイラの了解なしにセラムを起こすのが難しくてな。
俺の配慮が足りなかった。」
私たちの水魔法を避けず浴びて詫びてきたミッシュの人間くさい態度に驚きながら、私は飛び散った水が部屋の家具類を痛めないように、急いで浄化と収納で周囲の水分をきれいに取り除いた。
セラムはというと、自分の前に差し出しかけて宙に浮いたティルクの手を取って起き上がろうとしていて、さぞ嬉しいだろうとティルクを見た私は、ティルクがセラムと私へ交互に視線を遣りながら硬直しているのに気が付いた。
「心配をかけたね、ただいま。」
「う、うん…… 」
ティルクの返事はやや固く、起き上がったセラムが抱きしめた腕に隠れてしまったためにティルクの表情は見えなくなって、私はティルクの心中を察しかねた。
「ティルク、悪いがセイラとセラムの二人きりでこれからの相談をさせてやりたい。一緒に外へ出ようか。」
ミッシュの提案にティルクはそっとセラムから離れ、リーアとミッシュに付いて部屋を出て行った。
◇◆◇◆
セラムと二人きりになって、私は初めてセラムと対面した。
セラムは私より頭1つ分背が高く、平凡だと思って特に気にしなかった、かつては自分のものだった顔は温かく優しく感じられて私を安心させる。
「セイラ、記憶を見させてもらった。
苦労したな。」
そして、セラムに掛けられた声色には労りが感じられて、私は肩の力が抜けた。
「……うん。」
思いのほか素直に返事が漏れて、私は涙がじわりと込み上げてきた。
「セラムがいなくなって、覚悟が足りないって言われて、頑張ってみた。
記憶がじわじわと消え始めて、どうしていいか分からなくても、みんなに助けてもらって前に進もうと思った。
命がけでみんなを守ってくれたセラムの横に並んでいたいと思ったの。
なのに……ね、セラム。
なのに私、これまでのことを、また忘れてしまうんだって。」
ボロボロと涙が零れたと思ったら溜め込んでいた感情が爆発した。
気が付いたら私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔をセラムの胸に押しつけていて、セラムには背中を撫でられ宥められていた。
のろのろとセラムから離れて身繕いをしていて、セラムがどう反応しているかが気に掛かって、ふいに私は悟った。
(元は同じ幽体から産まれた同じ人間。
だけどこれからは違うんだ。)
でもそれならば、私だけがこうして居心地の悪い思いをするのは口惜しい。
なにかセラムからも一本取れないかと考えを巡らせて、ふと思いついたことがあった。
「ねえ、セラム。
私たちが2人に分かれたら、私たちの関係を人に説明しなくちゃならないよね。」
「うん。国王の婚約者に近づく悪い虫なんて思われたら、俺がセイラに近づく度に問題が起きるだろうね。」
「だったら、私たち、兄弟になるのが良いと思うの。」
「兄弟? 」
ええ、と言いながら私は私の元の人格である静羅の記憶にあった妄想の再現を図って、小首を傾げて笑顔を作る。
「おにぃちゃん、よろしくネ☆」
私の渾身の挨拶に、セラムはノックバックするように頭をかくんと後に引いた。
それからややあって首を振りながら俯いて、額に手をやると大きな溜め息を吐いた。
「昔ならばともかく、いまさらだろ。減点。」
「ちぇ、外したかあ。
私だけ格好悪いのは癪だけど、これからは”兄さん”で良いよね。」
「さっき俺も泣いただろ、おあいこだって。
それから、呼び方はそれで頼む。」
こうして私たちは兄妹になった。




